日記肆頁目:うそつきの代償〜千鶴〜
「救うって、唯一の手段なの?」
『赫袮さんが死んだ』
兄の言葉が頭の中を何度も何度も巡る。
また、親しい人が逝ってしまった。
千鶴の脳裏にはその事実のみが誰もいなくなった部屋の中でこびりついていた。
「……ツル」
「…………」
小さく丸まった兄弟に彼を心配して戻って来た千秋が問う。が千鶴は顔を俯かせたまま、微動だにしない。千秋は千鶴に近付き、そっと肩に触れた。ビクリと彼の体が跳ねる。
「ツル」
「………アキ、これから僕達どうなるんだろう」
「え?」
むくりと顔を上げ、千鶴は言う。
「赫袮さんが死んで、陽戒兄は悲しみにくれる。それでも駒である僕達は化け物を倒さないといけない…理不尽だよね、こんな世界…いつか一人になるのかな…」
「ツル……」
今にも消えてしまいそうな千鶴をギュッと抱き締めて、千秋は「大丈夫」と繰り返す。
「大丈夫だよツル。僕が絶対にツルを一人になんてさせないから。絶対」
「………うん」
ギュッと千鶴も強く、千秋の存在を確かめるかのように彼を抱き締めた。
***
「は?」
目の前であぐらをかきながら言った人物の言葉に千鶴は面食らった。人物は大将である。千鶴は千秋と別れた後、なぜか大将に呼ばれた。そして部屋を訪れた。そこにいたのは昨日治療した左足をしつこく攻撃され、痛みにもがく彩葉の姿であった。彩葉を治療しようと駆け寄った千鶴を遮り、大将はこう言い放った。
「お前が命令を聞き入れるのなら兄弟や仲間を助けてやってもいい」
と。
そして冒頭に至る。
「……っ…兄貴……聞き、入れるな…」
「黙れ駒が」
ガッ。大将が左足を抑えて倒れていた彩葉の左足に容赦ない蹴りを入れる。彩葉が痛み苦しむ。
「ぐあ"っ!」
「彩葉!…くっ、命令って?内容によるけど?」
千鶴がクスリと彼を嘲笑する大将を睨み付けながら問う。
「じゃあまずは、管理局の最重要機密情報を盗め」
「なっ?!んなことできるわけ「彩葉がどうなってもいいのか?」…っく…分かったやるよ」
弟を人質に大将と千鶴は命令をかわした。大将は嬉しそうにニヤリと嗤い、「明日までな」と告げて彩葉を解放した。
「……兄貴…すまん」
「謝らなくていいよ」
自分達の部屋に帰り、酷くやられた彩葉の左足に塗り薬を満遍なく塗る。昨日の傷が悪化し、傷が増えたのは見るまでもなかった。
「っ。あんの糞が…」
「兄貴、明日までに情報なんか手に入るのか?」
今にも…いやもう怒っている千鶴をなだめるように彩葉はそう質問した。“荒神”の中には電子機器が使える者もいることにはいるがそんな高度な技術を持つ“荒神”はそうそういない。
「やってみるしかないよ。これは僕が君達のためにやるあいつとの勝負だ…絶対に勝ってみせる」
真剣な表情で告げる千鶴に彩葉は何も言わなかった。
彼の治療後、千鶴なりの方法と技術で管理局の最重要機密情報を盗み、大将に献上した。その後も千鶴は何度も兄弟達や仲間のために大将の命令をいやいや聞き入れ、実行に移した。それが兄弟達や仲間を助ける唯一の手段だと信じて。千鶴がそんな事をしているのを知っているのは彩葉だけだった。
***
そんなある日、千鶴が戦争を終え帰ってきた時の事だった。
「ツル、お疲れ様」
「アキもお疲れ様」
双子がお揃いの薙刀を保管庫に片付け、さて休もうと言う時、
「兄様やめてください!!!」
兄である雅の悲痛な叫びが響き渡った。双子は顔を見合わせ、声のした方へ向かった。
向かった先には暴れる雅を羽交い締めにし、「落ち着け!」と促す桜樹がおり、その先には嘲笑する大将と消え行く親しかった仲間の体。そして、仲間を殺したとみられる真っ赤に染まった武器を持った虚ろな瞳を持った我が兄、陽戒がいた。
「陽戒兄さん?!」
「どういう事!?」
「!千鶴!千秋!来ては行けませんっ!」
驚く2人に向かって落ち着き、羽交い締めから解放された雅が叫ぶ。それに陽戒がこちらを振り返った。
「…………フク……シュウ……ヲ……」
美しい金髪のショートで右のこめかみのみが長い。金髪の美しさはもはや消えており、以前は銀色をしていた瞳も今は血のような紅に近い色へと変貌していた。服は雅と同じで腰まであるマントが違うのみだがその黒い服には隠しきれないほどの血がこびりついていた。
そして、瞳に光はない。ただ、何かに駆られて動いている何かがそこにいるのみだった。
「陽戒兄さん…どうしちゃったの?」
「…ていうか、なんで仲間を?!」
「……………ア、カ…ネ」
「「え?」」
弟である双子の問いとは裏腹に陽戒はそう呟く。状況が読み込めていない双子に大将はクスクスと嗤いながら告げる。
「陽戒は狂ったんだよ。『使役者を殺したい』と云う憎しみと『赫袮が死んだ』と云う絶望でな。今じゃ俺の思い通りに動く最高の駒さ」
「………コロ……ス……フク……シュウ……ヲ……」
「っ…この屑野郎がっ!」
桜樹が叩きつけるように言い放つと大将はそれを鼻で嗤った。
「ハッ。せいぜい足掻けばいいさ。どんどん、減って行く幸せと共にな?」
その日から狂ってしまった陽戒は大将の命令に背いた仲間や反逆した仲間を殺す駒となった。誰もがこうなる前の陽戒を知っているために手出しができないのを大将は知って、狂わせたのだろうか……?真相は闇の中である…




