日記玖頁目:パラドックスとアンチノミーの思い出〜雅と桜樹〜
「消えた運命と」「吹き出す憤怒」
その日、雅と桜樹は要請された際、大将に『同じ戦争に来た軍隊を潰せ』と云う極悪非道な命令を受けていた。その命令を受けたのは今回も隊長を務めた雅。
「絶対にあいつの命令なんかやってやりませんよ。同じ“荒神”を殺すなんて…冗談じゃない」
「まっ、雅ならそう言うと思った。でも」
戦場の中、化け物を隔てた向こう側に別の軍隊。その隊長らしき“荒神”は化け物を通り越して自分達にまで殺気を漂わせている。
「あっちも同じ事言われたみたいだから無理だな」
悪戯っ子のように笑う桜樹の横で雅はため息を尽きながら頭を振った。が次の瞬間にはキリッと真剣な瞳で前を見据えていた。それを横目に見て桜樹は楽しそうに口元を歪めた。
「はぁ……」
「精神統一中か?」
「からかわないでください…よし、私と桜樹で相手の軍隊の気を引いてきます。ですので他の方達はそのうちに化け物を」
背後でざわめく気配がする。だがすぐに収まる。桜樹は耳に入れたイヤホンを作動させると収納式のマイクを伸ばして通信を始める。
「今日の後方支援ー」
【ハイハイ、ハイハイわたくしです!】
「俺と雅の支援を重点的にやって」
【了解!彩葉様より腕前は劣るけど、桜樹様と雅様のために頑張りまーす】
そう、今日の後方支援系の“荒神”に指示するとちょうど準備が整ったらしい。全員が武器を構えている。桜樹も腰の鞘から長剣を出し、2本を構える。
「さぁーて、行こうか?」
「言われなくとも。では、開戦致します」
雅のその言葉、合図と共に化け物ともう一方の軍隊が動き出した。
***
単刀直入に言えば、結果は化け物をこちらが倒したが大将の胸糞悪い命令は果たせなかった。
雅と桜樹の2人がもう一方の軍隊を相手にしたが大体の者達の状態を重体から軽傷にとどめた。相手はそれでも首を狙って来たが。
そんなこんなで他の仲間を先に帰らせて雅と桜樹は武器を片付ける前にと報告を済ませてしまう事にした。
大将に何を言われたって自分は自分だ。いつも思い通りになる駒と思うな、これは反乱の序章に過ぎない。そう思ってくれればいい。
だが実際は、違ったのだ。
序章ではない。むしろーーーーーー
大将は外にいた。陽戒を連れて優雅にお散歩か…と桜樹は内心、鼻で嗤った。
「長様」
「雅と桜樹か。報告」
雅の呼びかけに大将はこちらを振り返り、報告を促した。雅はあくまで淡々と、表情を変えずに言った。
「本日の戦争はこちらが勝利致しました。しかし、相手の軍隊を潰してはおりません」
「なっ?!…俺の言うことを…命令を無視したのか?!」
「当然です。やりたくなかったのですから、良いでしょう」
雅が言う。その隣で桜樹は「雅は強いな」と感心していた。大将は怒りに震えているようだ。なぜ、駒なのに言うことを聞かない?やっぱり…“荒神”から全てを奪われなければ駒として成立しないのか?俺に刃向かうと云うのなら…
「お前らの言い分は駒として最悪だな…駒のくせに……ハハハッ!!」
突然、高笑いする大将にビクリと2人は肩を震わせた。桜樹が驚愕する雅を自分の背後に隠した。大将は憎しみと怒りと絶望と悲しみをその瞳に宿らせ、2人を見る。その瞳は雅があの時に見た瞳と同じだった。
「駒ごときが」
「「?!」」
「本当に使えねぇなぁ…実家の使用人よりもな!!ハハハハハハッッ?!」
大将が懐から取り出したのは雅と桜樹の依り代である小さな菫のブローチと小さな桜のブローチだった。依り代を奪われてしまわないように大将はいつも持ち歩いていた。そして、その場で“荒神”を死にいたらしめる。
大将はニヤニヤと嗤う。依り代が手元にあれば、彼らは手だし出来ない。
「陽戒、雅を抑えろ!」
「っっ!」
「雅!!」
陽戒が凄まじい速さで雅の背後に回り込むと動けないように羽交い締めにした。桜樹が雅を助けよう動くが
「桜樹、動くな。2人まとめて壊すぞ?」
「?!クソっ!」
大将が数秒速く、そう桜樹を脅迫した。それに桜樹が悔しそうに動きを止めた。雅はどうにか逃げ出そうとするが陽戒は強く掴んでいるようで身動きすら取れない。
「っ!兄様離してください!」
「………………」
「兄様!!」
雅が虚ろな瞳の陽戒を正気に戻そうと声をかけるが陽戒は虚ろなままだ。雅は悲しそうだ。とその時、ドゴッと鈍い音が響いた。
「雅!」
「か……は……」
「ハハハッ!痛いのか?」
雅が羽交い締めのまま、体を二つに折る。大将が雅の腹に一撃を加えたのだ。突然の一撃は雅にとても効いた。痛みが脳に伝わる。痛い。痛い。
痛む雅の髪の毛を掴み、上を向かせると大将はその傷ついた体にもう一発加えようと、拳を作り、振り上げた。雅はそれに強く瞳を瞑った。
「やめろっ!!」
桜樹の声が響いた。大将は不機嫌そうな顔で桜樹を振り返った。悲痛な表情で、それでいて大将を強く睨み付けている。
「雅を傷つけるな。俺が代わりに全て受ける」
「…………へぇ…」
大将は愉しそうに口元を歪めて嗤う。雅の髪の毛を離し、最後の一撃とでも云うように雅の鳩尾に攻撃し、崩れ落ちる雅。陽戒が解放する。
「雅!」
「お前が全て、代わりになるんだろう?」
愉しそうに嗤う大将と雅を心配する桜樹。と大将が陽戒に手を振って何かを指示した。その途端、桜樹の右足に鋭い痛みが走った。脳が痛みを拒否し、何が起きたか理解出来ない。
「桜樹!兄様おやめくださいッ!」
「……ぐ…ぐあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
桜樹が右足を抑えて崩れ落ちる。右足にポッカリと空いた穴。崩れ落ちた桜樹の前に紅い血がこびりついた刃物を持った陽戒が無表情で立っていた。大将はそれを愉快そうに嗤って、痛み苦しむ桜樹を見下ろす。そしてそのまま、痛み苦しむ桜樹を蹴った。桜樹が何を言おうと雅が何を言おうと大将は愉しそうに蹴る。
もう、大将は、彼は、狂ってしまったのか…?
「…桜樹…!」
「…こんくらいか?」
蹴るの暴行が止む。桜樹は戦争帰りの傷も合わせて酷い状況だった。ピクリとも動かない桜樹にまだ痛む鳩尾を抑えながら雅が近付く。大将は飽きたのか横目で2人を見下している。
雅が桜樹の元に辿り着くとうつ伏せになっていたのを仰向けにし、抱き起こす。とピクリ、動いた。
「あ、まだ生きてた」
「桜樹!」
大将の無機質な声を聞き流し、雅は桜樹に声をかける。すると彼はゆっくりと瞳を開いた。それに雅が安心したように笑う。
「桜樹!…良かった……」
「……雅、無事か?」
「君のおかげで無事ですよ」
ニッコリと桜樹を安心させるかのように笑って雅が言うと桜樹も痛みを堪えながら笑みを返した。
「うっ!」
「大丈夫ですか?!」
「………ごめ、んな…俺、死ぬみてぇだ」
「……え………」
その言葉に雅は言葉を失った。目の前で、大切な友人が死ぬ…?嘘だ、嘘だ!!
「……見ろよ、この手」
桜樹がそう言って雅に見せるように挙げた右手は薄っすらと消えかけていた。それに現実なんだと雅の思考は引き戻された。
ポタ…雅の瞳から無意識のうちに涙が溢れ、消え行く桜樹に落ちていく。
「…嫌です…逝かないでください……っ」
「…泣くなよ、雅……俺は、誇れる…お前を守って、死ねたんだから…」
消え行く右手で雅の涙を拭ってやろうとする。温もりが、最後だとわかると、涙がまた溢れて来る。桜樹は自身のイヤリングを雅の手に押し込んだ。
「これ……君の……」
「………泣き虫な…お前への、お守りだ……もう…泣くなよ…俺まで、悲しくなる」
雅の涙につられて桜樹の瞳からも涙が溢れ出す。
2人の光景が不愉快だった大将は桜樹の依り代を手放し、地面に転がったブローチを、
「ハハハ…イラつくしムカつく。そんなに仲良しごっこがお好きなら、終わらせてやるよ……死ね!!!」
力いっぱい踏み付け、瀕死状態の桜樹に最後の一撃を加えた。パキンッッ!とブローチが真っ二つに割れた途端、小さい悲鳴と共に桜樹の体は完全に消えて行こうとしていた。それに雅は逃がすまいと、逝かすまいと手を握るが…消えていく事に逆らえない。
「……………雅」
「桜樹、お願いですから逝かないで……大切な友人を失いたくありませんよぉ……」
桜樹は泣く雅の頭を最後に、ポンポンと撫でて、最後の別れを言う。
「雅と会えてよかった。いつかまた…会おう?」
「…はい、会いましょう桜樹。約束ですよ」
最後の最後に、雅は涙だらけの顔で笑ってみせた。逝ってしまう桜樹のために。
桜樹もニッコリと笑った。
本当にお前に会えて良かった。最後に看取ってくれるのがお前で良かった………さようなら、大切な俺の友人よ
スゥ…と桜樹は空へと消えて行った。跡形もなくなったその場所で雅は嗚咽を漏らしながらうずくまる。
「ッハ。駒ごときが」
その大将の言葉に、雅は顔を上げた。ニヤニヤと意地の悪い表情で自分を見下している。桜樹と別れを交わしている時にはなかったあの‘感情’が蘇る。
憎い。桜樹は、大将にトドメを刺されて死んだ。お前さえ……お前さえ居なければ!!!
「はぁあああああ!!!!」
気づけば雅はレイピア片手に大将目掛けて走っていた。わかってる、無謀な事くらい。しかし、“荒神”の死を嗤い、見下す大将が許せない!!!
「陽戒」
ーズシャッー
背後で不気味な音と共に広がる痛み。ズボッと抜かれる音と共に遅れてやって来た痛み。その痛みの中、レイピアを無我夢中で振った。それが大将の頬を掠り、彼の笑みが歪んだ。それに雅は嘲笑した。誰に向かってでもなく。
カラン…とレイピアが落ちてその後に左胸に一突きされて重症な雅が倒れる。瞳から紅い涙が零れ、地面に染み込んでいく。視界が歪む。感覚が薄れる。嗚呼、これが死か。そう思う雅は、怖いとは思わなかった。
「ーーーだかーーー殺ーー」
耳ももう聞こえない。大将が憤怒しながら何か怒鳴っているようだったが聞こえないので理解出来なかった。だが、自分が殺される事だけは理解出来た。カランと自身の目の前に落ちた自身の依り代を大将は雅のレイピアで一突き。鋭い痛みが雅の体を駆け巡る。そうして、大将は鼻で雅を嗤って踵を翻して去って行く。そのあとを虚ろな瞳の陽戒が追う。陽戒は瀕死状態の雅を一瞬、振り返った……が、行ってしまった。
ごめんなさい桜樹。君が守ってくれた命を無駄にしてしまいました。でも、私に悔いはありません。生まれ変われるのならば……また、いつか出会いましょう…約束を…私は、守る方ですから…
独り、死を待つ雅。
雅は静かに、瞳を閉じ、その時を待つ。
90部突破!嬉しいような悲しいような。読んでくれる方ありがとうございます。




