米軍空母へ着艦した日本兵
出撃した特攻兵生き延びるとしたら、それはエンジンなどの不具合で基地へ帰還するか、どこかの島に不時着するかくらいしか考えられないと思います。本作では、米軍空母へ着艦して生き延びたという奇跡の特攻兵をえがきました。どうぞお読みください。
これは、とある特攻兵の物語である。
1943年、とある神風特攻隊の基地にはたくさんの学生たちが訓練を受けていた。彼らは皆、「学徒出陣」で駆り出された若者である。5か月後には特攻に飛び立つ予定となっていた。体力もあり、また理解能力も高い彼らは短期間で育成するのにはもってこいだ。短期間での訓練となるため、それはかなり過酷なものだった。
瓦田 健三という青年も、学徒出陣で駆り出された特攻兵だ。彼は、大学では剣道を学んでおり、超人的な肉体を誇っている。瓦田には日課があった。毎日訓練の後、基地の滑走路に訪れる。そして、決まってこう歌う。
「♪撃滅せよの命受けし 神風特別攻撃隊」
その歌声は、基地では大評判だった。どこか切なく、どこか勇気づけられる不思議な歌声は、全ての特攻兵の希望だった。
瓦田は思う。自分が特攻に行ったところで、戦況は変わるのだろうか。こんな過酷な訓練をやる意味なんてどこにも見当たらない。もう逃げてしまおうか。夜逃げならおそらく容易にできるだろう。
しかし、瓦田は決してそれを行動に移すことはなかった。卑怯者になるのはいやだ、瓦田の頭の中にはそんなことしかなかった。
光陰矢の如しというように、5か月はあっという間に過ぎ去っていった。そして、ついに瓦田が出撃する日がやってきた。出撃の日の朝、瓦田は親に手紙を書いた。
「私は特攻に行って参ります。もう、生きて会うことはないでしょう。ただ、一つだけお約束します。私は、絶対に体当たりを成功させ、敵艦を沈めます。そして、あの世に行ってもお母さまを見守り続けます。」
滑走路に出ると、そこにはすでに沢山の見送り人たちが軍歌を歌っていた。滑走路には20
機ほどのゼロ戦が用意されていた。瓦田は整備兵に挨拶し、52型に乗り込んだ。そして、
飛び立った。
敵の艦隊はすぐに見つかった。瓦田は、基地に最後の通信を入れた。
「体当たりを実行します。」
敵の迎撃ミサイルが飛んでくる中、ただ空母だけを見つめた。
その時だった。
「全機、着艦せよ!」
外国人が喋ったような少しなまった日本語で通信が入った。
その通信が入ってからは敵の迎撃ミサイルは途絶えた。また、空母の甲板ではたくさんの米
軍兵がこちらに手を振っている。瓦田は訳も分からずに米軍の空母に着艦した。恐らく捕虜
にされるのだろう、そう思った。
着艦し、恐る恐るゼロ戦から降りると、すぐ近くに米軍兵がいた。米軍兵はこちらに近づいてきた。瓦田は両手を挙げた
「手は上げなくていいですよ、怪我はありませんか?」
米軍兵は日本語で話しかけてきた。瓦田は答えた。
「いいえ、それよりなぜ私たちに着艦命令を?」
米軍兵は答えた。
「私たち米軍もあなたたち日本軍兵も同じ戦争の被害者です。私たちの隊は戦争に反対しているのです。」
瓦田はさらに訊ねた。
「私たちはこれからどうなるのですか?捕虜になるのですか?」
今度は別の米軍兵が答えた。
「その心配はいりません。あなたたちには今から上げる2つの選択肢から1つ選んでもらいます。その1、このまま死ぬ。その2、私たちとともに戦う。」
瓦田は答えることができなかった。考えているうちに、日本側の次の特攻隊がやってきた。
米軍艦隊は必死に撃ち落とそうとしたが、全てを撃墜することはできなかった。瓦田のいる空母にも特攻機が直撃し、沈没した。
瓦田も、そのほかの日本軍も、米軍も、その後基地に戻ることはなかった。




