第七十陣:‘真実’を告げましょう Ⅱ
「……嘘、でしょう…?」
「それが、‘真実’だよ」
マスターの小さな呟きに若葉が念を押すように言う。マスターの瞳から水色の涙が伝う。その肩を響がさりげなく抱き、慰めるように頭を撫でた。
マスターが持つ本に涙が落ちては染み込む。その古びた本に書かれていたのは、“彼”の記憶、“彼”の思い出。そして、自分達が犯した“彼”への罪と罰。
マスターは古びた本を胸に抱き、両手で零れ出る涙を受け止める。
「やっぱり…私達が……」
「違うよ。誰も悪くない、悪くないよ」
〔『災い』が起きた理由は自分の歪みからだって知ってた。けれど、異世界が大丈夫なのは知ってたんだ。
でも
人ってのはやはり虚しいものだ。自分の事など、すぐに忘れて違う歴史を真実と崇め出す。憎らしい、寂しい。
でも、愛おしいこの異世界を、壊したくはないと自分の何かが叫ぶんだ。けれど、愛おしいからこその選択をしなくては。
もう一度、創り直そう。自分が思い描いた異世界と違いすぎる。戦争ではなく平穏を、涙ではなく笑顔を創りたかったはずなのに真逆の事しか出来ていない。こんな異世界は可笑しい。ソウ、オカシインダ。
自分を忘れた者達に罰を。理想とかけ離れた世界に滅亡を。
創り直そう、自分の理想が叶うまで。創造主だから。
こうしたのは自分じゃない。忘れた君達だ。せめて、自分の行いを悔やんで死んで行け〕
「…私達が“彼”を忘れた事によって“彼”は狂ってしまった。異世界が滅亡して行くのは当然の罰なのか…?」
「マスター」
「違う」
マスターが手を外し、俯きながらも力強い言葉を発する。
「私達が受けるべき罰なのは変わりない。しかし、“彼”は、間違ってるっ!!誰もが“彼”を忘れて行った訳ではない。“彼”の想いを、記憶を、伝え、“彼”の望むべき理想へと刃をふるっている者達だっているんだ。“彼”は、それすらも無下にしてしまうのか…?…」
「…きっと、“彼”も考えたんだよ。しかし、辿り着いた解答が‘滅亡’と云う創り直す事だっただけなんだ」
マスターの言葉に付け足すように若葉が言う。その淡々とした声色は自らの運命を受け入れているようだった。
「…残酷だ。そんな結末」
「だったら、私は」
「「それを止めよう」」
マスターと響の力強い声が重なる。
「“彼”が‘滅亡’と云う‘真実’を選ぶのなら、私達は‘創造’と云う‘真実’を選ぼう。私達は様々な人達に接して来た。全員が全員、“彼”の理想通りではないかもしれない。それでも、異世界は“彼”が言うよりも美しかった。そんな異世界を私は失いたくない。“彼”が創造主として‘滅亡’を望むなら私はそれを阻む予想外の者、〈イレギュラー〉となろう」
「マスター、俺は着いて行くから。君が来るなと言っても着いて行く。“彼”にも美しい異世界を見せてあげようよ」
響の言葉にマスターは頷く。
若葉は、あり得ないと思いながらこういう人達だったなと改めて思う。
運命に抗おうと云うのかい?滅亡と云う‘真実’をも覆すほどの力。間違いを犯したのは私達だ。しかし、それは“彼”も同じ。間違いを正してやってよ。忘れたのが罰ならば、思い出すのは…なんなのだろうね…ねぇ…兄妹達…
ペラッとマスターが涙を拭い、ページを捲る。
「?!これって…」
「嗚呼、本当に、‘全ては必然的’だな」
響の驚愕する声をそう、宥めてマスターは言う。その声は、変えられない決意に彩られていた。
〔自分が無造作に異世界に設置した〈核〉。それを壊すか殺す事で自分が設定した全異世界の滅亡と創造への装置が作動する。正常に作動する事は分かっているが、念の為にあの子達を送ろう。確か…今残っている異世界は〈妖京乱華街〉
、〈ドリーミーワールド〉、〈bitcore〉、〈大罪楽園〉、〈Light of the darkness〉…後は人工的に創られた〈神様天国〉だったか…いや、まだあったな。〈地獄感染〉、〈戦国乱闘〉、〈新緑の輪〉、〈ブラット・カイザー〉…と此処か。
〈Light of the darkness〉は〈核〉が狂って無限ループを繰り返しているから良いとして。あと、神の子供がいた元の異世界も抜かそう。もうすぐで滅亡するはずだしな。他の異世界にはあの子達を送ろう。〈神様天国〉にも〈核〉はある。うん、そうして、邪魔者がいた場合、〈核〉が正常過ぎて作動する気配がない場合はその手で……
…………嗚呼、もし、この装置を止めようと考え直した場合は…自分が死んでも止まらない。創造主たる自分と対を成す〈イレギュラー〉に頼む他ない…まぁでも、〈イレギュラー〉なんて‘あいつ’しかいないから無理だろうけど…〕
「この‘あの子達’が現れた青年達だろうな…しかし、移動はどうやって?左眼丸が言っていた仮説が本当なら〈NGRLI〉は…」
マスターが顎に手を置いてうむと悩んでいると聞き慣れない言葉に若葉が問った。
「〈NGRLI〉って?」
「此処とは別の異世界で写した文献に書かれていた“彼”と同じ〈力〉を持っているかもしれない子供達……ん?‘子供達’?」
若葉に説明している途中で響は何かが引っかかったらしい。マスターを支えたまま「うーん…」と悩み出す。それに若葉は何故悩むのかちんぷんかんぷんだ。
と、2人してハッとして顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「「神の子供!!」」
「……はいぃ?」
どういう事?と首を傾げる若葉。若葉にとって2人に本を渡し、‘真実’を教えたので目的は達成されたと云えばされているが……話についていけない。
2人は話についていけない若葉を見据え、その問いを口に出した。
「若葉殿」
若葉にとって、その言葉、問いは、一生忘れられない‘真実’だった。




