監獄の町(前編)
一体、何十年経ったのだろうか
いや、見えている場所が見覚えの無いだけで
実は数分と経っていないのでは無いのか
私はまだあの場所にいて
夢でも見ているのか
夢・・・
と言うのが
一番確立が高い気がする
まるで
この体が
自分の物で無いかのような錯覚
私の魔力はこんなものだったのか
視点の高さはこんなものだったのか
・・・私の名前はこれで良かったのか
うっすらとある記憶が正しいのか
その記憶も夢の一部でしかないのか
・・・私は一体何者なのか
-◇-
「グロウ、大丈夫?」
ハッと我に返った、目の前にはティセが立っている。
「ん?何?」
また、少し記憶が飛んだのかな、状況が掴めない。
「何?って、また、ボーっとしてたでしょ、サラ姉さんの言っていた事、聞いてた?」
ティセはむすっとしている。
「御免、聞いてなかった。」
スパーン
大きい音と共に走る頭への衝撃。
「サラ姉、何すんだよ。」
頭を抑え涙目になりながら、ハリセンが飛んできた方向を向く。
そこには、右手にハリセンを持ったサラ姉が仁王立ちで立っていた。
「話を聞いていなかったからよ
いい?今日も城の兵達に盗みを働きに行くけど
一歩間違えて捕まれば、問答無用で切り殺されるのよ
確りと今日の作戦を聞いておきなさい。」
サラ姉はそう言うと、作戦を説明し始めた。
-◇-
一目で解る異様な光景、森の木々よりはるかに高く、森の広さよりはるかに広く。
目の前には巨大な壁が聳え立っていた。
「なんだこれは?地図にも載っていないが。」
ウィルが地図を広げて地図の現在地と目の前の壁を見比べていた。
「大きい建物ですね、私の村にはこんなに大きな建物無かったですよ。」
レイは少し楽しそうに壁を見上げている。
「ディノスは知ってるか?」
ウィルが地図をたたみながら、ディノスに聞いた。
「僕もちょっと解らないね、迂回していくしかないのかな
壁が何処まで続いているのか解らないから、此処の中を通って行きたいけど。」
ディノスはうーんと唸っている。
「ん、あそこで行商人っぽい人が壁の中に入っていったな
もしかして、あそこが入り口なのか?」
数十メートル先で、荷物をたくさん担いだ人が壁の方へと消えていったのが見えた。
「じゃあ、其処に行って見て、通り抜けられる様だったら通り抜けて行こうか。」
行商人らしき人が入って行った場所、其処には大きな扉が一つあるだけで
特に通行人を監視する人はいない、扉を押すと簡単に奥に開いていった。
扉の奥には、家や店が広がっている、向こうの方にはでかい城も見える。
「城があるってことは、どうやら、此処がエデュミニオンらしいな
地図を見た限りだとまだ北だと思ったが。」
一度たたんだ地図を再び開いて現在地を確認する。
「なんか、殺伐としていますね、外の町って何処もこんな感じなの?」
レイは期待が外れたのか残念そうに肩を落とした。
レイの言うとおり、この町は殺伐としていた、この位置から一目見ただけでもそうと解る。
町にはまるで活気と言うものがまるで無く、道行く人もまばらだった。
その町の人々が可哀想な人を見るような目でこっちを見てくる事は気になった。
「いや、此処まで活気がない町は滅多に無いな、何かあったのかな。」
活気が無い町では余りいい思い出がない、少し警戒した方が良いかもしれない。
「ディノス?」
ディノスは考え込んでいる様子で、視点を深く落とし少しも動かない。
「はっはっはっは、また新しいカモが来たのか」
甲冑を着た大男が近寄ってくる。
・・・カモ?
「ようこそ、エデュミニオンへ、無事にこの町から出られるといいな。」
大男がガハハと笑った。
「どういうことだ。」
「坊主、口の聞き方に気をつけたほうがいいぞ。」
コンコンっと大男が剣の鞘で頭を小突きながら笑っている。
「坊主だと。」
一々癪に障る男だ、ジィッと目の前の大男を睨み付ける。
大男もジィッとウィルを睨み返す、大男は腰に携えている長剣に手を掛け何時でも抜けるようにしている。
ピリピリとした空気が辺りを漂っている。
ドンッ
「っ?」
不意を突かれたので後ろに仰け反った。
何かがぶつかってきたと思うが
一瞬の事で何が起きたのか解らなかった。
「ちっ、奴らか!!貴様運が良かったな。」
大男が急に路地に向って走っていった。
「ウィル大丈夫ですか?」
「ああ、なんだったんだ?」
ズボンのポケットの辺りに、少し違和感を覚える。
何か少し軽くなったような、在るべき物が無いような。
「しまった!財布をすられた」
ポケットに入れていた財布が無くなっていた。
「えぇっ」
まさか、さっきぶつかった時に?
大男もすられたのか、だから急に路地に向かって。
急いで広場を見渡すが、時既におそし。
もう、ぶつかって来た奴が見えない。
そもそも、ぶつかってきた奴の姿さへ見ていないのだが。
「恐らく、さっきぶつかった時だ。」
いくら大男に注目が行っていたとはいえ、気付かなかったとは・・・不覚。
「しかし、あんた等運が良かったな
あんな命知らずな事をして殺されても文句を言えないぞ。」
声がした方を振り返る、細身の青年がそこに立っていた。
おそらく様子を静観していたのだろう。
「命知らずのことって、単に睨みつけただけなのだが。」
それくらいで殺されてはたまらない。
まぁ、ぱっと見た感じで、あの大男程度なら軽くあしらえていただろうが。
「この町では、それだけで十分危険だよ
この町ではさっきの様な兵達が力を利かせていてね、殺されても罪には問えないし
こちらが手をだそうものなら、捕まって処刑される、そんな町だよ。」
青年はさらっと恐ろしいことを言った。
「凄く物騒な町に入ってきちゃいましたね。」
レイが不安そうにそういった
ギュッと掴んできた手は少し震えている。
「そうだね、早く出たほうが良さそうだ。」
早く反対側まで進んで、町の外まで出たほうがいい。
「それが賢明だが、この町を出る時には金を払わないといけないぞ。」
「金を何故?」
金を払わないと出ることのできない町なんて、今まで旅をしてきて一度もなかったし
そんな町があることを初めて知った
「わからないよ、国王がかってに決めた事だから、
この国から出ようとするならば滞在税を払えってね。」
青年から聞いた金額は、少しありえないと思える金額だった、財布を落としたのは痛すぎる、落としていなくても、この町から出ることの出来る可能性は限りなく低かったが。
この町に入ったときの町の住人の哀れみに満ちた目の理由が解った気がした。
「・・・あれディノスは?」
レイが首をかしげている。
辺りを見渡して、ディノスを探す、確かに、ディノスが見当たらない。
-◇-
罪悪感といったものは特に無い
町の皆から奪い取った金だから
兵から盗んだ金を町の人たちに配っているけれど
別に義賊だと言うつもりは無い
元々あったものをあった場所に返しているだけだ
それでも、まだ町のみんなの生活は楽にならない
一つだけ思う事があるけど
それを実行するには
まだ色々と足りない
-◇-
今回は珍しく楽だったと思う
ターゲットにした兵士は見たことの無い金色の髪をした男と言い争っていて隙だらけだった。
つい、金髪の男の財布もすってしまったのはミスだが
しかたない、次に見かけたらポケットに投げ込んでおこう。
「誰?」
気配がした、兵はまいた筈だし、金髪の男は追ってくる気配すらなかった筈だけど。
「さっき、君が盗って行った物を返してもらえないか?」
黒髪の男が肩で息をしながらそう言った、右手には黒い槍を携えていた。
「あぁ、さっきの金髪の男とちっちゃい女の子の後ろにいた。」
まさか、ボーっとしていた男の方が追いついてくるとは思いもしなかった。
それよりも見えていた事に驚くべきか、人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
「こっちは返すわよ、この町に来た人から盗る気は無いから。」
金髪の男の財布を投げて返す、黒髪の男は顔を上げてそれを受け取った。
顔を上げた一瞬、あたしの顔を見て驚いたように見えた。
-◇-
見えたのは、ウィルの財布がすられた所のみ。
圧倒的に速かったので、持ち主の体を羽のように軽くする付加属性を持つ黒槍を持ってしても完全に姿を捉えて、追いつくことは出来なかった。
それでも、何とか見失わずに裏路地まで追い駆けてウィルの財布を返してもらったが
盗人の顔を見て驚いた、財布を盗って行ったのが
まだ、十六〜十八歳に見える女の子だったとは。
こんな子が窃盗をする事いい。
殺伐としたこの町の雰囲気といい。
此処は本当に、コルト・エデュミナスが治世するエデュミニオンなのか・・・
-◇-
「昔はこの町も普通に栄えていたのだけれどね
王様が2〜3年前くらいから急に増税をしだしてね
町から出る人に税を掛け出したのもその時だよ。」
話しかけてきた青年からこの町の事情を聞く
ディノスはほっといても帰ってくるだろう。
「なんで、急に増税をしたの?」
レイは首をかしげている。
「それが、全く解らないんだよ、お触れが出て、即増税。」
青年がお手上げだよって言った。
「町の人たちは反対しなかったのか?」
理由も無く急な増税をされたら、大きな反対運動ぐらい起きそうだが。
「大きい反対運動はあったよ、ただ、反対した町の人は尽く殺されたけどね。」
青年は重い口調でそう言った。
刹那な時間、空気が凍りつく。
「そんな・・・」
レイも驚きを隠せていない様子だ
掴んできた手がより力強く握られて腕が少し痛い。
「その騒動で、親を失った子供も多くてね
孤児だけで徒党を組んで盗みとかをする事も多いんだ。」
「と言うことは、俺の財布はその徒党の一派に盗まれたって事か。」
子供にすられていたとは、ショックだ。
「そうだね、姿を見られないほどの手際からしてサラを筆頭とした兵士からしか窃盗をしない徒党だね、彼女達の場合は心配しなくても暫くしたら財布がひょっこりとポケットに帰ってきているよ。」
盗まれた財布が帰ってくる?
何故?
-◇-
「でも、よく追いついて来れたわね。」
青い髪の少女は感心している。
「まぁね、君はありえない位速かったけど」
本当にありえない、黒槍を使ったのに追いかけるのがやっと
人の速さをと言う物を完全に超越していた。
「こっちも色々とやってるからね」
少女は口に手をあて、クスクスっと笑った。
「しかし、何故こんな事を?」
「そんなの見ず知らずの人に教えるわけ無いでしょ。」
ムッとした少女が、少し強い口調で言った。
「大変だ!!ティセが捕まった!!!」
急な大声にビクッとした、後ろを振り返ると其処には息を切らした少年が立っていた。
-◇-
「グロウ、詳しく教えて」
まさか、ティセが捕まった、あの子がミスをするなんて。
「兵士から盗もうとして、それで、失敗して・・・」
グロウは少し錯乱している。
「捕まったって言ってたよね、すぐ救出にいくわよ、グロウ場所に案内して。」
捕まっているだけならば、一気にティセを救出して逃げればいい。
あたしにはそれが出来る。
「う・・・うん、でも多分あいつらはサラ姉ちゃんを捕まえる為にティセを殺さないで人質として使っていると思う、行ったら危ないよ。」
グロウは泣いている。
「大丈夫私は捕まらないから案内して。」
サラはニッコリとして、ポンと優しくグロウの肩を叩いた。
-◇-
「何だ?」
周りがざわざわと騒ぎ出した、見渡してみると人溜まりが出来ている。
「あれは、誰か兵士に捕まったのか。」
青年が一気に真剣な顔になり、人ごみの方を向いた。
「どう言う事?」
レイは余り状況がつかめていない様子だ。
「時折、兵を集中して狙っているグループの一人が捕まってね
他のグループへの見せしめに中央広場で公開処刑をする事があるんだ。」
青年はグッと唇を噛締めている。
「公開処刑、外の世界だとそんな酷い事が平然と行われているの。」
レイは青ざめて今にも泣きそうになっている。
「いや、俺も長いこと旅をしているけど
ここまで治安が酷くて荒れているところは初めてだよ。」
気にするなと、レイの頭を優しく撫でる。
しかし、この町は一体どうなっているんだ、公開処刑なんて二昔以上前の時代の産物だぞ。
そもそも、窃盗だと長くて精々四、五年の牢獄生活が妥当な刑罰だ。
ただ、これほどの町だと奴が来る可能性が高い。
-◇-
「これは完全に罠だぞ、救出に行くにしても、焦っていては相手の思う壺だ。」
裏路地から表通りに行く道をふさぐ様に立ちふさがろうとした。
「それくらい解っているわよ、部外者は口を出さないで!!」
サラがナイフを投げる、ナイフは頬をかすめ後ろの壁に刺さった。
「っつ?これは・・・動けない??」
影縫いか、魔力を込めた物質を影に当てる事で本体にも影響を与えるという。
ただ、この感覚は魔力と少し違う気が。
「暫くそこで静かにしてて、グロウ急ごう。」
サラとグロウは走って裏路地を抜けて行った。
-◇-
「レイ、とりあえずここから離れようか。」
こういったのは気分が悪くなる。
「うん、そうだね、でも、どうにかならないのかな?
チラッと見えたけど、捕まってる人まだ子供だったよ。」
レイは悲しそうな顔をしている、確かにまだ年端も行かない少女が捕まっている。
「難しいだろうね、あれだけ厳重に囲まれてると。」
屈強な兵士が7〜8人、辺りを警戒している、ただ、少しだけ通り道を空けているかのように見える、まるで何かを誘っているかのように。
「兄さんはどうする?」
ジッと捕まっている人を見ている青年に話しかける。
「私は見て行きますよ、あの子はサラ達のグループの子だから
サラ本人が助けに来るでしょうし。」
青年は平然と答えた、サラって言う人のグループと解ったとたん安心しているように見えた。
「と言うことは、アレはそのサラって奴を誘い出す罠か。」
たった一人を捕まえるために、兵士が7〜8人必要なのか、いったいどんな人物なんだ。
「でしょうね、ただ、あの人数程度だと無意味でしょうが。」
青年はニヤリと笑っている。
あの人数でさえ無意味、恐ろしく屈強な人物像が目の前に浮かんで来た。
-◇-
「あそこね」
ティセが捕まっている所には兵士が7〜8人いるのに
ようこそと言わんばかりにティセまでの道が開いている。
「いかにも、罠って感じがするわね
まぁ、あたしには何人いようが関係無いけれど」
脚を一時的に速くする為の軟膏を塗る、余り使いすぎると足にかかる負担は大きいけど、
その効果は凄い、並の人では目で捕えることさえ難しい。
「グロウは一応ここにいてね。」
グロウに手を振る、グロウはまた考え事をしているのか、無反応だった。
距離にして四百mくらい、一気に救出をしないと。
ティセのいる方向に向って走る。
ヒュッっと風を切る音。
一瞬で最高速まで達する。
ティセのいる位置まで
百m
五十m
二十m
バチッ
静電気が弾けた時の様な音がし、一瞬目の前が真っ白になる。
「眩しっ、目眩ましの一種?でもそれくらいなら」
ティセが捕まっている場所は解っている
それにこの町はあたしの庭のような物だから
少しの間目が見えなくても逃げ切れる自信はあった。
ティセの場所まであと数歩って所で足が止まる。
「何?体が動かない」
あと少しの所で・・・
なんで、体が痺れて、力が入らない。
目眩ましってわけじゃ無かったの。
-◇-
「そうだ、アレは痺方陣に必要な道具だ
どこかで見たことがあったと思ったのですが、気付くのが遅すぎました。」
グロウは壁を思いっきり叩いた、拳から血が滲んできた。
-◇-
「な・・・こうなったら。」
青い髪の少女も捕まったように見えた直後、青年が兵士達の方に走って行こうとした。
「危険だぞ、死ににいくようなものだぞ。」
服を掴んで止めようとするが、直に振りほどかれてしまった。
「私だけではなく、町の他の人たちも同じ気持ちですよ。」
周りを見ると次々と町の人たちが兵士達の走っていっている
どう考えても無理だ、いくら人数で勝っていようと力量が違いすぎる
厄介なことに人数が多すぎるから全員を止めるのも不可能
このままだと大量の死人が出るぞ!!!
ボン
鈍い爆発音。
兵士達のいる場所にある変な機械に、凄く見覚えのある槍が刺さっている。
その槍の持ち主は、サッと槍を回収すると青い髪の少女の所に行った。
「誰だ!!貴様何をしたのか解っているのか。」
兵士達が持っている剣を槍の持ち主に向ける、向けられた本人は意に介していないようだ。
「えっ、あんたは確か。」
青い髪の少女が槍の持ち主の顔を見て驚いている。
あの二人に面識があったことに驚いた。
「痺方陣に必要な道具は破壊した、速くあの子を助けてここから離れよう。」
青い髪の少女は頷いた、と同時に捕まっていた少女と共に消えてしまった
気がついたら槍の持ち主もいない。
一瞬の出来事に町の人達は少し戸惑っていたが
少女達が助かったのに気がつくと歓声を上げて喜んでいた。
ディノス・・・何やってんだ。
-◇-
兵士達を振り切り、再び裏路地へ行く。
路地裏に着くなりサラは木のコンテナの上に座った。
各々も椅子になりそうな所に腰を下ろした。
「とりあえず、お礼は言っておくわ、ありがとう。」
サラが溜息交じりでお礼を言う。
「でも、なんで見ず知らずの私達を助けてくれたのですか?」
さっき助けた小さい女の子が不思議そうにこっちを見ている。
「う〜ん、少し理不尽な気がしたのと村の人達まで殺されてしまいそうだったからね
大惨事を見るのは嫌いだから。」
圧倒的なまでの違和感
盗みの罪は恐らく罰せられるべきだと思うが公開処刑はありえない。
「この町を治めているのは、まだコルト・エデュミナスなのか?」
コルトはもう年だ、引退していて、新たに統治者になった者が暴君なのかも知れない。
「そう、コルト・エデュミナスよ
その名前が出るって事は、あなた、この町の事を知っているの?」
頭を抱えていた、信じたくは無いがこの町に住む住人が言っているから真実なのだろう。
「昔、来た事があってね、その時は普通の町だった
コルトはどちらかと言うと有識な統治者だったと記憶しているから
その彼がこんな事をするとは思えないけれど。」
「そうね、確かに数年前まではそうだったわ
ただ、2〜3年前に急に人が変わったわ、まるで何かに取り付かれたようにね。」
「2〜3年前か、何かコルトに大きな事件でもあった?」
「いや、特に無かったと思う、いきなり、増税して、軍備を増強してだったからね」
サラは、はぁとため息をつく。
「そうか」
理解ができない、最後に会ったのは数十年前になるが、町の人たちを大事に思っていた人だ。
こんな人道的にありえない政策をとるなんて、本人に会いにいくしかないか。
「まさか、城に乗り込んで本人に直接聞こうかとか思ってる?」
サラがこっちをジーッと見ている。
「ははは・・・流石にそんな事ないよ。」
否定してみるものの、サラからの疑いは晴れた気がしない。
「それに、仮にあなたがコルトと親しくても説得するのは不可能よ、
既に数人そのような事で側近の人が殺されているみたいだから
あなたも殺されるのがおちよ」
「う〜ん、それでも気になるから会いに行くよ、死なない程度には気をつけるよ。」
ドンッ
服の襟をつかまれて壁に押し付けられる。
「死なない程度にはって、あなたどれだけ危険かが解ってるの!!」
サラの言い方が荒々しくなった
その目には怒り以外の他の感情も混ざっているように見えた。
「いたた・・・危険なのは覚悟しているよ」
異常なのは街の雰囲気で解る、過去に回った町でもこういった雰囲気の町はあった
だから、覚悟しないといけない。
サラと睨み合う。
「覚悟・・・ね。」
サラが『あたしにもそれくらいの覚悟があったらな』と呟いて手を離す。
「よしっ、決めた、たしもコルトに会いに行く。」
サラが何を思ってか急にそんな事を言い出した。
「え・・・?」
呆気にとられてしまった。
「一応はコルトと面識あるのよ」
サラはしれっとそう言った。
「サラ姉ちゃんが王様と知り合いだったとは、以外。」
ティセの言い方は驚いていると言うより、どちらかと言うと呆れている風だった。
「まぁね、あたし程になると世の大統領さえお知り合いなんだから。」
サラはそう言って高笑いをする。
「一気に胡散臭さが増したんだが」
「世の大統領が、ってのは確かに勢いだけで言ったけど
コルトと知り合いって言うのは本当よ。」
サラがクスリと笑う
「正確には両親が側近を勤めていた事があってね、その時に少しお世話になったのよ。」
「そうだったのか・・・まてよ、と言う事は。」
とまで言って、自分の言った失言に口を噤む。
「そう、殺された側近の人って言うのはあたしの両親も含まれてる
優しくて、正義感の強い両親だった
捨て子だったあたしを拾って育ててくれた位だしね
コルトの性格が急変して
大幅な増税と軍備増強をやり始めたと時に直に反対しに行ってね
多分一番初めの犠牲者だったんだと思う」
サラは目を伏せて、声のトーンも少し下がってしまった。
人の辛い思い出を思い出させてしまう事に、罪悪感を覚えた。
「はじめて、サラ姉ちゃんの過去の話を聞いたよ、
色々大変だったと思うけど、そんなの気付かせずに、いつも頑張ってて凄いよ。」
ティセはサラを下から覗き込んで、必死に背伸びをしながらサラの頭を撫でている。
この子なりにサラの事を案じて、元気づけてあげようと思っているのだろう。
「そっか、昔の事を話のは初めてだったかな。」
サラはそう言って空を仰いだ。
背の高い家に囲まれ、の見える範囲はほんの少しない空を。
-◇-
ティセに言われて気がついたけど、両親の事を思い出すのも久しぶりだな。
「・・・だ・・・・・」
瞬きをする瞬間程の少しの間目の前にノイズが走り。
聴こえてきた声はフィルタがかかっているかのように微かにしか聴こえない。
「さ・・わ・・・も・・・だ」
次のノイズは一層強くなり。
視界は青と赤と茶色が混ざりひび割れている。
なんとも気味が悪い、フィルタ越しの声も少し聞きやすくなった。
この声、聞き覚えがある、知っている?
「サラ、私達はもうダメだ・・・」
ノイズは一瞬にして風景に変わる。
その風景にさっきまで見た青空は無い。
変わりに紅い広間が広がっていて
血塗れの男女が倒れていたその傍らには泣きじゃくっている青い髪の子供
あたしはその子供の後ろに立っているカタチでソノ場所にいる。
あぁ・・・泣いてるこいつはあたしだ。
そうか、此処は両親の最後を見取った場所。
そして、両親の最後の言葉を聞いた場所。
「コルトを怨まないで欲しい、あれはコルトの意思ではない
首筋に禍々しい痣があった、あれは人為的な物、そうあれは・・・」
父はゴホッと大きく咳き込む、口から大量の血液を吐き出しながら。
もう、それから二度と動く事は無い事をあたしは知っていた。
それを知らない小さな私はずっと
『おきてよぉ』
と泣きながら両親の亡骸を揺すっていた。
再び激しいノイズ
次の瞬間にはあたしは裏路地のさっきいた場所に戻っていた。
さっきまでの映像は何を伝えたかったのか
嫌なものを見た事で少しの喪失感があたしを襲う。
「首に禍々しい痣・・・人為的な?」
最後に父のいった言葉をぽつりと呟いた。
それを聞いて目の前に立っている青年の表情が一瞬で変わった。
唇に手を当てている目線は一点を見て動かない
恐らく、その一点すら見えていない。
青年の記憶とポツリと語ったあたしの発言
それらの照合に全神経を集中させているのであろう。
「まさか・・・あの魔法を使われているのかでも、コルトは確か。」
青年はそう言って、ありえないと言った言葉を繰り返している
ただ、そうとしか考えられないとも。
「魔力を排斥する目を持っているから
魔法にかかるはずがないと言う事ですか?」
今までずっと黙っていたグロウが謎めいた単語を言う。
魔力を排斥する目って何?
青年は何故解ったんだと驚き、目をまるくしてグロウの方を見ている。
-◇-
「魔力を排斥する目は直視した空間の魔力の流れを崩すものであって
魔法が効かなくなるって代物ではないですよ、昔の文献にもありますが・・・」
グロウは昔の例を挙げつつ、淡々と説明を続ける。
「そうだったのか。」
いくつか文献を読んだり、実際にその目を持った人と会って来たが
ここまで詳しい人間に会ったのは初めてで、あいた口が塞がらなかった。
その目を持った人物より詳しいって、この子供はどれだけの知識が豊富なんだろう。
膨大な知識量とそれらを引出してくる速さ、それは優秀な検索機能を持ったデータベース。
初対面である筈ながら、この少年にどこか懐かしいものを感じていた。
-◇-
「結論として、コルトは操られているって事?」
サラが普段は見せないような深刻な顔つきでその言葉を言った。
「実際に痣を見ていないから、多分そうだとは言えませんけどね。」
実際に実物を見ないと結論は出せない
首に出来た痣と状況証拠だけでは情報が足り無すぎる。
「でも、グロウがどうしてそんな事を知っているの?」
ティセが少し驚きながら、尊敬の眼差しでグロウを見ている。
「何故って・・・あれ?何を?」
状況が全く理解できない、僕が何を知っていたんだ?
-◇-
「グロウまた記憶が飛んだの?」
ティセが心配そうにグロウの方へ駆け寄っていく
「そうみたい、やっぱり思い出せないや。」
グロウがうーん、と少し唸ってから、軽く首を振った。
「記憶が飛ぶ?」
少し気にはなるけれど、本人や周りは余り気にしてなさそうに見えた。
「少し前ぐらいからね、気がついたら暫くの記憶が無かったりするんだ
で・・・此方のお兄さんは誰?」
グロウがこちらを指差し、首をかしげている
「この人はあたしとティセを助けてくれた・・・ってまだ名前を聞いてなかったね。」
サラは可笑しかったのか、はははって軽く笑った。
「僕の名前?そういえば言ってなかったね、僕の名前はディノス・ヴェルンだよ。」
「そしてこのディノス
今からコルトの居るエデュミニオンの城に殴り込みをかけに行くそうです。」
サラはグッと拳を握ってそう言った。
「いや、流石に今からは行かないよ。」
肩を落として、溜息をついた。
「なら、何時行くの?」
「行くとしたら夜だね。」
「夜・・・夜襲を仕掛ける気?なんと大胆な計画を」
サラが少しあとずさって驚いている。
「別に夜襲を仕掛けるわけではないよ
今行ったら兵士に囲まれて捕まるのがおちだろうからね。」
それに、今の姿じゃなくて、魔王の姿で行かないと意味が無い。
「言われてみればそうだよね、ディノスも完全にやつらに顔をさらしてしまってたし。」
サラは腕を組んで、むぅっと唸った。
「じゃあ、日が沈んでから、この場所に集合と言う事でいい?
ディノスはそろそろ一緒に来ていた人たちと合流しないと
心配して探し回ってるんじゃない?」
サラが心配そうにそう言った。
「そうだね、しかも財布は僕が持っているし。」
ウィル達に何も言わずに追いかけてきたわけだし、多分苛ついてるだろうな。
「それに、やっぱり来るんだね。」
できれば来てほしくは無いけれど。
「うん、あたしもコルトに会わなきゃいけないから」
サラの目は一点の曇りもない決意に溢れていた。
その目を見たら来るなとは言えない。
「では、また後で」
サラ達と別れて路地裏を後にした。
ウィル達は町の入り口の辺りで見知らぬ青年と雑談をしていて
その雑談に参加する形で合流した
合流してからの雑談の内容は自然とサラ達の話になった
雑談中にふと青年の気配が全く無い事に少し違和感を覚えたが気のせい程度に留めていた。