第五十壱陣:終戦の狼煙
まだ、その時ではないよ。まだ、まだだ。
その言葉を呟くのも、その感情を吐き出すのも、まだ。
その、仮面を外すのも、ね。
さぁ、自分の目で確かめなさい。
***
「リン兄様ぁああああ!!!」
鈴蘭の悲痛な叫び声が悠鏻の耳に響いていた。
ーザシュー
その音と一行に来ない痛みに悠鏻は瞳を開けた。そこに広がっていたのは2人分の刃が首に添えられた、同じように浮かぶ鈴蘭だった。隣の悠憐が驚いて固まっている。
「鈴蘭!!」
「何やってんだ?!」
下から蘭丸達の叫ぶ声が聞こえる。鈴蘭は悠鏻に向かって刃を向けていた2人を睨み付ける。その2人は鈴蘭の事などお構いなしに刃を彼の首に食い込ませようとしている。
「リン兄様に、レン姉様に手出しはさせませんよ!」
その言葉に2人はニィと嗤った。そしてゆっくりと鈴蘭の首から刃をどかし、3人から離れた。
マスターはその2人に違和感を持ち、問った。
「………お前達は、誰だ?」
マスターが持った違和感を兄弟達も感じていた。他の異世界と同じ、違和感。もう少しで一本の線になるはずだ。
一人がクスリと口元を歪めて嗤った。その一人は以前、マスターと天、鈴蘭が戦った人物で残りの一人は響と夜征、鳴時が戦った人物だ。
「……ふふふ」
「…嗤うな」
場に合わない嗤いを響かせる。それに再び恐怖が蘇った天は透明なカルリヴァに抱きついた。カルリヴァは彼女を生地の中に手繰り寄せた。
「何が可笑しいんだよ」
その疾風の怒気が含んだ声色にその一人の笑みは止まる。
「鳴時も、鈴蘭も、悠鏻も、殺そうとして何嗤ってんだよ!!」
こんなに疾風が声を荒げるのは珍しい。そして鳴時がその2人 (のうち1人)によって殺されかけた事に全員(夜征と双子を抜かす)が驚愕した。だから支えられているのか。蘭丸は仲間を傷つけられた事に2人に憎しみを覚え、刀の柄を強く握り締めた。それでかカルリヴァと同じ透明な体を持つ櫻が現れた。怒る蘭丸の気持ちが伝わったのか彼の目付きが鋭くなる。尻目に夜征に支えられた鳴時を見て目を見開くと蘭丸と同じ…いやそれ以上に怒りと憎しみを露わにした。
それに臆せず、一人は無機質に言葉を紡いだ。
「…誰って、怒りって、憎しみって…‘あの人’の方が深いのに…」
「‘あの人’?」
マスターが首を傾げる。それに一人は悲しそうに口元を歪めて笑った。
「…いつか、分かるでしょう、〈妖京乱華街〉も〈ドリーミーワールド〉も〈bitcore〉も〈大罪楽園〉も全部、全部…」
『?!』
異世界の名前を言った事にマスター達は驚きを隠せなかった。なんで、異世界を移動してる者、もしくは異世界、“彼”を知る人しか知り得ない情報を知っている?!
自分達と同じ異世界を移動する者達?それでもなんで自分達と同じ異世界を?偶然なのか?
蘭丸達には何のことやらさっぱりと云う感じだった。
一人は伝える事を伝え終えたらしくもう一人の裾をツンツンと引っ張った。
「……疲れた。帰りましょう護」
「お前は、いっつも…はぁ」
もう一人は飽きれたようにため息を付くが顔は笑っていた。可笑しそうに。もう一人は刃を首元から少量の血を流す鈴蘭に向けるとにっこりと親しい…いや手のかかる兄弟に向けるような慈愛に満ちた笑みを向けた。鈴蘭に刃が向けられていると分かるや否や双子は彼を守るように前へ出た。それに鈴蘭が目を見開く。下では困惑するマスター達と2人を睨みつけた蘭丸達がいる。
「………感情を、忘れるな」
「え?」
シュッとその2人の姿が消えた。何処を見回してもいない。それに全員は束の間の安心を得る。
「「鈴!!」」
「うぇ」
双子が左右から鈴蘭を心配そうに覗き込んだ。
「お前…馬鹿な事しやがって…!」
悠鏻が叫ぶ。悠鏻の右手が鈴蘭の首元に刻まれた一線をなぞる。悠憐が震える両手で鈴蘭の手を包み込んでいる。
「…大切な、兄様と姉様ですから。人間に罰を与えたとしても、『神』を殺したとしてもそれは変わりません。助けたかっただけなんです」
儚く笑った鈴蘭に双子の息を飲む声が響く。
「…っバッカ!」
悠憐が涙目で鈴蘭に抱きついた。鈴蘭はそれを混乱しながら受け止める。
「…本当…馬鹿野郎だよ…お前は」
悠鏻が鈴蘭の頭を以前のように優しく撫でる。
戻った?助けられた?そう感じた鈴蘭の元に戻った瞳から涙が零れ落ちた。
「ったく、なんか壮大な兄弟喧嘩を相手にしてた気分だ」
蘭丸が上の3人の光景をホッとしたように眺めながら言った。それに彼の近くに浮かぶ櫻が言った。
『それでも、人間と『神』の過ちは消えない』
「…まぁな。これからは報いじゃなくて償いだ」
天はカルリヴァに抱きつきながら嬉しそうに叫んだ。
「終わったね!終わったよカルリヴァ!」
『そうだねー主サマ。良かったね』
「うん!!」
透明な体に抱きしめられながら笑顔で彼女は微笑んだ。
「と、とりあえず一件落着?」
「かな?」
四季と海が顔を見合わせる。そこに左眼丸が両手を差し出した。2人は一瞬ハテナを浮かべたがすぐにわかり、笑った。
「三兄弟全員、無事!」
「さっすが僕ら!」
「………誇り」
パチンッと三兄弟は笑顔でハイタッチをかわした。
「鳴時、大丈夫?夜征兄にずっと支えられてるけど」
疾風が支えられたままの鳴時の顔を覗き込み、問うと彼は笑って言う。
「桜舞と疾風のおかげでだいぶいいが久しぶり過ぎてうっかり能力の後遺症が…」
「ふふふっ、うっかりさんですねぇ鳴時は」
夜征が笑い出し、3人は笑い合う。
「マスター、さっきのって」
響が他の人達には聞こえぬようにマスターに耳打ちするとマスターは「うむ」と唸る。
「彼らが“彼”と『災い』について何か知っている事は確実だ。それに…」
マスターは懐からあの本を取り出すとそれを手元で弄んだ。
「何かが、真実がもう少しで浮かび上がる」
「そうだね。そういえば」
マスターの険しい表情をどうにかしようと響は笑顔で言った。
「夜征と疾風が前世の友人に会ったみたいだよ」
それにマスターはフードで見えないが笑顔で嬉しそうに笑った。
「それは……とても良い思い出になるだろうね」
「そうだね…転生って云うのは本当に不思議だ」
「ふふ、そうだな響」
マスターと響は顔を見合わせて笑った。




