「そんな手入れは無駄だ」と追放された俺、実は武具を腐食から守る唯一の職人でした ~90層で聖剣が折れた勇者たちが泣きついてきても、後の祭り~
「おいアレン、その癖どうにかならないのか。魔物の血を拭った布を、なんでいちいちその怪しい液体に浸して磨き直す? 遠征中の水を無駄にするな。時間の無駄だ。今日でお前を『天光の騎士団』から追放する」
ダンジョン80層の野営地で、リーダーの勇者レオンが吐き捨てた。傍らの聖女と魔導士も「いつも油臭くて嫌だったのよ」「戦力にもならない道具磨きなんていらないわ」と笑った。
「……そうか。この手入れをやめたらどうなるか、お前らも分かってると思ってたんだが」
「言い訳するな! お前の代わりなんていくらでもいる!」
アレンは黙って荷物をまとめ、道具箱から自作の保全油と研ぎ石を取り出すと、一言も言い返さずに一人でダンジョンを降りていった。
レオンたちはせいせいした顔で90層のボス戦へ向かった。追放から三日、彼らの進行は順調だった。
「見ろ、あいつがいなくても聖剣の切れ味は変わらないじゃないか! 『90層を超えると空気が変わって、毎晩油を差さないと刃が歪んで砕ける』なんて言ってたが、ただのはったりだったな」
レオンは聖剣を誇らしげに振り回した。
しかし90層の最奥、強い熱気と酸性の霧が満ちるフロアに足を踏み入れた瞬間、異変が起きた。
「な……なんだ、剣が重い……!?」
聖剣の刃先から赤黒い錆が広がっていく。魔導士の杖の魔導石はひび割れ、聖女の防具の金具はぼろぼろと崩れ落ちた。
「嘘でしょ、バリア魔法が防具ごと弾け飛んだ!」
「魔法が発動しない、杖の回路が腐食してる……!?」
そこへ90層の階層主『腐食の炎竜』が咆哮とともに襲いかかってきた。
レオンは慌てて剣を構え、竜の爪を弾こうと振り下ろした。
――ギィン!
甲高い音とともに、聖剣は根元からあっけなく折れた。
「な……に……!?」
レオンの頭に、追放前のアレンの言葉がよぎる。
『このダンジョンの90層から先は、目に見えない強酸性の魔気で満ちてる。僕が毎日磨いてたのは血を拭うためじゃない。耐酸性の膜を金属の中まで刷り込む作業だ。一日でも怠れば、お前らの武器はただの鉄くずになる』
あの気味悪がられていた作業は、遠征を支える命綱だったのだ。レオンたちは青ざめ、武器を失ったまま炎竜の前で逃げ惑うしかなかった。
数日後、なんとかダンジョンを脱出したレオンたちは、ぼろぼろの姿で麓の街の工房に駆け込んだ。
「頼む、全財産払う! 折れた聖剣を直してくれ! それと90層の腐食を防ぐあの油を売ってくれ!」
工房の奥から出てきたのは、エプロン姿のアレンだった。隣には国内最高峰の鍛冶ギルドマスターが立っている。
「やあレオン。ずいぶん惨めな姿だな」
「ア、アレン!? なんでお前が……いや、ちょうどいい! 悪かった、俺が悪かった! お前の手入れが必要だって分かったんだ。頼む、パーティに戻ってまた剣を磨いてくれ!」
レオンは床に頭をこすりつけた。だがアレンの目は冷たいままだった。
「断る。僕はもうギルドマスターに引き抜かれて、この街の工房のチーフになったんだ。僕のやり方をちゃんと評価してくれる人のところで働くよ」
「そんな……頼む! お前がいないと俺たちは二度とダンジョンに入れないんだ!」
アレンは一歩引いて、レオンの手から落ちた折れた鉄くずを見下ろした。
「手入れを金と時間の無駄だと言った人間に、僕の技術を注ぐ気はない。それに……一度酸で内部まで死んだ金属は、二度と元には戻らない。お前らの騎士団と同じようにな」
アレンは振り返ることなく、工房の奥へ消えていった。
残されたレオンたちは、二度とダンジョンに挑むこともできず、壊れた武具の借金だけを抱えて落ちぶれていった。
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