日記二十壱頁目:さあ、遊びましょう〜莢〜
「変わっても、忘れるわけないだろ?」
「…はっ」
珀は廊下を走っていた。急いで、急いで。廊下ですれ違う仲間達は走る珀を何事かと見るが彼は気にせずにある場所を目指して走る。
ーバンッ!ー
珀は自分達の部屋の扉を勢い良く開けた。
「珀?」
肩で息をする珀に部屋の中にいる七音が心配そうに問う。珀がバッと顔を上げると七音は「大丈夫?!」と大きく叫び、彼に近寄った。珀もふらふらとした足取りで七音に近付く。今の珀は、血塗れだった。
「どうしたの?」
「……あの、あの!」
涙がこぼれ落ちるのをそのままに珀は自分の今の状況も気にせずに七音に伝えなければいけない事を発した。例えそれが、貴方を悲しませるとしても。
***
『グ…ァ…』
『莢!!』
珀は自分の目の前に仁王立ちする莢を心配そうに見上げた。莢は傷だらけにも関わらず、倒れまいと足に力を入れている。そんな莢をわずわらしそうに大将が見ている。その奥には怯えた様子の沙羅がいた。
『早くどけよ?お前が死ぬよ?』
『クッ…』
不愉快そうに大将が言うと莢は「嫌だ」と彼を睨みつけた。
珀が報告を終えてすぐ、珀は問った。『何故、仮にも「神様」の別体であるボク達を蔑ろにするのですか』と。大将は癇癪を起こしつつ、ニッコリと笑っていない笑みを浮かべてこう言ったのだ。『駒だからに決まっているだろう?』と。そして始まったのは罵倒の嵐。弱った珀に暴力が向けられた次の瞬間、間一髪で莢が助けに入り、今にいたる。
大将は一向に倒れず、珀を守り続ける莢にだんだんと苛立って来た。そして、大将は懐に手を入れた。
『…?!莢様!珀様!』
震える声で何かに気づいた沙羅が叫んだ。それにとっさに莢が反応した。懐から引き抜かれる大将の手に向かって回し蹴りを放った。それは大将の手から何かを弾いた。大きく円を描いてそれは沙羅の前に転がり落ちた。それは
『………う、そ』
木でできた玩具のナイフだった。つまりは、ダミー。大将はニィと嗤い、驚く莢に向かってもう一方の手で引き抜いた拳銃を突きつけた。
『ハハッ♪』
ーバンッ!ー
珀の目の前に広がったのは紅い、紅い血の色。そして自分の方に倒れ行く莢の姿だった。バタッと自分の胸に倒れ込む莢。血の気が引いており、死の淵をさまよっているのは明らかだった。撃たれた場所は右胸。真っ赤な花を咲かせるその胸には莢の依り代であった鮮やかな紫色をした勾玉の割れた破片が突き刺さっていた。依り代が壊されたと云う事はつまり、莢は死ぬ。
『………………は』
『莢!』
珀が自分の胸に倒れ込んだ莢を小さな体で抱き起こしながら懸命に莢に向かって声をかける。莢も莢で意識を失うまいと痛みと、死と戦っていた。
『ハハハハッ!ザマァア?守ってたにも関わらず、こんなちっぽけな武器にやられて!!』
拳銃を掲げて下から見ながら莢を嘲笑う。クッと珀は唇を噛み締めた。大将は死に行く莢に途端に興味をなくしたかのように冷めた目で2人を見た。
『莢!大丈夫ですか?!』
『ゲホ…ッ……ど、かな……でもね、我が‘元’主よ』
胸元を握り締めながら莢は冷めた目を向ける大将に悪戯っ子のように笑って言った。
『………俺は、守った…!』
『…あっそ』
力強い言葉を冷たく返し、大将は拳銃を手元で弄びながら部屋を出て行った。これから死んでいく者に興味はないらしい。
『莢、死なないでください…』
『ご、め…んな…珀…』
そんな願い、無理だってわかってた。でも、言わないとどうにかなってしまう気がした。珀の瞳から涙が零れ落ち、莢の頬を伝う。莢は弱々しく珀の頭を撫でた。
『…沙羅、キミのせい……じゃ、ない』
『………はい、ありがとうございます。そしてすいませんでした』
沙羅にそう告げる莢。それに沙羅は目尻に涙を溜めながらお辞儀をした。莢は泣き続ける珀の頭を撫でる。手は消えかけている、時間がない。
嗚呼、死ぬんだな。そんな思いが莢の思考を駆け巡ったが何故か怖いとは思わなかった。
『…珀』
『ヤダ…莢、ヤダよ……』
『泣か、ない…で…我が兄弟……せめて……笑って…見送って?』
莢の願いに珀はぎこちない、涙でぐしょぐしょな笑みを浮かべる。それに莢は満足したかのように穏やかに笑った。それに珀は悟った。逝くのだと。でも、自分にそれを止める手だてはないから、莢が寂しくないように。
『……………七音に、また……なって……』
珀、キミと兄弟で良かった。妖狐であるキミは俺の誇りだった。胸を張って生きて。
そして七音。変な喧嘩が多かったけど、いつも笑顔にしてくれてありがとう。一番の親友だった…目の前では言わないけど。もし、変わってしまっても…忘れないから。また、な
『…………お疲れ様でした。また…』
***
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
「本当、なんです…」
「あ"あ"あ"あ"あ"!!」
莢が死んだ真実を告げられ、七音は混乱したように頭を抱えて叫んだ。その瞳からはポタポタと涙が零れ落ち、床に染みを作る。珀も信じたくなかった。でも、自分の胸の中で息絶えたのは紛れもない事実なのだ。
珀は泣き叫ぶ七音の背を優しくさする。
「……………ごめんなさい」
「なんで、珀が謝るの…珀は悪くないでしょ?」
そう優しい笑みを浮かべて、謝った珀の頭を撫でる七音の手は優しかった。けれど、何かが違う。珀の心中を支配しない‘感情’が七音を支配し始めていた。
「…………悪いのは……ぜーんぶ、大将だから」
「!!」
ニッコリ笑ったはずの七音の目は笑っていなかった。空を連想させる色合いだった瞳には血のような紅い色が滲み出していた。止めなくちゃ。反射的に珀はそう思い、七音を引き止めるように彼の服の袖を力強く引く。
「駄目…です。駄目です七音!」
「なにを怯えてるの珀。例え、僕が消えてしまったとしても」
珀が見上げた七音の表情は
「君は、生きて」
悲しそうでありながらも憎しみを宿していた。
思わず珀が力を抜いた瞬間に七音は部屋を後にした。珀は何も言わないし追わない。自分が決める事じゃないから。それでも
「………泣くことくらいは…許してくださいね…」
再び零れ落ちた涙を両手で掬いながら珀は祈った。
今夜はあともう一つ、投稿します!
嗚呼…過去編のこいつら可愛いよ…だだし大将、あんたは抜きな!




