日記拾玖頁目:うずくまっててごめんなさい〜アリス〜
「飲む紅茶は全部、零れてしまった」
「……大丈夫?」
「平気平気〜」
「………平気、なら、痛がらない…」
「碧もね」
翠はそう言って苦笑した。今、3人共、戦争帰りである。翠は怪我などはしなかったが碧とアリスが軽症ながら怪我を負った。少しだけ治療ができる碧と翠のうち翠が2人の治療をしている。此処は運良く治療ができる“荒神”が多くいたのだ。
翠は碧の手首に包帯を巻き、留め金で留める。そして包帯の上を撫でると碧の手首を支配していた痛みが和らいだ気がした。本当に気がしたなので実際は痛いと思われる。
碧は包帯が巻かれた手首を動かし、正常に動く事を確認した。
「ありがと……」
「いいえ。姐さん」
「………」
碧の治療が終わり、次はアリスだ。笑ってお礼を言う碧に笑い返して翠はアリスと向き直る。アリスは嫌そうに顔を背ける。翠はハァとため息をついてクイッと顎を掴み、前を向かせた。それにアリスは驚きながらも今された事に頬を赤くする。
「み、翠…あのっ」
「ちゃんと治療させてくれなきゃ駄目じゃないですか、姐さん」
「あ、嗚呼…」
翠から解放され、頬を赤くしたまま俯く。翠が碧に目配せすると碧はコクリと無言で頷き、アリスの背後に回るとその長い髪が邪魔にならないようにと手で纏め出す。
「!ありがとう、碧」
「……いいえ」
案外、この3人は3人で髪をいじったりするので抵抗がない。お礼を言うアリスに淡々と答える碧。翠は完全に開き直って前を向くアリスの目を覗き込む。アリスが戦争で負った怪我の手当ては本当の所、既に終わっており、今のこの治療は別の怪我の治療である。
「んー…」
「どお…?翠…」
アリスの目を覗き込む翠にアリスの後ろから碧が問う。翠は困惑したように首を傾げながら、言う。アリスは心配そうでハラハラが止まらない。
「んー…碧も見て。俺だけじゃ確信が持てない」
「わ、かった…」
パサリと碧がアリスの髪を離し、前へと回り込み、翠と同じように目を覗き込む。アリスはまたもやハラハラ、ハラハラ。
大丈夫だよな?大丈夫じゃなかったらあたし、兄貴になんて言い訳すれば良いの?
碧はアリスの目から視線を外し、首を傾げる翠にこう自分の考えを告げた。
「………低下、してるのは……間違い無い……」
「やっぱり?原因までは分かる?俺の予想が外れれば良いんだけど…」
やっぱ、低下してるか。アリスの心の中にストンと心配していた事実が落ちて来た。アリスは2人の予想を見透かしたように自傷的に笑って言った。
「2人の予想通りだよ。大将のせい」
悲しい顔。
2人の表情にアリスは後ろ髪を引かれた気がした。自分は唯一の女性。大将の捌け口にされている。そのせいで体はあちこちが悲鳴をあげている。そしてその悲鳴は何故かアリスの瞳に集中した。その結果、視力が大幅に低下したのだ。
碧と翠がそれを知ったのは今日だろう。近頃、変だなーとか目、濁ってるような?と思っていた程度で此処まで重症だとは思わない。
アリスは心配そうな顔をする2人に気にするなとの意味合いを込めて頭をポンッと叩く。
「あたしは大丈夫。沙羅の、碧と翠のため、みんなのためなんだ。察してくれ」
「アリス…」
「姐さん…なら」
翠がスゥと顔を上げる。アリスはヤバイと思った。翠がこの表情をする時は決まってアリスの嫌な事に繋がるからだ。
「紅茶飲もっか!」
「……………は?」
予想外すぎてアリスの口から素っ頓狂な声が上がった。そんな事など気にも止めず、碧がいつの間に持っていたのかアリスの兄の紅茶グッズを出し、テキパキと紅茶を淹れ始めた。何がなんだが、アリスには急展開すぎてついて行けない。
「碧、淹れれた?」
「………応。味の…保証は、出来ん」
「ハハッ!」
碧がティーカップに紅茶を淹れ、アリスに差し出す。アリスは戸惑いながらもそれを受け取る。まだ混乱してる。何がなんだが…?
「あ、あのさぁ…」
「「?」」
「いきなりなんで紅茶?紅茶は好きだけどさ…」
戸惑いながらもアリスはティーカップに口を付けて飲む。
あ、美味しい。
口をついで出た言葉は自分でもびっくりするほど穏やかで優しい声だった。
「笑った」
「良かった」
「!!」
にっこりと笑っている2人が滲んで来た視界にうつる。
そうか、貴方達は。
そう思うと我慢していた涙が流れ出して来た。それを2人は何も言わずに枯れるのを待った。
ありがとう、あたしを笑わせてくれて。
アリスは心から2人にそう感謝した。
しかし、その時の紅茶は既に零れてしまっていたのを彼女は知らなかった。
そしてーーーーーー
ひゃ、100部行ってしもた…
過去編はまだ続きます。本編もまだ続きます。読んでくれる方全員に感謝でいっぱいです!もうしばらくお付き合いくださいませ!




