バレンタイン、私の想いはダイナマイト&エキサイト弾幕シューティング!
……春。
入学直後。隣の席は、青い瞳の男子だった。
一部の女子が行き急いで友人を作ろうとしている以外、ほとんど誰も言葉を発さない。発言を躊躇させるような、ピンと張った空気が教室に充満していた。
私は隣の彼を見た。顔立ちは日本人。名前も日本人。瞳の色以外、特殊な点は特に見当たらない。
ロボットみたいだなーなんて、非現実的なことを想像した。
同時に、ただカラーコンタクトで粋がっている馬鹿なのかな、とも思った。
「おはよう」
と言った。
「おはよう」
と返ってきた。
ああ、生きているんだ。
その日の夕方、変なニュースがテレビで流れた。
何でも自称未来人が現れ、「未来製のロボットがこの時代に逃げ込んだ」と言って捕まったらしい。ロボットは日本にいるって。
じゃあ何でお前はアメリカで捕まってんだって話だよ。
自称未来人には精神鑑定を行い、身元が分かり次第、家に帰すということだった。もし本当にロボットが日本にいたらどうします? と言って、コメンテーターがゲヘヘと笑った。
自称未来人は、身元が判明する前に死んだ。
死因は、現代医学では解明できなかったらしい。
……夏。
何故か、クラスで『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が流行った。
私は既に弾幕シューティングを研究することに青春を捧げる覚悟をしていたので、読書に靡くことはなかった。
教室では読書家気取りが増えた。負けじと音楽通が饒舌になる。気付けばアイドル好きとネット好きが、互いに話を聞かないまま自分の主張を語り出した。読書どこ行った。
私は無所属である。なんだか浮いている。
「電気羊のあれ、貸そうか? 案外面白かったよ?」
見かねたのか、友人が言う。私は丁重に、
「いらん」
と返し、ついでにこの本が流行ったキッカケを聞いてみた。
「は、知らないの? みんなに勧めて回ってたの、アンタの彼氏だよ」
私に彼氏はいない。
「青目くん」
「……だろうね」
同性なら単に仲が良いの一言で済まされるであろう関係も、異性同士であれば勝手に回りが恋人の箱に詰めようとする。単にお互い高校に入って最初に話した者同士で、たまたま共に過ごす時間が長くなっていただけだっつの。
帰宅途中、私は彼に聞いた。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? ……何で私には勧めなかったのよ」
「だってゲーム極めるのに忙しいんだろ?」
「……まあ、うん」
それはそう、なのだが。
「まさか、ヤキモチじゃないよな?」
彼が言った。ちょっとは狼狽えたほうが可愛かったかもしれないが。
「はぁ? あー、ヤキモチねぇ……。まあ、ちょっとはあるかもしれないけど」
実際そうだったし、否定はしなかった。
「もっとツンデレっぽい返しのほうが、喜ばれると思うな」
「うるさい。折角の素直な生き様を否定するな。阿呆」
ところで彼がどうしてそんな小説を読み始めたかというと、ロボットとかアンドロイドとかサイボーグが好きだから、だそうだ。
青いカラコンにもうなずける。
……秋。
未来人、再び。
しかも今度は組織で現れて、現地警察が襲われたそうだ。
ちなみに場所はアメリカ。彼らは「ロボットを破壊する」と言い、その場を去ったらしい。その語、謎の飛行物体が世界各地で目撃される。まるでSFの世界なのだが、日常がそう簡単に揺らぐことはない。
ちなみにロボットが過ごしていたアジトにはアコースティックギターがあったらしい。開発者が音楽好きだったとか。手がかりにはならないだろう。
教室では、今度はバンドブームが到来。
「俺、ちょっとならギターできるんだ」
青目の彼は得意げだった。
「わ、私だって、家にあったのが左利き用だったら弾けたし」
「それダメなパターンだろ。大体、初めて触るものに利き手ってそんなに関係ないと」
「それで通用するなら、世の中に利き手なんて概念は存在しないわよ」
私達の関係は、相変わらず曖昧だった。
大体いつも隣には青目がいるけど、手を繋ぐわけでもなし。ただ悪友として接するだけだ。
椛が赤く染まる頃、私は面識のない先輩から告白された。
しかし弾幕を躱し続けるという修羅の道を覚悟している私に、異性交友に現を抜かすという選択肢は存在しなかった。
私は丁重に、
「無理です」
と返した。先輩は、落胆したような、呆れたような。そして少し安堵したような顔を浮かべ、こう聞いてきた。
「例の、青目のあいつか?」
「あぁ……、まあ、何と言うかですね……」
確かに、彼の顔が頭に浮かばなかったと言えば嘘になる。
いつか、私は彼と付き合うだろう。そしていつか……どうなるだろう。どちらかが死ぬまで、一緒にいることにもなるかもしれない。ならないかもしれない。
未来人は各地に散り散りとなり、ロボットを探しているらしい。彼らのうち一人はカメラを捕まえ、「歴史の改変を防ぐために活動しているんだから怖がらなくても良い」とアピールした。
ド阿呆。もう遅いわ。お前らの存在が歴史変えてるっての。
……冬。
「ロボットの特徴は、自在に瞳の色を変えられる点にあります。例えば澄んだ青。それから……」
こたつから抜け出す。
女子も男子もそわそわし始める。年に一度のチョコレートダービー前夜。だらだらしていたら過ぎちゃった、では目も当てられない。弾幕も今日は封印。
時間がない。だからもう、バレンタインに便乗して、全てを伝えてしまおう。
未来人は最近、よく電波ジャックをしている。
「そうですね。我々の探しているロボットの特徴として、分かり易いのは心臓の位置が挙げられるでしょうね。ああ、でも早まらないでください。あなたの恋人の心臓がたとえ右側にあったとしても、彼がロボットである確率は低いのです。あくまでも目安の一つとして……」
と語っていた未来人は、数分後、興奮気味に騒いだ。
「安心してください。我々はアンドロイドを見つけました。十四日に対象の破壊を計画しています」
徹夜で作ったチョコレートは、まるで爆弾。「私の想いはダイナマイト&エキサイト弾幕シューティング!」などとほざいてやろうか。
いや、流石に馬鹿っぽいか、それは。
翌日。教室に着いた私。
朝イチで彼の姿を確認し、そのまま彼を教室の外に引っ張った。「キャー」と女子達の歓声。「あいつらいよいよか!」なんて、男子もなんだか変な反応してんな。
「お、おいおい、なんだよ」
「黙れ! チョコが欲しくないのか!」
私は屋上に彼を連れていき、押し付けるようにチョコを渡した。
「何か他に渡し方があっただろ!」
「うるさいカラコン野郎! カッコイイつもりか! 糞ダサイっつーの!」
「ダサくねーよ! ロボット的なイメージを」
「わざわざ自分からロボットですなんて主張するロボット嫌じゃああ!」
言いたいことを全部ぶちまける。
彼も流石にむっとして、言い返してきた。
「お前こそなんだこのチョコは! 『私の想いはダイナマイト』とでも言いたいのか! 爆弾じゃねーか!」
「徹夜して作ったわ! そしたら爆弾しかできなかったんだよ!」
そんなやり取りをしながら、何か涙出てきた。
告白したかったから。してしまおうか。でも、したところで誰も幸せにならないのは分かっていた。
視界の隅に銃口が映った。この時代にはないはずの未来の銃。
忘れていた……意図的に消していた未来の記憶が。
今、鮮明に蘇る。
「……ほら、さっさと帰れ!」
彼を屋上の出入口から校舎の中に押し込み、私一人が空の下に晒される。いくつかの視線が、私の右胸の心臓を狙う。
私は瞳の色を変え、構える。
……弾幕シューティングなら、私の得意分野だ。