表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1 白壁と古びた木椅子

 光は風が運んでくる。君の白い体を撫でるのは、僕の手と、新緑の彼方からやってくる緩やかな光と、君自身の吐息だ。こんなにも世界は広く、窓という窓、ドアというドアを開け放したこの家の周りには、今誰ひとりいやしない。蝉の鳴き声が充満する青く広がった空に、小さな飛行機雲がひとつ、あれは、誰を乗せて、どこまで行くのか。そんなことを気にするくらい、僕らの周りには今、何もないのだ。

 白い壁が光を反射して、君の体がまた、光をかすかに反射する。反射のたびに光は弱く、淡くなる。君の瞳がうっすらと輝くのを見つめながら、僕は僕の体内から生まれる風をそっと放って、君の口の中に注ぎ込む。その柔らかさを優しく噛むと、君はわずかな怯えと小さな快楽を期待してゆっくり目を閉じる。

 硬い骨を軸として、柔らかな肉が君を包んでいる。肉体に包まれた君は、一体どこまで君なのか。僕の手が触れる部分は、温かく、脈打ち、原子の共鳴がある。僕が見つめる君は、どこまで本当の姿なのか。その顔の曲線を描いたのは一体誰か。

 触れたい、この手で触れえないものに、ああ、それは一体どこにあるという。目の前にある答えはそのまま謎となり、謎は謎のまま答えとなる。君の体を操る光を辿っていきたい。そこでもまた、僕は君にとって恋人で、最後の話し相手で、終わらない業の審判者だ。

 そう、君の終わりはいつも、白いシーツの上だ。投下された爆弾の音が、低い唸り声に変わって赤い炎となり、突風が窓という窓を砕いて、ドアというドアを引き裂いて、白い壁を黒くし、赤くし、蝉の声が人の悲鳴となった時、君はもはや見えぬ目と、聞こえぬ耳で、僕の吐息をずっと感じていた。白いその体が汚れないように、僕は君に覆いかぶさり、人の子の運命の嵐が過ぎるのを待った。炎が静まり、星が現れた時、月は恐ろしく真ん丸で、じっと地上の僕らを見ていた。その時君はもう、息絶えていて、僕が片足と聴力を失って守ったその白さは、結局僕の穢れた血と、愚かな灰の付いた指先で汚してしまった。

 ああ、君の魂の声が聞きたい。君はいつも、最後になると黙ってしまう。木椅子にふたり腰かけた時は、あんなに饒舌に喋るのに。そうやって君は、僕を試すのだ。同じ最後、同じ過ちを何度も何度も繰り返す僕に、飽きることもなく、こんなにも寄り添って。

 僕の肉体を快楽の道具にして、君もまた、肉体を捨てきれはしないのだ。光は風が運んでくる。運ばれた光は肉体を撫で、反射し、あるいは貫き、覚醒させようとする。君の、触れるためには指が震えてしまうその体は、どの最後でも、堕落した光に塗れて君の魂を解き放つ。

 見えない光を辿る。光は白壁に反射して行方をくらまし、窓辺の古びた木椅子に、君であったものの像を映しだす。今日の君は百年前の、もしくは三百年前の、もしくは二百年あとの、五百年あとの……

 どれも君であり、君ではないというのに、僕はまだ、ここにいる。僕は追いかけてきた。何度も、君に至る本当の光を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ