序
真っ暗な部屋の中。
ぱっとついた灯りに目がなれたとき、部屋を見渡してみると部屋の中央、豪奢な椅子に座った男の姿。
艶やかな黒髪は長く、端正な顔立ちをした彼は高慢ともとれる不敵な笑みを浮かべている。
「やぁ、よくいらしたね、お嬢さん。ここが・・・硝子細工の店と聞いてやってきた?
確かにここでは硝子細工を扱っているが、そんなことはどうでもいい。
まずは俺の話を聞くことが大切だ。」
そう言って、彼は椅子から立ち上がる。
くるりと身を翻すと彼の動作にあわせて漆黒の髪が舞う。
すらりと伸びた、均整のとれた肢体。
背丈は異様に高く、髪の長さも腰ほどまである。
大男・・・と言ってもいいような身長なのにそう感じさせないのはきっと彼が華奢とも言えるほどに細身だから。
「お嬢さん、そう言ったのはただ単に俺がそう言いたかったからであり、ここでは君のことなんて何も関係ない。
俺は語り手であるが、語るのは君の事ではない・・・ということだ。」
いつの間にか彼は片手にティーカップを持っており、再び椅子に腰を下ろしてそれを傾ける。
そして不適に笑い、問うのだ。
「君は、夢についてどう思う。」
夢、というのはどう意味だろうか。
問いの意味を理解しかねていると、彼は膝の上にティーカップを乗せる。
中身は、ミルクティのようだ。
「眠っているときに見る夢、将来の夢・・・夢という言葉を聞いたとき、人はその二つを思い浮かべると思う。
だけど俺が言った夢は、その片方であり、また両方でもある。」
そう言って彼は立ち上がり、ミルクティの入ったティーカップを椅子の上に置き、椅子の周りをくるりと回る。
椅子の前に彼が再び戻ってきたときには椅子の上におかれていたティーカップは消え去り、そしてなぜか、椅子の左側に大きな鏡が現われていた。
アンティーク調の美しいつくりの、2メートルほどの大きな鏡。
突然現われたその不思議な鏡は、いくら覗き込んでも銀色の光を放つだけで何も映さなかった。
「その鏡が、不思議かい?
その鏡に何も映らないのはごく自然なことであり、当たり前のことだ。
なぜならそれは、夢を見るための鏡なのだから。」
鏡にもたれかかっていた男は体を起こし、椅子に座る。
もちろん鏡は、男の姿も映さない。
「ここで扱っているのは泡沫硝子の夢。
強制的に見てもらうことになるのだが、料金を支払うか否かは見たあとに君が決めることだ。」
立ち上がった彼は椅子と鏡の後ろを通り、鏡の左側へと立つ。
2メートルほどあるだろうその鏡は彼と20センチも違わないだろう。
そのことから、彼の身長が180を超えていることを予測できる。
「君のために用意した泡沫硝子の名前は、幻御前だ。」
ゲンゴゼン。
まったくもって内容が予測できないその名前に首を傾げるが、これまでにわかったことがある。
ここはきっと・・・人に夢というなの幻を見せる場所なのだ。
そんなことを考えている間に鏡の表面に渦が現われ、私はそれに引き寄せられ・・・吸い込まれる。
「あぁ、大切なことを言い忘れるとこだった。
俺の名前は呼宝。こほう、という名前が泡沫硝子の夢からこちらに戻ってくる鍵だ。」
意識が鏡の中に堕ちていく。
まどろみの中視界には映らない彼の声が響く。
「さぁ・・・よい夢を。」
自分しかいない部屋の中で、呼宝と名乗った男は呟いた。
そして長い髪を翻し、その部屋を出る。
部屋に残ったのは、大きなアンティーク調の鏡と・・・椅子の上に置かれた一本の白百合のみ。