第二十玖陣:別れ無しの会話
「…………っ」
「!響兄!マスターが起きた!!」
怪我の応急処置から一夜明けた朝方。海と左眼丸が目を覚まし、復活そうそう四季の頭突きにも近い抱きつきを食らったのはまだ新しい。2人が気がついた事に兄弟が喜んでいる最中、最後の一人、マスターも復活を果たした。
響が疾風の叫びにいち早くやって来て起き上がるマスターを支える。復活したばかりの海と左眼丸も四季と夜征と共にやってくる。
「マスター、大丈夫?」
「嗚呼、大丈夫。ありがとう響…みんなにも心配かけたね」
マスターがニッコリと笑って言う。それに彼らは安心したように口々に言い合う。とマスターがちょいちょいと全員を集めて一気に傷を治す。それに上の兄弟からは「無理するな!」と言われてしまい、笑いが零れ落ちた。
「おぉ、良かった。目が覚めたんだな」
そう言って彼らの元にやって来た一人の小柄な男性。男性は柔らかい笑みをマスターに向けている。それでマスターは彼を思い出した。男性はマスターを手当ていた人物だ。マスターは意識が朦朧としており、声は聞こえていなかったが柔らかい笑みが印象に残っていた。
「お前さんの連れも無事のようで何より」
「マスター、誰?」
海がマスターに聞くとマスターは笑って懐かしむように言った。
「私の怪我の手当てをしてくれた人だよ。あの時は助かった」
「いんやぁ、元政府側であっても怪我人は放っておけんからね」
柔らかそうに声を上げて優しく笑った。マスターの怪我の手当てをしてくれた事に夜征と疾風が深く頭を下げた。それに男性は「いいよ」と笑って顔を挙げるように手を動かした。それに2人は頭を上げた。
「そういえば、カル…殿やゼイガ殿は?お礼がしたいのだが」
「あっ!オレもアリネにお礼言いたい!」
「………俺も……俺達も…助けてもらった…」
自分も自分もとお礼を言いたいと彼らが告げると男性は柔らかい笑みを崩し、申し訳なさそうに告げた。
「彼ら…滅竜は今、任務で此処を出ていないんだ」
「うむ…ではお礼の事を伝えてもらっても構わないだろうか?私達は此処を出る」
「マスター、少し休んでもいいんじゃ?」
マスターの発言に響が反論を述べる。それは他の兄弟達も一緒だ。だがマスターは伝えなければならない事があった。本に写した、ある少女の記録を伝えなければ。
マスターは強い決意がどうか響達兄弟に伝わって欲しいと彼らに視線を投げかけた。それを感じ取ったのかマスターを支えている響が呆れたようにため息をついた。そしてクスリと笑う。
「分かったよ。俺の負け。みんな、マスターの指示プラス俺からもお願い」
そう兄弟達に響が言うと夜征がため息混じりに苦笑しつつ言う。
「もう…しょうがありませんねぇ」
それを皮切りに兄弟達が次々に言う。
「ちゃんと後で休んでよ」
「しょーがないね!マスターが決めた事だし!」
「響兄も言ってるしね!」
「……俺達は……大丈夫」
「ありがとう。と云うことでお願い出来るだろうか」
マスターが笑顔で許可してくれた彼らに言う。それを微笑ましそうに見ていた男性は任せろとドンと胸を叩いて了承した。
**…
占拠された世界管理センターを出てマスター達は昔は広場だったのであろう瓦礫まみれの敷地で足を止めた。そしてマスターは本に写した記録を彼らに提示した。それに彼らも同様、驚いていた。しかしそれは裏を返せば真実に近づき、“彼”へ一歩近づいたと云う事。
「〈NGRLI〉…が“彼”と同じ〈力〉を持っている…でもこれって仮定でしょ?もし同じだったらどうなるの?」
瓦礫の山の平らな部分に三兄弟揃って座っていた海が疑問をぶつけた。記録は「もしも」の話だ。真実は述べられていない。その疑問にマスターは「憶測だが」と前置きをして言った。
「記録者が言いたいのは“彼”と同じ〈力〉を持つと云う事だと思う。どうなるどうこうではなく、同じ〈力〉と云う事に意味があるのだと…“彼”は特殊な例だ。同じ〈力〉を持つ〈NGRLI〉にも微かだが例外が起きる可能性もあるのではないかと伝えたかったのだろう。あくまで可能性だが」
結局、仮定は仮定なのだ。本当の事実も意味も分からない。記録した少女にしか分からないのだろう。きっと。
しかしこの異世界は彼らが思ったよりも滅亡へのリミットが遅いように感じる。つまり、先程マスターが述べた可能性は極めて低いと見て間違いない。現にマスターも自分の可能性を改めて否定していた。
これだけの収入は嬉しい限りだ。マスター達は移動の準備を整えながら希望を胸に抱いていた。
「………零慈と、響薬……」
一人、兄弟達が作業しているのを眺めながら左眼丸は呟く。記録した少女とその双子の弟。故郷のために此処を後にした姉弟。
左眼丸は考えた。姉弟の名は聞いた事がある気がする。左眼丸は一つの仮説に辿り着くがかぶりを振って打ち消すと兄弟達の元へと歩を進めた。
「決定。戦場は異世界、〈大罪楽園〉!」
マスター達が移動するのをいつもの人影が見ていた。人影は血塗れの口元を歪め、嗤う。
「“彼”の理想は、もう目の前かもね?…これで、ひとぉーつ…」
ポタリと滑り落ちた紅いしずくの下には真っ赤に染まった6つの死体があった。




