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5 赤い魔女、復讐の話

 さあ次は、復讐の話だ。次も舞台は森となる。恨みの力を溜めこんだ彼女の光は、次に生まれた時の肉体を激しく突き動かし、残酷な外見に仕立て上げた。彼女は魔女となった。それも、薬草やイモリだとかしか扱えない魔女ではなく、本物の、人知を越えた力を持つ魔女である。

 魔女の彼女は、この時もやっぱり白い肌で、体はとても細く、以前の生の時以上にほっそりとしていて、少しの力ですぐに折れてしまいそうな印象を受けた。髪は真っ黒、そして目は、これも以前と同じように真っ赤、唇と、その妖艶な割れ目から覗く舌も真っ赤で、それは、彼女の体に表現された激しい宿縁そのものだった。

 彼女が軽やかに歩む森は、豊かな水の流れと風に満ちていて、昼間にはいたる所に木漏れ日が生まれた。そこは特に魔女の森だと知られていたわけではなく、むしろ商人達がよく通る道があった。彼女は道から外れた森の奥に粗末な家を構え、森を通る人間を楽しそうに観察していた。

 この時の彼女の光はとても鮮明に残っていたから、僕は見失わなかった。光は、彼女の死後必ず一度は消える。だけどこの時は、彼女の光がすぐにまた現れ、そして、光は以前の破壊衝動をそのまま残していた。僕はこの生に生まれて、自分というものを認識した時、すぐに彼女を見つけた。僕は森の近くの町で商人になるべく育てられていたが、成人するとすぐに彼女のもとへ行った。僕にはいつでも彼女が分かる。だが彼女のほうが僕をいつも分かってくれるとは限らない。それは、彼女の光がどこまで彼女自身に意識されているかによる。この時の生においては、彼女は前世をはっきりと覚えていた。いずれ僕が彼女に会いに来ること、そして、何人もの人間を殺さなければならないことを。

 この生の彼女は、全く他の生の時の彼女とは別人だった。何しろこんなに残酷な彼女は他にいなかったし、僕への愛も、ほとんど持ち合わせてはいなかった。この時、彼女にとって僕は、ただ復讐を成し遂げるための手伝いにすぎなかったのだ。だけれど僕は彼女に従った。彼女の破壊衝動が少しでも満たされるのであれば、僕は歓んで彼女の殺人を手伝った。

 森を通る商人達が彼女の殺すべき相手だった。夜に彼等が火を焚いて野宿を始めると、彼女の復讐が始まる。彼女は森にあるもの全てを自分の手足のように操れた。まずは風を舞い上げて火を消す。流れる川の水を増してその奔流の音を聞かせる。月のある晩なら、木の葉の間からわずかに光が漏れてくる。しかしその少しの光の有無に関わらず、彼女自身が重さのない妖精のように商人達の周りを歩くと、その強烈な目に見えない殺意は、十分に彼等を恐怖させる。どんなに屈強な男であっても、彼女の楽しみに喰いつく者はいなかった。そして彼女は、たった一本のナイフで、ゆっくりと一晩かけて、商人達を一人ずつ殺していくのだ。

 僕はといえば、彼女が自分の楽しみを実行している間は、森の影でその様子を見ていた。彼女が本当に殺すべき相手、前世で神の使途と名乗り、彼女等を捉え、火刑に処した者達は、二十数名のはずだったが、彼女の破壊衝動はその限定に留まらなかった。彼女は人間そのものを憎んでいるかのように思えた。殺せる者ならば誰でも殺す。殺すという行為に快感を求めていたのだと思う。この生の時、彼女が人間を殺すということは、彼女の肉体の性的快感の代わりだったのだ。

 昼間、彼女は質素な生活を送り続けた。食事や衣類にこだわりはなく、暑さや寒さにも鈍感だった。火はこの時も、やはり僕のためだけに使われた。貧しい生活のなかで、僕の体は徐々に疲弊していき、肉はこけ、汚らしかった。しかし彼女はいつまで経っても美しかった。白い肌に垢が付くことはなく、体は細けれど、病的ではなかった。まるで純粋で清らかなものに守られているかのように、彼女はいつも若々しく、妖しく、狂気的だった。彼女はいつも突然だった。朝の水汲みに疲れて、昼間の陽だまりで寝ている僕の上に乗り、突発的に彼女を動かした性欲を満たすこともあった。僕の細って干からびた首は、彼女のしなやかで冷たい指によく締めつけられた。だが僕はこの時、彼女の目の奥に、一度も愛の断片すら見なかった。彼女にとって僕は何であるのか、その問いの答えは分かっている。分かっているつもりだったが、僕の肉体そのものは度々疑問を持ち、彼女に反抗した。その都度、彼女は気だるい瞳の光をちらっと見せて、ゆっくりと唇を動かす。「あんたはどうして、殺したいと思わないの」彼女からのその問いに、僕は答える。「必要ないからだ」と。彼女はもはや何も言わず、そっぽを向いて、たった一本のナイフを砥ぎ始めるのだ。

 彼女の残酷な遊びは続いた。しかしどういうわけか、森には商人達が通い続けた。まるで彼女の発する破壊的な魅力に引き寄せられるように。僕が彼女のもとへ訪れてから三年、それは実に長い三年だった。いくつもの生と死を覚えている僕にとっても、最も長い時間のひとつだ。最初、僕は彼女の復讐を喜んだ。彼女の悦びは僕の悦びでもあった。しかし彼女が必要外の殺しをすることに対しては、初めから反対だった。三年、それは、彼女が自分を殺した二十数名の復讐を終えるのにかかった時間だ。その間、彼女が殺した商人達の数は、実に百人を越える。その数の差は、次の生で彼女が払わなければならない代償そのものだというのに、彼女は自分の欲求を止めなかった。復讐が終わった後も、彼女は依然として殺しを続けようと考えていた。

 これは、おそらく、僕自身の決断だったはずだ。この世界に溢れる見えない光の導きではなく、純粋に僕の意志が遂行したものだと思っている。僕は彼女を殺した。風が止み、水の音が消えた時、森は西日に照らされていた。森の木が黄金色の影を作り、そのずっと向こうに、細い塔が揺れていた。そしてそのさらに向こうには、丘の上の墓地が広がっていた。僕のすぐ足元は、砂で埋もれていた。黄色の砂が、音もなく風に流されて、僕と、そして白い肌を赤い血で染めた彼女を、ゆっくりと、呑みこんでいった。それは僕等を待っている、次の生の予告であった。

 彼女を殺して三日後(三という数字に、僕等は縁がある)、僕も体と心のエネルギーを失くして、誰にも知られることなく、死を迎えた。



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