序章6話 『生命の鍵』
助けての声に駆けつけ、助けたい。その一心で壇上に上がったノアだったが、これが初めての戦場。
乱入するや否や、処刑場を警護していた七人の騎士に囲まれる。歴戦の猛者達からの敵意を集め、自然と冷や汗が流れていた。
認めたくはないが、認めざるを得ない。ノアは緊張と僅かな恐怖を抱いていた。
(肝が冷える、か。はは、よく言ったものだ)
体温が下がったわけではない。けれども寒さから、身がブルリと震えた。
「貴様に与える時間は一分! その間に答えなければ、我々は貴様を斬る!」
剣をノアへと構えた途端に、騎士達の敵意が殺意へと切り替わる。まるで、首元に直接剣を突き立てられているような感覚。背筋が凍るが、それ以上にノアは、
(この殺気を、何の罪もないこの子達に向けていたのか……)
仮面の下で乾いた笑みが零れる。燃え滾るような熱い怒りがノアを覆い、恐れも戦慄も溶かしつくしていた。
「君、名前は?」
怒りは闘志へと秘め、騎士の殺意などまるで無視をして。もう大丈夫だと、安心してほしいと、助けを呼んだ少女に呼びかける。
いきなり話しかけられて、少女は戸惑いこそしたものの、
「エレノア! エレノア・メタトリアスです!」
ノアがこれから何をしようとしているのか。それだけは察してくれたのだろう、少女の顔ばせに希望が宿っていた。
「エレノア……光、か。いい名前だね」
「カウント十! 九! 八! 七――」
「エレノア。僕は今から、この騎士達を倒す。そのあとは走ってここから逃げるよ」
「六! 五! 四!」
「さあ、立って。生きるための準備をしよう」
エレノア以外の子達にも声をかけながら、ノアはメシアから預かったもう一つ、漆黒の短剣を握りしめた。そのまま切っ先を自身の首元に当てて、
「三! 二!」
躊躇ったのは、ぐっと力を入れたことにより短剣が頸動脈を押した時だけ。深く息を吐き、吸って、直後ノアは勢いよく己の首を掻っ切った。
意識が瞬時に途絶えるほどの激痛、熱と共に溢れ出す血液。
――ノーリエス・アリアはこの日、一度死を迎えた――
騎士の口からカウント一は告げられない。既に死んだ、自決したものだと思われていたからだ。
「ここまでは、僕の出番」
しかしこれこそが、自分の手で自分を殺すことこそが、ノアの魔法の発動条件。
「ここから先は――」
厳密には、〝この手で殺した者を思いのままに創りかえる〟。半分神の血を継ぐノアの魔法『生命の鍵』。この魔法でノアは己を殺し、思い描いた理想の自分へと創りかえるのだ。
「――ここから先は、我の出番だ」
思い描く理想は、想像の具現化。第十のセフィラ、形態王国。
容姿すらも変わり、レモン、オリーブ、小豆、黒の四種の髪色と、透明な瞳が特徴的な創造主は、想像した理想を具現化する。
「バカな!? 生き返ったのか!?」
「慌てるな! 幻覚の類かもしれん! もう一度構えろ!」
口を動かしながら手も動かす。敵ながら見事という他ない、洗練されたチームワークをもってして、ノアに攻撃を試みようとした七人の騎士達だったが、
「掲げるは障壁。遍くを阻む不可視の障壁なり!」
口上を唱えることにより、より想像を具体化する。次の瞬間透明の、文字通り不可視の障壁が具現化し、扇状となってノアを包み込んだ。
半分神の血を継ぐ、それ即ち神の力により具現化された障壁。いくら歴戦の猛者であろうとも、ただの人間に太刀打ちできるはずもなく。剣撃や魔法が衝突するが、障壁に一切の破損なし。
「掲げるは鎌。意識を刈り取る不可触の大鎌なり!」
今のノアでは、一度に具現化できる理想は一つだけ。障壁は消え去り、代わりに全長五メートルを越える大鎌を握りしめる。
そのまま横一線に凪ぐ。先頭にいた騎士は剣で防ごうとしたが、この大鎌は触れることのできない。剣をすり抜け、切断ではなく前衛騎士三人の体を通過。意識を刈り取られたことにより、受け身も取れずにその場に倒れこんだ。
「距離を取れ! 常にあの鎌の射程距離圏外に位置しろ! 遠距離から叩くぞ!」
「「「はっ!」」」
この大鎌の異常さを瞬時に察知した残りの四人は、ノアが二撃目を振るう前に大きく後退した。
そのまま炎、風、雷、無数の剣撃と、遠距離から攻撃を飛ばしてくる。
どれか一つでも直撃すれば絶命は免れないが、再び障壁で防ぎ切り、
「皆! 耳を塞いで!」
エレノア含む子供達へ、一瞬だけ視線を送る。
ノアの呼びかけに応じ、耳を――なぜか目も――塞いだのを確認し、
「掲げるは――音波。鼓膜から侵入し、脳を振るわせ意識を混濁させる音波なり!」
パチン、と指を鳴らす。
ただの音の波ではなく、ノアの理想が具現化した音波は、まるで吸い込まれるようにして四人の騎士達の鼓膜へと侵入をし、
「「「ぐっ、がが! ぁ!」」」
鈍器で思い切り頭を殴られた。直接脳を振るわされた彼らは、そんな錯覚に陥っていることだろう。全身に脂汗を滲ませ、過剰に呼吸しようと荒くなり、立っていることなどとてもできず、蹲っては吐しゃ物を吐く。
「きさ、まは……一体」
ただ一人だけ、剣を地面に突き刺し倒れることを拒絶していた騎士が呟いた。
「なにもの、なんだ……!」
抗うように、立ち上がろうと、懸命に足に力を入れようとしているが、勝敗は既に決している。
「――我の名はノア、神の子ノア」
混濁させるのではなく、確実に意識を刈り取るため、大鎌を手に取る。
「助けての声に駆けつけ、助ける。そんな英雄志望だよ」




