公爵令嬢の未来
※「公爵令嬢の未来は一つじゃない!」として連載を作りました。
生まれた時から、私の頭の中にはおかしな文字列がある。
そうと意識していなければ気づきすらしないのに、それを見ようとすると頭の中に突然浮かび上がってくる文字の羅列。
物心ついた時には既に脳裏へと浮かぶものだったので、誰でも同じことが起こっているのだと思っていた。
当時幼かった私は、既に当たり前のことだったので、とりたてて人に話そうとも考えなかったし、伝えるべきだとも思っていなかった。
それらが文字列だと悟ったのは、もう少し遅くて、文字を習い始めた頃だった。五歳の時だったろうか。
不思議だったのは、習い始めた文字とは似ても似つかない物であったにもかかわらず、私はそれらを文字として認識していたことである。更にいうなれば、時が経つと、その不思議な文字を私は寸分違わずに理解できるようになっていたのだ。
その頃には、私にもこの現象がかなり特殊であることをおぼろげに理解し始めていた。
それに、薄々感づいてもいたのだ。その文字列が何を表しているのかを。
幼い頃は女公爵を筆頭に、公爵令嬢、公爵夫人、侯爵夫人、王妃、伯爵夫人、下級魔術師、女官長と文字列が続いていた。その文字列は僅かづつ増えたが減るということはなかった。
しかし、ある日、筆頭になっていた、恐らく生まれた時からあった「女公爵」の文字が表われなくなった。その日は、後に遠い親戚から義理の弟になった少年と出会った日だった。つまり、私の女公爵になる未来が閉ざされた時だったということだ。
それに思い当たると、逆に、文字列が増える時の要因が分かった。
その未来に辿り着くための可能性が開いているということだ。
元来私は非常に怠け者で、何かを継続して行うのが苦手なのだが、この将来の可能性に気づいてから、勉強したり、魔術を伸ばしたり、果ては剣術や体術を学ぶのが楽しくなった。
努力することによって変化する将来が、一番顕著に文字列への変化を促した。なにしろ、私の能力が一定以上になると、この文字列が増えたり減ったりするのだ。時に義弟とのように、人との出会いによって変化することもあるが、それは稀であった。
中でも魔術の練習が、最も能力の伸び代があり、即効性があった。
生まれた頃は「下級魔術師」だったものが気がつけば「中級魔術師」になっていた。その後ろに「魔術師団員」が追加されたのは八歳の時だ。
ゲームのようなそれに、恐らく私は嵌っていたということなのだろう。
恵まれた環境で生まれてきたのが、このゲームにのめり込む私を許していた。
幼い時から一流の家庭教師を複数つけても痛まない財力と、国家の天然記念物レベルの教師を幼い娘に斡旋できてしまう父親の人徳。そして、努力すればするほど、どこまでも伸びていく私の能力。
実力に裏打ちされたものではあったが、この頃の私への評価は可愛げのない高慢な公爵令嬢になり下がっていた。
この状況に変化が起こったのは、後一ケ月で十一歳になるというころだった。
久々に脳裏に浮かんだ文字列に私は固まってしまった。
最近文字列が増えてきて、確認するのが面倒になり始めていた私は、できるだけそれを見ないで済むよう、意識の外へ置くことが多かった。
何度も言うが、本来、私は怠け者なのだ。
なのに、何故この王家主催の野外お茶会という場でそれを意識してしまったかというと、一瞬変な文字が見えたような気がしたからだ。
気になった私は、お隣との会話を中断し、集まった子息令嬢達から離れて、木陰でもう一度意識を向けた。
なんだ?これ
言葉遣いがあれなのは、私の内面なので気にしないでほしい。
周りは義弟を筆頭に男性しかいないものだから、こんなちょっと残念な感じになっている。
私もそれが分かっているので、ボロが出ないように人前では饒舌にならないようにしている。それが、愛想のないという評価に繋がっているのかもしれないが。
今私の脳裏に浮かぶ文字列の筆頭に燦然と輝くのは「悪役令嬢」の文字。
いきなり筆頭に躍り出た未来が「悪役令嬢」なのだ。
本当に、「なんだ?これ?」である。
良く見るとその後ろも変化している。
なんと、「没落公爵令嬢」と続いている。
今までの私の努力を嘲笑うかのような未来である。
って、いうか没落って何? 没落貴族じゃないということは、家族で私だけ没落するってこと?
意味が分からなさすぎる。
私は気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いた。
一番前に来た「悪役令嬢」はまあいいとしよう。その役柄も面白そうだ。しかし、没落はしたくない。
没落が前に来ているということは、この未来に進むと宮廷魔術師や国家上級魔術師の道も閉ざされてしまうということだ。何気に後ろの方に最近追加された女騎士への道も閉ざされるだろう。たぶん。十歳になって体が出来てきて、剣術が面白くなってきた所なのに。
しかしこの未来、今日初めて示唆されたものだ。
私の能力とは関係がないように思われる。
このお茶会が原因か。
そう思って視線を集まりへと向けた。すると、心配そうにこちらを見る義弟と目が合った。おそらく外野にはそう見えているはずだ。
彼の周囲では華やかな令嬢たちが輪を作って、にこやかに微笑んでいる。
義弟は少女と間違われるぐらいに可愛らしい外見をしていて、微笑んだ顔は正に天使だ。その上、昨年養子になった時点で正式に公爵家嫡男として認められた。つまり将来有望な、お買い得商品なのだ。うちの義弟様は。それでいて、凶悪なほどの絶大な魔力の持ち主で、実に腹黒い中身をしている。
心配そうなと言ったが、内心では咎めているのだ。
嫡男としての義務があるから逃げられない奴とは違って、堂々と人付き合いをサボっている私を忌々しく思っているに過ぎない。
因みにこんな言い方をしているが、私と義弟は仲が良い。魔術の訓練でも剣の訓練でも良きライバルだ。
もう一度目を上げると、やっぱり眉を顰めてこちらを見ていた。咎めながらも心配しているのは間違いないのだろうか。確かに、今の私は挙動不審な自覚がある。
とりあえず、精一杯の微笑みを義弟に返してみた。
一瞬驚いたように目を見張って、それから、ふいっと彼は目を逸らした。
その耳が赤くなってるように見えたのは気のせいだったかもしれない。
可愛い義弟はさておき、未だ無くならない「没落」の文字に、私はため息をついてしまう。
きっと、今日誰かと出会ったのだ。そして、この未来が開けてしまった。「悪役令嬢」と「没落」がセットで同時に上書きされたのか、別々なのか分からないが、とりあえずこの二つを消さなければ。
固く決心して輪に戻ろうとした……とりあえず「悪役令嬢」の方を払拭するために愛想笑いを振り撒きに行こうと決めた私の背後で、クスリと笑う声がした。
振り返ると、黒い髪、青い瞳の美少年が佇んでいた。
私よりも更にお茶会とは距離がある。それが、少年と子息令嬢たちの集団との精神的な距離のように感じたのは間違いではないはずだ。彼はあの集まりを好ましいと思っていない。まあ、私も思ってはいないけど。
「邪魔をした」
はにかんだように微笑む表情と、紡ぎ出された声の落ち着きがとても好ましかった。
義弟より綺麗な顔を見たのが初めてだからか、私の心臓がいつもより大きめに鳴っているのが感じられた。
なにより、先程からの百面相を見られていたのかと思うと恥ずかしくて、何も言い出せなかった。
側に来た少年は私より頭半分ほど小さかった。
十歳になっていないのではないだろうか。
主催しているのが十三歳の王子だから、このお茶会に呼ばれている子供達は十歳から十五歳の間である。
輪に入って行かないということは正式に招待されていないのかもしれない。
そう考えていた私の頭の中に、違う考えが入りこんだ。
招待されていない子供がここに入ってくるはずがない。もし招待されていないのに王宮の中庭に足を踏み入れることが出来るのなら、それは王族に決まっている。
とっても嫌な予感しかしない。
ここでは第一王子のお茶会が開かれている。王子は金髪碧眼で、輪の中心で招待客の相手をしている。
現在の国王には二人の王子がおり、昼の王子と夜の王子と揶揄されるぐらい、王家独特の深く艶やかな青い瞳を除いて正反対の兄弟だと言われている。
確か第二王子は現在九歳だ。
同じ色合いなのに、明らかに第一王子とは異なる知的な青い瞳が私を興味深げに見つめてくる。
第二王子は非常に聡明だと、以前父が言っていた。その父の言葉とどことなく怜悧な印象を受ける眼差しがピタリと重なる。
この少年は第二王子だ。
改めてまじまじと凝視してしまった私を少し見上げて、彼は花が綻ぶような綺麗な微笑みを浮かべた。
ドクンと鼓動が大きく鳴った。
今、また未来が変わったような気がする。
ああ、私は今日、ここへ来てはいけなかったのだ。
朝とは完全に変わってしまった脳裏に浮かぶ私の未来の可能性。
「悪役令嬢」「没落公爵令嬢」「没落貴族」「王太子妃」「王妃」「国母」「聖女」
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
どれもヤだよ。
どれも私の能力と関係ないじゃないか。
何故かここにきて後ろの方に出てきた「革命家」でも目指そうかな……。
無限に広がるはずの自分の未来。
そうして公爵令嬢はこの国のあり方を変える革命の先導者になったとかならなかったとか。
でも、まあ、基本怠け者ですから、自分。
脳裏に文字列が浮かぶという設定をふと思いついたので勢いに任せて書いてみた。
設定を活用するために、流行りの乙女ゲー転生悪役令嬢に乗ってみた。
最後は面倒になって失速しました。(基本怠け者ですからーー;)