プロローグ
大きな鐘の音で目が覚める
魔族が夜襲をかけてきたらしい
急ぎ装備を整え外に出る
既に外にはリファレウス第3小隊の面子が揃っていた
私は伝令兵のシグに現在の状態を聞き耳を疑った
既に第1小隊と第4小隊は壊滅
リファレウス随一の剣豪『ルード・リファレウス』の戦死
敵襲を報せる鐘が鳴ってから
まだ数分とたっていない・・・
気がおかしくなりそうだった
幾度も攻めて来た魔族の軍勢を返り討ちにし
難攻不落と謳われていた
軍隊の4分の1と
剣聖とまで言われた人物を数分で失ったのだから
さらにシグは続けた
「魔族側の軍勢は1・・・」
と言って、少し言葉がつまりった
表情に生気が感じられない
少し間をおいて、シグはかれた声で続けた
「攻めてきたのは『魔王 ディノ・ヴェルン』です」
小隊がしんと静まり返った
おかげで、城の方の悲鳴・断末魔が良く聞こえる
最悪だ・・・
魔王に攻められて
堕ちなかった場所は無いと聞いている
そして
常に一人で攻めてくると
冗談だと思っていた
真っ当に考えるならば
ありえる筈が無いと
チームワークの取れた複数人が相手ならば
一人側がなす術なんて何も無い
一方的な暴力になるだけだ
ましてや
一人対数十人ならば尚更だ
しかし
数分で第1小隊・第4小隊が壊滅している
真実と捉えるしかない
魔王と戦えば
私の小隊も恐らく・・・
私は目を閉じ、一息ついてから
絶望の表情に打ちひしがれた
小隊の面々に向って話した
「恐らく、我々の隊は魔王との交戦で全滅するであろう
逃げたい者は逃げていい、ただ城下町の町民の避難の手助けをしてくれ」
私はここで一度、言葉を句切り
声を荒げ、叫ぶように続けた
「我々は今から魔王と交戦し時間を稼ぐ
稼げる時間は僅かであろう
しかし!!僅かな時間であろうと
町民を避難させるには十分な時間は確保する!!
いいかこれは絶対だ!!!!!
私と共に行く命知らずはついて来い!!!!!!!」
第3小隊は魔王がいる城門に向って突撃した
城下町に下りる者は一人もいなかった・・・
城門までたどり着くと
第3小隊を除く小隊が全滅していた
辺りは赤黒い水溜りができていて
その中には、まるで鋭利な刃物でチーズを切ったみたいに
綺麗に真っ二つに切れている人・人・人
彼らと酒を飲み交わす事も、もうできない
これが単なる悪夢であるならば早く覚めてほしい
赤黒い水溜りの上に
銀色の髪をした10歳ぐらい子供が立って泣いていた・・・
その子供の服はまるで返り血を浴びたかのように
赤黒く染っていた
我々は直感で気がついた
そして愕然とした
魔王が人の子供のような容姿であり
泣いていたから
「隊長?」
隊員のミルザに声をかけられ
はっと我に変える
隊員は既に魔王の周りに陣形をとっている
子供に見えていても
目の前に立って居るのは魔王だ
数十分で全小隊を殲滅できるほどの強さをもった・・・
油断していたら殺される
私は剣を構え臨戦態勢をとった
「我々の目的を忘れるな、冷静に動け」
「こんな状況で冷静になれって、無理を言うな!!」
私の後方でキーウィが捩弓を構えている
表情では怒りしか読み取れない
−◇−
捩弓とは弦が通常の弓より長い変わった弓だ
弦を捩り弾くことにより
矢に鋭い回転が加わり
岩をも貫く威力になる
ただ、真直ぐ射るには鍛練が必要だが
−◇−
その表情の反面
行動は落ち着いていた
声は隊長にだけ聴こえるように最小限に落としており
完全に魔王の死角であろうポジション
矢の先端は真直ぐ魔王の頭を捕え
引かれた弦はキリキリと音を立てていた
飛び道具を使用する場合
狙うのは主に心臓
それは
仮に心臓から外れても
体の何所かに当り
相手の動きを少しでも封じるため
しかし
キーウィにそれは無い
常に狙いは頭
『死ぬならば
せめて苦しむ間もないぐらい
一撃で確実にしとめる
それが
死に逝く者への数少ない思いやりだろう』
彼の口癖だった
幾千・幾万と日々繰り返した鍛練は
彼にミリ単位の誤差さえ許さないほどに
体に染み付いている
故に一撃必殺
彼は弓と自身とを一体化させ
右手の指の力を緩めた
−◇−
『ぴちゃん』
赤黒い水溜りで音がした
水溜りに魔王がいない
只波紋が広がっているだけだった
私がそれを意識したと同時に
首や背中に生暖かい液体がかかった
この感触は血だ
驚き振り向くとキーウィが絶命していた
矢は無人の空へ向って飛んでいった
一瞬だった・・・
キーウィの立っていた位置から
魔王が立っていた位置まで50メートルはあったはずだ
その距離を一瞬で縮め一閃
格が違いすぎる
目の前の景色が歪む歪む
時間を稼ぐことさえも無理に思える
絶望したらダメだ・・・考えろ
次の瞬間
魔王の背面からミルザが
側面からグルガが斬りかかっていた
ただ、斬りかかった刃が魔王に届くことは無く
2人とも力なく地に崩れ落ちた
魔王と対峙してから
まだ2分とたっていないであろう
我が第3小隊もほぼ壊滅していた
私は叫んだ
「シグっお前は城下町に退却し町民を逃がせ!!
魔王は私が引き止める!!!」
「しかし・・・」
シグが何か言おうとしていたが
私は続けた
「反論は認めん!!
もうリファレウスの騎士団はお前しか残っていないんだ!!
退却しないようならば、私がお前を斬る!!!」
「心配するなお前は殺させない
それに私には秘策がある」
私はシグを心配させまいと
シグのほうを向きそういって精一杯の笑顔を見せた、
恐らくその笑顔は引きつってただろうし、
秘策などなかったのだけれども
シグが城下町の方へ走っていく
絶対にシグを追わせる訳にはいかない
私は魔王の方を注視し、
腰を低く構えた
意外な事に魔王はシグを追いかけなかった・・・
それどころか、まだ泣いている
「なんでみんな死にたがるんだ!!」
「殺しにこなければ・・・死なずにすんだのに」
魔王は泣きながらそう言っていた
この言葉は腑に落ちない、
「攻めてきたのは貴様のはずだ!!!」
私は怒りのまま思った事を口に出していた
「僕は数日後にこの城の騎士団が、
カーバンクルの集落に攻め込むといった情報を聞いて
それを止めてもらうよう説得に来ただけだ・・・
あいつらは好戦的な種族じゃないから、
そっとしておいて欲しかった」
確かに数日後に魔族の集落を攻める作戦が入っていた
そもそも、今は戦争中だ
好戦的でなくても魔族は敵で
滅ぼさないといけない
「3ヶ月前に行った城でもそうだった・・・
ただ、近隣に住む弱い魔族の集落を攻めないでくれと
説得しに行っただけなのに」
驚いた・・・本当に魔族の王なのか?
考え方がまるで子供だ
魔王が直々に、しかも一人で城や街に行く
その理由が、弱い魔族の集落を攻めないでほしいとの説得するため
まさに殺してくださいと城にや街に行っている様な物だ
結果は逆で城や街が壊滅してしまっているのだが
もうシグは城下町に付いた頃だろうか・・・
私は第3部隊隊長として逃げる訳にはいかない
時間は稼げたかわからない
せめて相打ちにはもっていきたい
私は辺りを見回した・・・
今魔王のいる位置の後ろには火薬庫がある
キーウィの打った矢が私の右手に落ちている
矢を火矢にして火薬庫に射ち込む
私にはそれ位しか思いつかなかった
数日後の作戦の為に
大量の火薬が火薬庫には入っている
城門やその周辺が跡形もなく吹き飛ぶほどに
問題は魔王に斬られるより速く射ち込めるか
迷っていてはダメだ・・・やって見るしかない
私は足で矢を救い上げ
軽い程度の魔法なら使えるため
矢の先端に火を放った
火薬庫に向けて矢を射ち込もうとした
魔王がこちらを向いた
ミルザとグルガの亡骸が
魔王と私との直線状にあった
魔王が死体を飛び越す
その飛び越すといった
僅かコンマ数秒の行動が生まれたおかげで
私が火薬庫に向けて矢を射ち込む事が出来た
「ごめんなさい」
魔王の謝罪
今まで色んな人の謝罪を
聞いてきたが
それらのどれよりも
深い気持ちがこもっていた
勢いよく噴出する血
薄れゆく意識
あぁ
この子は多分
純粋な子なんだ
純粋な故残酷
敵と認識をすれば容赦が無い
ただ・・・
「戦争でなければ
私の息子と良い友人になってもらいたかっ・・・」
そういい残した次の瞬間に
私の意識は途切れた・・・
『リファレウス第3小隊 ベルト・オルランド死亡 享年42歳』