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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
7/18

序章7話 ノアの箱舟

 騎士が何かを言おうと口を開く。しかしその前に、容赦なくノアは大鎌を振り下ろした。

 もう、ここにはエレノア達の命を奪おうとする者はいない。


 壇上に上がったばかりは恐怖さえ感じていたが、蓋を開けてみれば圧勝。この一戦は確実な自信となって、神の子ノアの初陣として刻まれた。


「さて――っ!?」


 安堵したのも束の間、目線を少しだけ上にあげ、ノアは〝それ〟を目の当たりにしたことにより、あまりの不気味さに背筋が凍っていた。


(観客はなぜ、微動だにしていないんだ……?)


 乱入し、騎士との戦闘が発生した。そんな一大事があったにも関わらず、処刑場の観客に何ら変化がない。騒ぐことも、動くこともせず、ただ数万人がじっと壇上を見つめているのだ。


 電源の抜かれた機械を彷彿とさせる。そして命を持った人間がそうなっていることに、ノアは異様な不気味さを感じていた。


「これが、支配の代償なのよ、ノア」


 気付けばすぐ隣で、ノアの手をメシアが握りしめている。


「価値なき子の公開処刑を楽しんで見届ける。それだけを支配されて彼らはここにいるの。当然その中には、貴方の乱入なんて含まれていないわ」


「メシア……」


「もちろん目の当たりにしているし、この場で起きたことも理解している。でもね、何を想ってどう行動するかまでは王の支配にないから、彼らは何も感じることができないし、何も動けないの」


「…………」


 メシアの説明を、この国の現状を聞き届け、改めてノアは再認識する。

 ――支配。この国の王の掲げる理想は狂っていると。


 それでも、悔しいかな。神の力によって理想の自分に創り替わっていることにより、国民を支配している王の、ヨハネ・ケトラルヒの力の大きさを如実に感じ取っていた。


 今のノアでは、彼らを支配から解放できない。それほど強く、一人一人にヨハネの強大な力の残滓がこびりついている。


 一国の王とはいえ一人の人間が、どうしてこれほどまで強大な力を有しているのか。


(今の我では、まるで相手にならない。それほど圧倒的な力の差が……)


 メシアが言った「一国を相手にすることがどれほどのことなのか」。その一端を覗き込んだような気がした。


 上等だよと呟くが、口が動くだけ。

 仮面の下で笑みを浮かべているものの、それがどんな意味なのか自分でも分からない。


(とりあえず、今はここから逃げないと)


 ノアの掲げる理想の姿、形態は維持しているだけで膨大な力を消耗する。魔法を常に発動し続けられないように、ずっとこの姿ではいられない。


 首を切って自分を殺し、元に戻る。形態王国になっていたのはたった数分間だったにも関わらず、眩暈がするほどの倦怠感が襲ってきた。


 たった一瞬だが立くらむと、メシアとエレノアが支えるようにノアの両腕を抱き締める。

 二人は心配そうにノアを見上げ、


「大丈夫?」「大丈夫ですか?」

「うん……ありがとう、二人とも」


 嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分を胸に秘め頷いた。


「……あの、二人とも? もう大丈夫だよ? ありがとう」


 強がりではなく、本当に大丈夫なのに。何故だか一向に腕から離れようとしない二人。メシアは傷が一つもないことを確認するかのように、頭から爪先まで目線が何度も往復している。


 エレノアは……まだ、感情は読めない。何やら神妙な面持ちで仮面を、ノアの瞳がある位置を見つめていた。


「感謝すべきは、わたし達の方です、ノア様」


 やがて名残惜しそうに腕から離れると、一歩、二歩と下がり、彼女はその場に跪いた。


「この度は、本当に……ッ」


 恐らく彼女は今、実感したに違いない。


「助けてくれて、ありがとうございました!!」


 声は掠れ、涙が零れている。しかしその意味は、先ほどとは真逆のはずだ。

 意識を失っているとはいえ騎士達はすぐ近くにおり、油断など以ての外……だが、エレノアは感情を堪

え切れなかったのだろう。


(ああ、よかった)


 くしゃくしゃに泣きながら笑うエレノアを見て、ノアは心から実感する。


「君達を助けることができて、本当に良かった」


 助けての声に駆けつけ、助ける。この瞬間こそが、ノアの掲げる理想の世界に他ならない。体現できたこと、何よりも、自分の理想は間違っていない、絶対にと。目頭がじんわりと熱くなっていた。


「ノアさん! ありがとうございました!」「助けてくれてありがとうございます!」


 エレノアの謝意を皮切りに、他の子供達もノアに感謝を述べていく。一言、一声かけられるたび、英雄を望むノアの心が満たされた。


「これは――そう、おめでとう、ノア」

「……メシア?」


 何やら感慨深そうに呟いた彼女の目線は子供達でも、ましてやノアでもなかった。何が起きた――否、起きるのか。答えは即座に示された。


 エレノアら子供達から放出される、白色の光。ふわふわと漂いながらも、ノアの元へと迷うことなく集ってきた。


 この光は一体何なのか、伸ばした指先が触れる。途端に、白色の光は(しゅ)を見つけたと言わんばかりに吸い込まれていき――


 ――半分神の性質を持つ、神の子であるノアは人々からの信仰心によって力を強大とする――

 

 白色の光はエレノア達からノアへの信仰心が可視化されたもの。神の性質を持つノアに信仰心が注がれたことにより、人の領域から神の領域へと距離を近づけたのだ。


「これは……」


 見た目にこそ変化はないが、生命として一つの進化を遂げた。全能感さえ抱くほど、ノアの力である『生命の鍵』が変化を迎えていた。


(そうか……これを、繰り返せばいいんだ)


 圧倒的すぎるヨハネとの力の差。どう埋めればいいのかと暗闇に包まれる中、差し込んだ光の道がノアを導いた。


 子供達を――いいや、この国で助けを求める全ての人を助け、それこそ、一千万の国民全員からの信仰心を得れさえすれば――


「――ここに約束しよう。私は必ず、(みな)を王の支配から解放して見せる」

 語りかけるは自由意志の許されぬ観客(こくみん)へ。


「この国は皆を支配することによって、平和を成し遂げている。もちろん、それを良しと考える者も中に

はいるだろう……それならそれで、皆が自分の意思で選択できるのであれば、それでいい」


 彼らは聞こえているだろうが、聞こえているだけ。

 反応のない演説とは、かくも居心地の悪いものなのか。


 不快な汗がじんわりと手に滲む。手足の先から温度がなくなっていき、感覚も遠のき、まるで、この空間そのものが凍り付いているかのよう。

 喉に張り付いた言葉。大きく息を吸って吐き出すように、


「しかし、もし……もし! 支配されるなんて嫌だと思うなら! 自分の意思で自由に、自分の人生を歩みたいと思うなら! その時は私に助けを呼んでほしい!」


 今はまだ、ノアの想いは届かない。が、彼らは聞こえてはいるのだ。


(届かなない、それでも構わない! 今でなくともいつの日か、僕が彼らを解放した時に届いてくれたらそれでいい! だから、そのためにも――!)


 皆が助けを求める、ノアはそんな存在にならねばならない。


「私の名は神の子ノア! 神の血を継ぎし助けての声に駆けつけ助ける〝英雄〟である!!」


 正式に名乗りを上げるからには「志望」などとつけない。正真正銘〝英雄〟なのだと断言をする。

 なると決めていたこととはいえ、口にした瞬間からずっしりと両肩にのしかかる重み。比喩や誇張ではなく、命を背負うことになる重みだ。


 この道を進めば進むほど増してくのだろう、〝英雄〟という看板は気軽に扱っていいものでは断じてない。


(だが、そうでなくては困る!)


 押し潰されないこともまた英雄の資質だ。

 ノアの血を流れるは炎の如き熱。委縮するどころか、却ってノアを漲らせていた。

 故にこそだろう、天啓のように閃きが走る。


「そして私はここに、助けての声に駆けつけ助ける英雄的組織、ノアの箱舟(ノアズ・アーク)の設立を宣言する!!」


 助けての声に駆けつけ、助ける。ノアの掲げる理想の世界は、ノア一人だけでは実現しえない。駆けつける範囲にも限界があるからだ。


 例えばそれこそ、騎士団のように組織が。助けてと誰かが叫んだのなら、必ず誰かが助けに駆けつける。そんな英雄が集う組織があれば。


 実現していこう、そして、証明していこう。

 支配を理想とする〝王界王冠〟なんかよりも、ノアの掲げる理想こそが理想なのだと。


「まず初めに、この国で虐げられている存在、価値なき子を全員助けて見せる! それを以てして、私達の力の証明としよう!!」


 用意した言葉ではなく、見切り発車で始まったノアの演説は、最後にこの台詞で締めくくった。

 拍手なんて当然ない。けれどもノアは確かに感じていた。


 動き出す運命の音を。

 そして神の子と王の闘い、巻き込まれていく国民達。一つの国が変わり始める――時代のうねりを。

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