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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
4/18

序章4話 王の掲げる理想の世界

「ここはね、ノア。公開処刑場……なの」


「――は?」


 そこは一体何万人の人が収容できるのか、まるで見当がつかないほど巨大な闘技場だった。

 中央にある壇上を見下ろすよう、十層からなる観客席が円を描いている。満席だからか静謐がこの場に満ちているにも関わらず、言葉なき異様な熱気に包まれていた。


 ここは何をする場所なのかと、気軽に問うたノアに帰ってきた答えが、先ほどのメシアの一言。


「公開処刑場……? 僕の聞き間違い、だよね」


 ただのメシアの、笑えない冗談だった。

 微かな期待を抱くノアに対し、メシアは表情を張り詰めさせたまま壇上を睨みつけ、


「王の掲げる理想の世界、この国においては、通称〝王界王冠(おうかいケテル)〟。アルカディア大陸十か国にはそれぞれ、建国時の王の抱いた理想の世界がそのまま実現しているの」


「王の……理想の、世界……」


「そしてこの国の理想は――支配」


 淡々と告げるメシアだったが、支配、この一言にはあらんかぎりの憎悪が込められていた。


「職業も、配偶者も、その日の生き方も、思想も、幸せも、人生そのものを完全に支配する。人口一千万の国民にそれを課す。それがこの国を覆う理想。〝王界王冠〟」


 メシアは力なく壇上を指さす。

 同時に、包まれていた熱気が爆発するように歓声が沸き上がった。


「価値なき子。あの子達はどうしてか、王の支配が効かなかった子達なの」


「……ちょっと、待って」


 手足を鎖に繋がれ、首輪をつけられ、騎士に引きずられるように壇上に上がる子供達。

 公開処刑場と、メシアは先ほど言っていた。それが意味することは、つまり、


「支配できないからって、あの子達を処刑するつもりなのか!? この国の王は!!」


「…………ええ」


 しばしの沈黙ののち、メシアは力なく頷く。

 視線は絶えず壇上に注がれているが――どうすることもできないと――その瞳は無力感に支配されていた。


「ついでに言うとね、観客席にいる国民達も、支配されてここにいるの」


「なんのために……ッ!」


「支配されない人間は処刑されるのだと、支配されることを望むよう魂に刻み込むためよ」


「…………」


 もはや、空いた口が塞がらなかった。

 確かに、国民一人一人の人生を完全に支配できるのなら。『王冠』には殺人も、争いも、虐待も、虐めも、社会的問題は一つとてないのだろう。国民の幸福度を数字だけで表すなら、この国は理想的と言って差し支えないだろう。


 だが、しかし。異分子を排除し犠牲の元で成り立つ理想など、それのどこが理想の世界なのだと……ノアの掲げる理想が異を唱えて止まない。


「この国には喪魂病(デリヴランス)と呼ばれる国病があって……って、待ちなさい、ノア!」


 立ち上がったノアの腕を、メシアの手が掴む。


「何をするつもりなの」


「何を……? はは。聞かなくても分かることを聞くんだね」


 振り返り、見つめる。

 無力感に支配されているメシアの瞳から、支配を払うべく宣言する。


「助けての声に駆けつけ、助ける。救済こそが、僕の掲げる理想の世界だよ」


 この理想は揺らぐことも、曲げることも絶対にしない。

 ノアから絶対の意思を感じ取ったのだろう、メシアの目が大きく見開き、けれどもすぐに言葉が返ってきた。


「貴方の理想は、分かっているわ。でもねノア、相手は一国そのものなのよ」


「知っているよ」


「知っているだけでしょう? ノア、貴方は一国を相手にすることがどれほどなのか、まるで理解していないわ」


「…………」


「もしこれが念密な計画を立てて、入念な準備をしたうえでの行動であれば、私は止めない。それどころかむしろ、私にできることならなんだってするわ。でもね、一国を相手にした時、突発的な行動は自殺行為にしかならないの」


 懸命にノアを止めようとするメシアの言葉に、ノアは黙るしかなかった。


「今日私がここに連れてきたのは、この国の現状を見てもらうため。どれだけぎ……っ、時間がかかったとしても、人類を救うため確実に行動するべきよ」


「…………」


「人類を救うには貴方しか、神の子である貴方しかいない。だから私は、例え貴方に憎まれようとも、ここは止めさせてもらうわ」


 なるほど、とノアは微笑んだ。

 反論する余地のない、完璧な正論だ。現状唯一の協力者であるメシアの口からそれが出ることに、ノアは心から頼もしさを感じていた。


 けれども、引けない。

 反論はないが、異論はこれでもかと出てくる。


「メシア、君は今、ある言葉を誤魔化したね」


「そんなことな……」


「どれだけ時間をかけても? それは、どれだけ犠牲が出ても構わないってことかな?」


「――――」


「今僕が動かなければ、確実にあの子達は殺される。時間をかければかけるだけ、次から次へと価値なき子が殺されていくだろうね」


 今度は、メシアが黙る番だった。

 そしてここで言葉を失うメシアに、ノアは一安心しながらこう告げた。


「助けての声から生まれたはずの君が、その声を無視するの?」


「――――っ!」


 どうやら、その一言が決め手になったらしい。ノアの腕を掴む手から、徐々に力が抜けていく。


「それにね、メシア。今目の前で殺されようとしている子達を助けられないような人間が、人類を救う? そんな器だって思えるかい?」


「それは……」


「断言しよう。ここであの子達を助けられないなら、僕には人類を救うなんて到底無理だ。だからこそ、自分の力を証明するためにも――僕は行くよ」


 譲るつもりは一切ないノアと、何かを天秤にかけ迷っているメシア。そこから先は言葉ではなく、視線で会話を交わしていた。


 処刑場の中で、切り離されたかのように二人の間だけ時間がゆったりと流れている。心臓の鼓動が七つ鳴り、時間にしておよそ三秒。先に逸らしたのはメシアだった。


「こんなにも早く必要になるなんて、思ってもみなかったわぁ」


 諦めたように溜息を吐きながら、懐から取り出したのは掌に収まるサイズの魔石だった。


「魔力を流せば、漆黒のコートと仮面、そして短剣が出てくるわ……一国を相手にするのなら、正体を隠す必要があるでしょう?」


 満面の、とまではいかないが、彼女は笑ってノアの背中を押してくれた。


「どうせやるなら盛大にやりなさい」


 抱く心配と同じかそれ以上の期待が、瞳には込められている。


「メシア……ありがとう」


 魔石を受け取るや否や、魔力を流し全身を覆う漆黒のコートを羽織る。目の前では今まさに、価値なき子の首を撥ねようと騎士の剣が振り上げられていた。


「ノア!」


 仮面をつける直前呼び止められ、振り返ると、


「んぐぅ!?」


 昨夜とは打って変わって、唇と唇が触れ合うだけの軽い口づけ。驚愕が脳を貫いたのち、甘い快楽が全身をピリリと刺激する。


「な、なにをいきなり、急に……!」


「行ってらっしゃい、の、ちゅう。私、なんだかハマっちゃったみたい」


 唇を舐めながら、うふふと照れたように笑っているメシア。不覚にも可愛いと思ってしまったし、言いたいことは山ほどあるが、今はそれどころではない。


「~~~~! 戻ったらちゃんと話し合おう!」


「あら、それは行ってきますって意味かしらぁ?」


「それもある! あるけど! 僕達の関係についてだよ!」


 これから大事(だいじ)を成そうとしている人間が、この快楽に溺れるわけにはいかない。その可能性があるからこそ、ノアは強く拒否を示しながら、


「行ってきます!」


 大事なことなので、きちんと言葉に出す。

 そうして仮面をつけると、ノアは一歩を踏み出した。

 助けての声に駆けつけ、助ける。救済という、ノアの掲げる理想の世界を体現するために。

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