いらっしゃいませ、森丸くん
2時間半でと言う客に、それならフリータイムがお得です、と答えるのは慣れたものだ。
ひとりカラオケで1時間、それだと歌い足りない気がして1時間半にする客はよくいるが、まっすぐ『2時間半で』と伝えてくる客は3時間後に予定があるとしか思えない。
1時間半は1時間と半だけど、2時間半は3時間じゃないか。2時間半な気分の時なんてない。
そこにある料金プランを何も見ず、『2時間半で』なんて、3時間後に予定がある人の脳でしか出てこないセリフだと、私は思う。
だからさ森丸、君も3時間後に予定があるってことか?
バイトの私にフリータイムを勧められると一瞬フリーズし、料金表を指差し説明されると理解したように
『あ、じゃあそれで』
とペコッとした背の高いこの男は、オーディションから生まれたアイドルグループ“レザー”のメンバーである、森丸天音。
帽子とメガネで隠そうとしているが、必ず森丸。
昔、中学のクラスメイトに本気でゴマが付いていると心配された、少し縦長のホクロが変わらず今もアゴにある。
ホクロのことを知っているのは、テレビに出た時におもしろエピソードとして話していたのを見たわけではなく、クラスメイトに爪でアゴをカリカリされながら、なかなか言い出せずにいる可哀想な森丸を、私がこの目で見たからである。
森丸、私は君の中学の頃の同級生、吉村いおりだよ。
君は私に絶対気づいていないだろうけど、こっちはわりと喜んでいるんだ。
* * *
森丸は、中学の頃から背が高かった。
私が森丸と初めて会った、中学2年の春。出席番号順で前の前の席になった森丸の最初の印象は“すごく視界に入ってくる背の高い人”だった。
それから少し経った森丸の印象は“背が高いのに卓球部に入った人”だった。
顔もその頃から整っていたと思う。
でも正直、うす味というか、すっきりと整えられ収まっている森丸の顔は、周りの中学女子にさほど刺さらず、ただ二重のサッカー部の方が森丸より確実にモテていた。
彼らは足が速くて明るいのもポイントが高かったのだろう。森丸は足が速くて暗かった。
森丸と翌年も同じクラスになったが、2年間同じ教室で過ごしても、これといった思い出は生まれなかった。理科の実験の班がずっと同じだったことくらい。
お互い目立つような活躍も無く、クラスの脇役として大人しく卒業し、各々別の高校へと進学した。
* * *
そんな森丸の名がいきなり地元で轟いたのは、高校3年の夏。
「いおりちゃん、森丸天音と同中だったんだよね?!」
朝登校するなり、急にクラスの子がワラワラと集まってきた。
突然のことに混乱した私が頭の中で、どこの高校に進学したかも微妙な森丸の顔をギリギリ複製していると、そこに耳を疑うスクープが突っ込んできた。
「森丸君がアイドルのオーディションに参加するからって、東高休学するらしいよ!」
森丸って東高行ったんだ、などと思っている暇なんてない。
は? アイドルのオーディション?




