第拾肆陣:戦闘開始の狼煙
朝日が天井の穴から射し込む。それを受け、三兄弟の団子寝から左眼丸がむくりと目を覚まし、起き上がった。眩く、暖かい日差しに片目を細めながら左眼丸は隣で寝ている兄弟を起こしにかかる。
「…………」
ベシッと手のひらで海の額をはたく。と彼は「うぅん…」と唸っただけ。効果はいまひとつの模様。もう少し強くはたいてみようかと左眼丸が準備を始めた時だった。
「……ゴメン…莢…」
「…っ」
夢を見ているのだろうか。寝言を海は呟いた。目元には微小の涙が出ている。きっと前世の思い出の夢を見ているのだろう。左眼丸は克服している方だがたまに思い出す。それに夢なんて止めたくても止められないし、見たくなくても見てしまうから左眼丸は嫌いだった。
左眼丸はかぶりを振って今度は先程よりも強く額をはたいた。
「いった!…あ、左眼丸。おはよ」
「……おはよう…夢、見てたのか?」
「へ?」
左眼丸がそう聞くと海は目元の涙に気づき、手の甲で強引にぬぐい、寂しさがこもった笑みを見せた。
「…まぁあね。過去の夢見てた。久しぶりすぎて泣いてたみたい……早くみんなを起こそうよ!左眼丸はマスターと兄さん達頼むね!」
「…え…応…」
強引に笑顔を見せ、海は言う。左眼丸は海に言われた通りにマスターと兄達を起こしにかかる。背中を向けた時に海が小さく、夢で出たのであろう先程の名を悲しげに呟いていたが左眼丸はそれを無視した。
しばらくして全員が起きたがまだ眠い。船を漕いでいる人がいる。その度に隣の人に起こされている。
「マスター、昨夜の話ですけど…」
「嗚呼、分かっているよ。夜征の心が決まったらみんなに話すと良いよ…同じ場所で救った疾風にもね」
夜征が昨夜の事を聞くとマスターは「慌てなくて良い」と見えないがきっとしているであろうウインクを決め、笑う。それに夜征は安心して頷いた。
「なんの話してるの?マスター、夜征兄」
そこに疾風がやって来て問う。夜征が「なんでもないよ」と彼の頭を撫でる。それに疾風は納得がいかないようであったが嬉しそうに頭を撫でられていた。
「四季、火の後始末お願い」
「はーい!響兄!」
四季が「うーん!」と伸びをして少しだけ火の残る小枝を足で踏み付け、火が完全に消えるようにバンバンと何度も踏みつける。何度かやって完全に火が消えたのを確認して四季は響に言った。
「終わったよ!」
「ありがとう」
お礼を言われて四季は嬉しそうに笑う。そんな兄弟を眺めながら海は浮かない顔だった。夢を引きずっているのは明らかだった。ブンブンと頭を振っていつも通りに戻る。
パンパンッとマスターが手を叩いた。それに彼らの視線が集まる。
「昨日の事だが地下軍への接近は諦めようと思う。私達を自然中間軍民と思っている事から出会い頭で戦闘になるだろう」
「今回は諦めるって事?“彼”の情報」
マスターの言葉に響が言うとマスターが「仕方が無いが」と頷いた。と今度は海が質問した。
「マスター、自然中間軍民って何?昨日からずっと思ってたけど」
「オレもオレもー!」
それに四季も賛同する。マスターは「待て待て」と笑い、懐から本を取り出し、〈ドリーミーワールド〉のページを開いてその言葉を探した。見つかったのかマスターは顔を上げて説明した。
「自然中間軍民って云うのは地上軍にも地下軍にもどちらにも属していない中立民の事だ。両者ともに戦力が欲しいから自然中間軍民を見つけたら勧誘などをしているらしい。稀に返り討ちに合うこともあるらしいが」
「強くね?自然中間軍民」
「何人ほどいるんだい?」
マスターの説明に疾風がそう零し、響が質問をする。それにマスターはわからないと首を振った。正確な数が載っていないのだ。それほど自然中間軍民がいると考えていいだろう。
パタンッと本を閉じ、懐に仕舞い込むとマスターは明るい声を腹から出すように彼らに言った。
「さて!今日は此処から次の異世界へ移動する。私達が最初に来た場所は危険だから除外して、此処で移動を行う。今から準備を「させるか」?!」
マスターの声を遮った低い、低い声。その声が響いた途端に眩しい太陽と澄み切った青空は真っ暗闇へと沈んで行った。昼から突然、夜になったわけではないだろうから何処か別の空間に連れ去られたと考える方が妥当だ。彼らは武器を手にし、周りを警戒する。周りは廃墟ビルのままで瓦礫が散乱している。とその時、響は何かが空気を切る音を聞き、咄嗟にマスターを横に押し出した。
ーヒュッー
「っ!」
「響!」
「響兄!」
刃物が響の右頬をすり抜けた。彼の右頬には赤い一線が引かれ、血の雫が静かに垂れ落ちる。
「今、治す」
「大丈夫だよ、マスター」
「そう言ってお前が大丈夫だった試しがない」
「響兄が怪我したのになんなのこの、緊張感の無さっ!」
マスターが響の右頬に片手を軽くかざし、手に纏わり付いた薄い黄色の光が響の右頬の傷を包み込み、治して行く。一方、響はマスターにそんなことを言われ、正論すぎて何も言えなかった。緊張感の無さに疾風が叫ぶと三兄弟が苦笑いをこぼした。
「余裕の表情だな…」
その声に彼らは前方を向いた。瓦礫の山の中から人影が姿を現す。その人影に彼らは驚きを隠せなかった。そこにいたのは瞳が紅い色に変色したナイトメアと魅弧、そして目元の包帯が取れかけたディディアだった。手には武器を持ち、殺気と欲望がその紅い瞳に宿っている。瞬時に彼らは悟った。こいつらは、危ないと。
「俺はお前達、自然中間軍民を捕獲し、この世界の頂点に立つ…地上軍?地下軍?人間も魔族も馬鹿らしい…自分の生存のためならば俺は殺戮さえ好ましい…さあそのための礎となれ!」
「……あれは…欲望に駆られているな。昔から貯めていた欲望がなんらかの拍子に渦を巻いて溢れ出たのか。横の2人も同じか…みんな、分かっているな?」
ナイトメアのただただ欲望のままに蠢く全ての感情と体はもはや彼ではない。横の2人もそうだ。明らかに正気を失っている。3人を救うか、楽にしてあげるか。
彼らは武器を手にし、マスターの問いに答えるように構える。
「彼らを、悪夢から解放させてやれ」
「「「「「「御意」」」」」」
マスターと響以外の兄弟達が駆け出す。それを見て3人も駆け出した。響はマスターに治してもらった右頬を一撫でし、マスターを守るかのように背に隠した。別空間の真っ暗闇に下弦の月がポッカリと浮かび上がる。
さあ、目覚めの時を誘いましょう。
**…
戦い始めた彼らを違う空間から見ていたその影は口元を服の袖で隠して控えめに嗤った。
「これが君達への、罰だ」




