貴女も悪役令嬢~婚約破棄ビジネスやってます!
ロニーニャ王国の王太子ハワードは自身の十九歳の誕生パーティが開かれる王室所有の屋敷で婚約者だった女性、つまりは悪役令嬢に婚約破棄を告げた。
「そして、ここにいるアルージェ・ニルヴェールを正式な俺の婚約者と定める」
「なっ…なぜです?」
数秒前まで婚約者だった悪役令嬢は困惑し、目を泳がせる。
ふむふむ。今回の女性は結構上手い。
これが終わったら、スカウトしたいぐらいだわ。
「当然であろう。王太子の婚約者という名誉に預かりながら、全属性の魔法が使えるアルージェに嫉妬して嫌がらせを繰り返したという報告は受けている」
「根も葉もない噂です!」
「まだ、認めないか。最後ぐらい清くあればよかった物を。品位の欠片もない。さらに彼女の亡き母上の形見である魔法石のペンダントを壊した…うっ!」
ハワードは足を踏まれて、小さくうめき声をあげる。
もう。何度も練習したじゃないの。
次はアルージェが暴漢に襲われそうになった事件の首謀者が悪役令嬢のあんただって追及するところでしょうが!
ちなみにこの事件は自作自演っていう設定である。
ペンダントのくだりはもう少し後!
事前の打ち合わせと違うって“悪役令嬢”さんに怒られて、逃げられたらどうするの?
ハワードに目配せすれば、“あっ”と驚いたように目を見開いた。
いや、あんたがやろうって言いだした事だからね。
これに付き合ってる私もどうかと思うけれど…。
こうなったら、どうにか辻褄を合わせてやり過ごすしかないわ!
こっちだってプロなんだから!
「あれだけが唯一残された母との繋がりだったのに。私の何が気に入らなかったのでしょうか!」
渾身の涙を浮かべ、ハワードにすり寄るヒロインの姿。
どうよ。様になってるわよね。
「お母様の形見というのはこれの事かしら?」
悪役令嬢は灰色の宝石があしらわれたシンプルなペンダントを差し出した。
「それよ!この泥棒!返して!」
ペンダントを奪い返そうと手を伸ばす。
だが、わずかに届かず盛大に転ぶ。
よし。上手くいった。
やっぱり、私ってプロってるわ。
おっと。うっとりしてる場合じゃない。
「なら、言うわせてもらうけれど。この魔法石。上手く作り込んでいるようだけれど中身は隣国が開発したっている強制魔法属性誘発石よね」
体質により使える魔法属性が変わるこの世界においてその常識を覆す事となった人工石。それが強制魔法属性誘発石なのである。
よっしゃ。噛まずに言えた。
心の中での話だけど。
「はあ?何、デタラメ言ってるのよ!どう見ても魔力が込められただけの魔法石よ!」
「調べて貰ったから間違いないわ」
「はあ?強制魔法属性誘発石とやらと魔法石の違いがあんたに分かるって言うの?」
「私はこうした鉱物に明るくはないけれど。こちらの方は違う」
悪役令嬢の隣に寄り添うように現れたのはハワードの従兄、ザヒードである。
うん。黄金の髪に透き通るような青い瞳の美丈夫なハワードも良いが、漆黒の髪を揺らし、深海を思わせる藍の瞳を有するミステリアス男子ザヒードもこれまたいい表情をしている。案の定、見物客達はうっとりとしたため息を漏らしている。
悪役令嬢さんの頬もどこか色づいている。
「ザヒード。なぜ、ここに?離宮にこもってばかりいると言っていたのに」
「強制魔法属性誘発石がこの国に持ち込まれたとあっては何もしないわけにはいかないだろ?それは麻薬と同義だ。ハワード。まさか知らないとは言わせないぞ」
「当然知ってるさ。だからって、この国に強制魔法属性誘発石があるわけないだろ」
この石は当初は夢の石だともてはやされたが依存性が高く、無理やり誘発される魔法族勢は使用者の体に多大な負担がかかる。だから、この国では持ち込みも所持も禁止されているのよね。
「アルージェ様のお母様は十年前にお亡くなりになったと伺っています。この世に誕生して二年しかたっていない強制魔法属性誘発石がその形見だなんて矛盾すぎます。さあ、どう弁明するつもりです?王太子妃になろうという方が違法な物を所有しているだなんて国民が知ったら王家の信用にも関わってきますわ」
「うっ…!ほんの出来心だったのよ。異国の商人が面白い物があるっていうから。強制魔法属性誘発石を使ったら学園での評価もうなぎ登りだったし。こんなの手放せるわけないわ!」
絶叫と共に項垂れる。
どうよ。迫真の演技でしょう!
だけど、ハワード。
そこは唖然と立ち尽くすシーンであって、心配そうに寄り添う所じゃないからね。
「こうして、悪役令嬢だと呼ばれ糾弾されたハワードの元婚約者の身の潔白は証明されました。ろくに話も聞かずに責め立ててきた彼に愛想をつかした彼女は婚約破棄に同意。その一か月後、なぜかザヒードの婚約者となりましたがその事を多くの人が知るのはもう少し先です。なお、ハワードはこの件でケチがついてしまったためか王太子から降ろされました。強制魔法属性誘発石。それは悪です。皆さん、絶対、見ない、触らない、買わないを徹底するように。以上!」
さあ、決まった。
その場に拍手が広がっていく。
いやあ。今日も客の入りは上々ね。
「悪役令嬢さん。ありがとうございました。演技、上手いですね。どうです?この先も私達と…」
――「次は私が婚約破棄される番よ」
――「早く、そこ変わって」
スカウトする前に並んでいる順番を待っているお客さん達が騒ぎ出したようね。
「では、次の方どうぞ!」
「それにしても、よく考え付いたな」
私が次の客を促す中、ザヒードがぽつりともらした。
「何が?」
「この国に蔓延しつつある強制魔法属性誘発石の撲滅のためにこんな活動を思いついた事だよ」
「ああ。確かに強制魔法属性誘発石のキャンペーンをやろうと言ったのは私だけど、先に思いついたのは“ハワード”の方よ。ほら、今だってノリノリで客集めしてる」
ハワードはこの瞬間も新たな客と見物客を集めるために声を張り上げている。
その傍らに掲げられた旗には“貴女も悪役令嬢になって婚約破棄されませんか?”の文字が大きくはためいている。
そう。私達は客に婚約破棄というひと時の夢を提供する商売をやっているのだ。
元ネタは古くからこの国で愛読されている悪役令嬢が主役の小説である。
客が主役の悪役令嬢を演じ、私達が脇役を演じる。
そういう見世物である。
それにしても、こんなに儲かるなんて!
ハワードなんて、転生要素とか男性向けコースも増やそうとか言ってるぐらいには浮かれてるし。あれでも一応、この国の本物の王子なのに。それでいいの?
まあ、この場にいる人間は誰も気づいていないだろうから良いか。
「ねえ。名前は変えてあるけれど、どう見たって本物の王太子の容姿を連想しちゃうんじゃないの?”ハワード”の印象が悪くなりすぎるわ」
「いいんだよ。これで。そのうち、俺では王太子にはふさわしくないって言いだす輩が出てきてくれるのも目的の一つなんだから」
「そんなに国王になるの嫌だったの?」
「“ザヒード”の方が国王に向いてそうだからね」
”ザヒード”も”ハワード”の本物の従兄だ。もちろん、本来の名前は異なるけれど。
そして、この”ハワード”はザヒードが大好きなのである。
王太子の座を譲りたいと思うほどに。
「それに“アルージェ”だって、楽しんでやってるじゃないか。さすがは、役者志望」
「やめてよ。子供の頃の話よ」
だけど、ノリノリでやっていたのは否定しないけれど。
「いいじゃないか。公爵令嬢が役者でも…」
「はいはい。好きに言ってください」
「そう言う所も好きだよ」
「しれっと口説いこないで。お客さんに聞かれたらどうするの?」
「”ハワード”は“アルージェ”に惚れてるからいいんじゃないか?」
「それでも、気合入れてよ。また新たな“婚約破棄”の幕が上がるんだから」
こうして、本物の王子とそれに次ぐ公爵令嬢が企画する芝居は続く。
今日もロニーニャ王国はそれなりには平和である。
読んでくださりありがとうございます。




