001
改稿
ゆっくり更新
鳴師 水燈は、自分がいわゆるイケメンであると考えている。
実際、彼の容姿は極めて優れており、
街を歩けば誰もが振り向き、どんな女性も視線一つで虜にできた。
だから、彼は異世界に飛ばされ、見知らぬ森にたどり着いた時も、
慌てることなく、いつものように近くにいた獣人の女性に話しかけてみた。
爽やかな笑みに、親しみを込めた柔らかな声。
今までなんども繰り返してきたその動作は、いつも通り目の前の女性の心を奪い、掴みとるはずだった。
――そう、そこが獣人が支配する過酷な異世界の森で、水燈がTシャツにジーンズという不審極まりない格好をした人族でなければ。
……
「君はバカなのか?」
「いや、いけると思ったんだよ」
昼間から賑わう居酒屋。
厳つい酔っぱらい共の中で、やや浮いた二人組がいた。
その片割れである白と黒が混ざった髪色の女性が、うろんな眼差しを水燈に向ける。
「だって俺だぜ? 異世界だろうとこの俺みたいなイケメンに話しかけたら悦んで迎え入れてくれると思ったんだよ」
「そのイケメンが獣人以外は立ち入るのも難しい【深森】を手ぶらでうろついていなければな。
そもそも、その満ち溢れた自分への信頼感は何なんだ。
君は突然異世界に飛ばされたんだぞ? 解ってるのか? 普通もっとこう、慌てたり怯えたりするもんだろう」
「わかってねぇなハートさんよ。
人が何かに怯えるのは自分に自信が無いからだ。
自分より上位の奴に襲われたらどうしよう、負けたらどうしよう。ってな。
だが俺にはそんな心配は一切ない。なぜなら美しいからだ。花も月も人間も、全て俺より醜くて俺より下等だ。だから俺はそんな情けねぇ行動はとらねぇのさ」
「ふむ、ならそんな上等な水燈さんは、私が助けなければどうなっていたのかな?」
「その件はマジでありがとうございました」
少女に対し、全力で頭を下げる水燈の情けない姿。
半眼で見下ろすハートの視線は冷ややかだった。
今から数時間ほど前。
森で獣人たちに爽やかに声をかけた水燈は、当然のごとく捕らえられた。
▼森に怪しい人族が突然現れた!
・武器は持ってない。
・仲間もいないし弱そう。
・しかも向こうから近づいてくるぞ。
・ウマソウダナ……
弱肉強食の厳しい森。
純度100%の現代っ子である水燈はただの美味しそうな餌でしかなく、
こうなるのは当然の結果だった。
棒に縛られ、煮えたぎる鍋であわや茹でられそうになったその時。
水燈を間一髪で救ってくれたのが、この白黒の髪を持つ女性。
ハートであった。
「本当に危なかったんだぞ君は。
私が偶然あの場面に出くわしていなければ、今頃シチューになっていたのを解っているのか?」
「いや、ちゃんと状況は飲み込んでるぞ。シチューだけにな。ハハッ!」
「笑えないぞ!」
ハートは水燈が獣人たちに捕らえられた現場を目撃しており、
こっそりと後をつけて様子を伺ってたところ、水燈が転生者であるらしいことを察して助けてくれたらしい。
それもうちょっと早く助けてくれてもよかったんじゃないかと水燈は思ったが、
水燈を片手で抱え、獣人たちを蹴散らしたハートに文句をつける根性は無かった。
「まったく、お前は本当に」
「おいハート嬢! 説教は済んだかい?」
そうやって水燈がハートに説教を受けていると、
居酒屋の女将が威勢のいい声をかけてきた。
「むっ、いや、彼にはまだ言わなければならないことが」
「ガハハハッ! そのぐらいで勘弁してやんなよ。
それに、ウチにきて酒も飲まずにその席を独占されるのは困るんだがね」
「それは申し訳なかった。そうだな、取り敢えず軽い食事を」
「ハイよ! 酒だね!! そっちの兄ちゃんは?」
「あ、生で」
「ハイよ!! いっぱい飲んでいっぱい食っとくれ!」
「ちょっ、私は酒を飲めない……というか君は未成年だろう!
あ、注文、……なんでいつも話を聞いてくれないんだ!」
ガハハハと笑いながら去っていった三つ目の女将に膝を付くハート。
あの女将はいつもあんな感じだからなぁと笑う周囲の客は、誰もが水燈の元いた世界には存在しない見た目をしていた。
牛の丸焼きを丸呑みにする巨人に、酒をブレスを引火させて大騒ぎしている竜人。
甲冑を纏った騎士が膝丈ほどの小人に投げ飛ばされ、それに押しつぶされたエルフが怒り狂う。
ここは四頭国家フィーアファルス東地区。
御伽噺と現実が交じり合う、異世界の街であった。