第九十陣:お帰り
声が聞こえる。
「ーーーーー」
でも、此処でゆっくりするのも良い気がするんだ……
『帰るよ』
…?君は誰?なんで帰るんだ?ねぇ…
『約束したんだろ?』
約束……
「十六夜!!」
**…
〔*月*日〕
「玖遥さん、いる?」
「あっ、響さんかーどうした?」
響はある一室の主に声をかけた。その主は部屋の中央を陣取る大きなテーブルの上にたくさんの資料を広げて作業していた。響に声をかけられ、主…この屋敷の主は作業を中断して顔を上げた。まだ幼さが滲む顔立ちだが響達にいてもいいと言ってくれ、助けてくれた人でもある。
響は真剣な面持ちでいると屋敷の主も何やら重大な事なのだろうと表情を引き締めた。
「俺達、此処を出ていく」
「……何故?」
驚いたがあくまで冷静に問う。
「君には、此処のみんなには感謝してもしきれない。でも、俺達はずっと此処にいる訳にはいかないんだ」
「…もしかして疾風くんと四季くんが言ってた…?」
その問いに響はコクリと頷いた。
「俺達はある人を待ってる。宗近達も俺達が待ってる人の兄を待ってる。そろそろ、此処にも慣れたから探しに行こうと思って」
「……響さん」
「ん?何?」
「待ってる人って云うのは…」
響はにっこりと笑って言う。
「俺達が忠誠を誓った恩人だよ…俺にとってはもっと違う意味もあるけど(ボソ」
響の最後の言葉は屋敷の主には聞き取れなかった。
響の答えを聞いて「寂しくなるなー」と手元の資料にペンを走らせる。此処から居候人であった彼らが出ていくのはとても寂しい。それほど自分が彼らをこの屋敷の一員として意識していたのに気づき、屋敷の主はクスリと笑った。
「四季くんや海くん、左眼丸くんにうちの小さい奴ら懐いてたのに泣くかなー」
「小さい奴らって。あの子達、妖怪でしょ?君より年上だから小さくはないと思うけど?小さいって言っても身長くらいでしょ?」
「まぁあ、そうなんだけどな?」
「「ハハハ」」と2人は笑い合う。
「疾風くんもさぁ、うちのお医者様と薬剤師が尊敬してたし。夜征さんの技術に惚れた奴もいたしなぁ。宗近くんに舞踊の練習頼み込む奴もいた、長光くんに薙刀の稽古頼み込む奴もいた、五月雨くんに勉強教えて貰ってる奴もいた、真守くんに懐いてた奴もいた…こっちも感謝してもしきれない…響さん、お前にはたくさん感謝してる」
スッと資料から顔を上げ、二ッと家族の分まで礼を言う。
「ありがとうな」
「いいえ、こちらこそ。今までありがとう」
2人が同時に相手に向かって礼をした時だった。大慌てで部屋に屋敷の主の右腕である青年が駆け込んできたのは。
「庭の一角で、何か起こってる!!」
**…
ーバチバチッ!ー
庭のある一角。そこの空間が歪み、バチバチッと火花を散らす。その前には夜征達を始めとした者達が緊張した面持ちで立っていた。
ーバチバチッ!ー
「ちょっとーなんなのコレ?」
「僕が知るわけないでしょー?!」
前でそんなこんなしていると響と屋敷の主、主を呼びに行った青年が駆けつけた。3人はバチバチッと火花を散らす歪みに面食らった。
「なんだこれは?!」
「………?」
驚く屋敷の主とは裏腹に響は不思議そうに首を傾げた。そしてその歪みにゆっくりと近づいて行った。
「兄さん?!」
「三日月さん危ないかもしれないんですが?!」
夜征と五月雨が響にそう伝えるが響はそれを無視して近づいて行く。とその歪みに触れた。バチバチッバチンッッッッ!!と大きな音と火花が響を襲う。その行方を見ていた他の者達からかすかに悲鳴が上がる。
「大丈夫だよ」
響はニッコリと笑って言う。すると、グニュンと変な気持ち悪い音を出して空間が大きく歪んだ。その歪みはやがて溶けた鉄のようにこの空間に落ち、庭に降り立った。そして、徐々に何かを形作り、姿を表す。その姿に、そこにいる人物に誰もが息を飲んだ。
「…う、うそだ…うそだ…」
「本物…?」
「………マジかよ…」
「………よ、かった…」
「「「「夕月夜!!」」」」
そこにいたのは宗近、長光、五月雨、真守の恩人であり主、夕月夜であった。
夕月夜は消えた時と少々格好が変わっていた。黄色のセミロングで両耳に紺色のピアス。服は黒の和服で袖には黄色、黄緑色、青色、灰色で描かれた梅や楓、菫、椿、睡蓮が散りばめられている。靴は黒のニーハイブーツ。
夕月夜はゆっくりと瞳を開けた。その2つの瞳は美しいほどに澄んだ蒼色をしていた。
「……?此処は、何処…?…!宗近!長光!五月雨!真守!ただいま」
「「「「おかえり(なさい)!!!」」」」
夕月夜がそう零すと宗近達が彼に向かって嬉しそうに駆けた。その光景を見ていた響達は驚いた。もしかして、その時が来たのか?
ーバチバチッ!ー
『?!』
今度は響の隣で空間が歪み、火花が散った。目の前でそれを見た響と夜征達はまさかと思った。
「十六夜だよ、その歪み」
夕月夜が嬉しそうに何やら話している宗近と真守の話を聞きながら響に横目で告げた。それに響は一瞬、驚いたようだったが夜征達に視線を向けた。弟達は真剣な表情でコクリと頷いた。響はその歪みに触れた。グニュンと先ほどと同じ音を出して空間が大きく歪んだ。そして先ほどと同じようにその歪みは溶けた鉄のようにこの空間に落ち、庭に降り立った。そして形作られるその姿に、響達は目を奪われた。
「……帰って…来た…」
「良かった!」
「心配だったんだから!」
「怪我してない?!」
「お待ちしておりましたよ」
「「「「「マスター」」」」」
そこにいたのは紛れもない彼女だった。夕月夜と同じく消えた時と少々格好が変わっていた。黄色のポニーテール。巫女装束を着用し、靴は草履。
彼女がゆっくりと瞳を開けた。美しいほどに澄んだ蒼色の瞳が兄弟達を捉えた。
「…みんな?…!」
と響が彼女を抱き締めた。彼女が響を見上げると彼の顔には喜びが満ち溢れていた。
「十六夜…待ってた…俺達は…俺はずっと待ってた!」
「嗚呼、約束したものな。異世界は‘滅亡’もせずに‘創造’した。新しい道を歩み出した世界で私達はまた出会った」
彼女、十六夜は響の胸に愛おしそうに顔を埋める。
そう、十六夜は夕月夜を救う事に成功し、また夕月夜が一時的とはいえ望んだ‘滅亡’を解除する事にも成功していた。そしてその後‘創造’が動き出した。新しい異世界が創造主である夕月夜を認識し、融合するのに時間がかかり、このような長い年月が流れてしまっていた。十六夜は夕月夜の唯一の血縁者であり、〈イレギュラー〉であったことから異世界が彼女を夕月夜と同じ存在として認識するのに時間はかからなかったのだが彼女が行った〈力〉の副作用で夕月夜と同様、帰るのが遅くなってしまっていた。
ゆえに響達は8年間、この異世界で彼らを待っていたが〈想いの荒地〉からこの異世界に飛ばされた際に〈力〉を使わずに移動したために瞬間的に数百年の年月を経ていた。瞬間的だったので響達にとっては気絶していた一瞬の時だったわけだが。
そんなこんなで再び再開を果たした。
夜征達が抱き合う2人の元へと近づく。響が十六夜の頭を優しく撫でると彼女は甘えるように今度はその手に頭をこすり付ける。それに響は此処に彼女がいると心から安心を得た。
「十六夜」
十六夜がん?と顔を上げる、と響は彼女を自分よりも高く抱き上げた。兄弟達の嬉しそうな笑顔が見える。
「「「「「「おかえり(なさい)」」」」」」
「ただいま」
十六夜は嬉しそうに笑った。
事情を軽くだが知っている屋敷の彼らも大いに喜び、宴を開いてくれた。
全てに、笑顔が灯った瞬間だった。
やっと、帰ってきやしたぜ!




