第二十漆陣:作戦……完了
青年が目の前で驚いている。マスターはすかさず、両手の刃物を振った。が青年の隣の人物が青年をどかしてマスターの刃物を防いだ。マスターは小太刀を刃物の交差から抜くと人物に向けて頭上から突き刺す。それを人物は青年を連れて部屋の奥へと後退した。
人物は黒いベールを揺らしながら言う。
「この子を殺されちゃあ困るんだよね」
「ほぉ?何故かは私には関係ないなっ!」
足を一踏みすればマスターは青年と人物の真ん前へと到達する。人物が青年を背に隠し、マスターの刃物を防ぐが大脇差だけだった。それに気づいた人物は刃物を回転させ、小太刀から逃れようとするがその隙を与えずマスターが大脇差を人物に突き刺す。
「うぐっ」
人物の左脇腹に大脇差が突き刺さり、少量ながら血が流れ出す。ブンッと人物が刃物をマスターの首筋を狙って振る。マスターが大きく後ろへ跳躍しながら後退しつつ大脇差を抜く。パソコンが載った台の上に空中で何回か回って着地すると刃物を構える。
「私は怒っている。特にその青年にね」
バッと大きく跳躍し、頭上から大きく2振りの刃物を振り下ろした。人物は刃物を手に添えてマスターの強い一撃を受け止めるが強すぎて片膝をついた。
「……っ」
「早くどいてくれないか?」
「そう云う訳にもいかないんだよね…っ!」
人物はマスターをはじき返す。がマスターは小回りを効かせ、また攻撃を開始する。その背後で青年は思い出したかのように武器を取り出した。そしてそれをマスターに向けた。それに気づいたマスターは床に手をつけながら一回転し、後退した。
「…ボクだって、後ろで震えてるだけの責任者だと思うな。山茶花の名が廃る」
そう言う青年の両手に握られていたのは小銃。それを一瞥し、マスターはあの液晶パネルに書いてあった人物だと確信した。
恐らく、彼の名は山茶花 大騎。政府側の最高責任者。だとしたらこの黒いベールをした人物は彼の部下と見ていいだろう。しかし、部下がいるからといって小銃一つ…
「………」
何かが可笑しい。マスターは直感的にそう感じてしまった。
青年、山茶花 大騎はオレンジ色のショートで髪跳ねる髪質のようだ。瞳はピンク色で右目の下辺りに小さい星の刺青をしている。上下黒の軍服を身に纏い、長ズボン。黒い革靴。
可笑しいところなんてないのに可笑しいと感じてしまう…
マスターはかぶりを振って思考を遮断すると再び跳躍した。
**…
一方その頃、カルとゼイガは力を合わせて瓦礫を持ち上げていた。
「せぇーのッ!」
「!」
その瓦礫の下にいたのは傷だらけの響。左腕に一番の重傷を負っているらしく他のところよりも傷が痛々しく、血が流れて出ていた。うつ伏せ状態の彼の下には海と左眼丸が倒れており、弟を庇ったのは明白だった。
「……………っ」
響が動いた。痛む左腕を庇いながら起き上がると弟達が生きていることを確認する。そして血塗れになった顔と虚ろな瞳でカルとゼイガを見やる。2人は早く助け出せなければと響の足を固定している瓦礫をどかしにかかった。
「大丈夫か?!」
「……………嗚呼」
カルの問いに響はたっぷりと間を置いて冷静に答えた。響の視線の先には青年、山茶花を守るようにして立つ人物と対戦しているマスターがいた。ピクッと響は足元が軽くなるのを感じた。あの2人が瓦礫をどかしたのだろうとは分かっていた。響はフラフラと立ち上がると左腕を抑えながら歩き出す。
「!おい!」
「……俺は、大丈夫…止めないと…っ」
痛む足を引きずり、対戦を続ける彼らに向かって歩く。パソコンが載った台を器用に避けながら少しずつ、少しずつ近づく。
「ぐっ!」
「どけっ!」
人物がマスターの刃を防ぐと山茶花が小銃をバンッ!と撃った。銃弾はマスター目掛けて飛んで行き、マスターはそれを紙一重でかわすと大脇差で銃弾を跳ね返した。
「うわっ」
ガツンと山茶花の背後の壁に銃弾が貫く。山茶花は近くに銃弾が来たことに驚き、横目でコンクリートに空いた穴を見つめた。マスターは人物の刃を弾くと小太刀を人物に突き刺す。それを人物は背後に仰け反ってかわすと刃をブンッと振った。マスターのフードの切れ端が少しだけ舞ったように響には見えた。響は急ぐように歩を進めた。
マスターは人物と接戦を繰り広げている。響には分かっていた。マスターを止めなければいけない。マスターは怒りに身を任せようとしている。何がマスターを引き止めているのかは分からない。しかし、放置していたら暴走してしまうかもしれない。分かっているからこそ響は恐ろしかった。
「……っ」
もう少しでマスターに届く。痛む左腕も痛む足も痛む全てを使って止める。
マスターは刃物で大脇差を押さえる人物に向かって小太刀を振りかぶる。人物は大脇差を押さえるのに精一杯で山茶花は小銃に銃弾を入れようとてんやわんやだ。
「これで……終わ「マスター…落ち着いてよ」!」
マスターの足がその声で止まる。マスターが首元に違和感を持ち、首元を見る。そこには傷だらけの腕があった。いや、正確には傷だらけの響の左腕があった。
「……ひ、びき?」
「マスターったら…俺達は、無事だから…怒りに、身を任せないで…」
惚けるマスターに響が優しく語りかける。響の手はマスターに届いた。さあ、我らが恩人であり道しるべであるマスターを元へと。
「…はは…弟達には…マスターを止めるのは、キツイ…かな…俺の特権だね…元に戻って。落ち着いて。怒りは憎しみも絶望も引き寄せる…君が言った事だよ」
「………すまん、響。私は慌てていたみたいだ。お前達が危険な状態になっ…」
「よっと」
と緊張の糸が切れたのかマスターは気を失い、前のめりに倒れた。それを響が当たり前のように受け止める。マスターの両手から零れ落ちた武器はカランッと音を立てて落ち、出現した時と同じように消えた。そして両腕には包帯がきつく巻きつく。響はそれを確認すると傷をもろともせずにマスターを横抱きにした。しっかりとした足取りは怪我人には思えないほどしっかりしている。響は刃物を構え、警戒している人物と小銃を構える山茶花を見やる。その瞳に人物のベールがひらりと揺れる。
「………」
「…っ」
人物は響に背を向け、山茶花の元へ行くと喚く彼の手首を掴み上げると自身の右肩に担ぎ上げ、爆風で割れたのだろう窓の近くにあるパソコンが載っかった台に飛び乗る。バッと台のパソコンを足で蹴り落とすとこちらを振り返った。
「ちょっ!降ろせよ!」
「ちょっと黙って……君に免じて見逃すよ。けど、ーーーー」
ニヤリと嗤った人物。最後の言葉は響には聞き取れなかった。そして人物は暴れる山茶花を肩に担いだまま、窓を破って19階から外へ飛び出した。そして落ちていく。
「!?」
カルが海と左眼丸を床に横たえた後、大急ぎで割れた窓から下を覗いた。暗い闇の世界に2人の姿はなかった。いや、あった。だいたい10階辺りだろうか、何処かの部屋の窓からロープが垂れている。もしかするとそこへ逃げたか。
「くそッ!」
ガンッとカルは窓の縁を叩いた。あと少しだったのに!
悔しそうに拳を握り締めるカルを横目に響は弟達の方へとマスターを連れて歩み寄る。ゼイガは傷だらけの響を気にしていたが大丈夫だと判断したようで彼らから離れた。
「2人共、無事だぜ」
「知ってる」
ゼイガの答えに即答を返し、響は彼と入れ違いになる。響は少々傷を負っているが大丈夫そうな弟達を見て安心を得る。大丈夫だと知っているが見ないと安心できない。2人共、気を失っている。響は近くの壁にマスターを寄りかからせて座らせると布越しにマスターの頭を撫でた。
ゼイガは悔しそうに唸るカルと連れの元にいる響を見て内心、ため息をつく。そして首元のヘッドフォンのマイクを掴み、告げた。
「こちら反乱軍、独立部隊・滅竜、コードネーム、ゼイガ。作戦終了、作戦は失敗。怪我人の手当てを求む」
【こちら反乱軍、コードネーム確認。ご苦労様、次の作戦を立てれば良い。チャンスはまた巡ってくる。別部隊の情報より、世界管理センターは我々反乱軍が占拠した。そちらに治療部隊を送る。動ける者は後始末に移れ…ゆっくり休め】




