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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
18/18

序章18話 ノアvsヨハネ 其の三

 目まぐるしく変わる視界に、どこから聞こえているのか判別できないほど連続している風切り音と爆発音。己の荒い息遣いだけが、自我を保つ唯一の手掛かりだった。


 ――ヨハネとの戦闘が始まって、どのくらい時間が経ったのだろうか。


 数時間のようにも感じられるし、数分と言われても納得する。それほどまでに、時間の感覚が混濁していた。ゆっくりと考えている暇などなく、ただ感じる。


 ノアの左目には途中で具現化した「物体の軌道を先読みする片眼鏡(モノクル)」が付けられており、方眼鏡と扉を駆使することによって辛うじて息を繋ぐことはできていた。


 ――子供達からの合図は、十個。


 神の力である『生命の鍵』で創りかえたことにより、救済は順調に進んでいる。あと一個の震号機が鳴れば、エレノアの救済が終われば時間稼ぎは終わり。

 あとは全力でここを離れ、子供達と合流すればそれぞれの役目は完遂したことになる。


 ――無理は禁物だよ、エレノア。


 向こうの様子が気になって仕方ないが、彼女は「任せて」と言っていたのだ。少なくとも、この合図が鳴るまでは彼女を信じるしかない。


 逸らしていた気を再びヨハネへと戻し、迫りくる竜巻と炎を何度も何度も躱す。的あてゲームと称していた奴は、ムキにでもなっているのかこれしかやってこず……認めたくはないが、正直ありがたかった。


 ただ攻撃が一辺倒だとはいえ、無限に躱し続けることなどできやしない。

 あと自分は、何分形態王国を維持していられるのだろうか。蓄えていた信仰心の残量が気になり始める、そんな時だった。


「……ふっ、飽きたな」


 ぽつりと、何気なく吐かれたヨハネの言葉。


 それはただの独り言だった。別にノアに対して向けたわけでも、殺意が含まれているわけでもない。

 にもかかわらず、当たれば必死の竜巻と炎が生み出す轟音よりも強力で、かつ恐怖を煽りノアが硬直させられる。そんな一言だった。


(炎と竜巻が――)


 目の前から消える。

 たった一瞬ではあるが、ヨハネの攻撃がピタリと止んでいた。

 まるでそう、嵐の前の静けさのように――


「これは――マズいッ!!」


 軌道を先読みする片眼鏡がパリン! と砕ける。

 奴の挙動を観察し、次なにが来るのか予測する間もなくノアは、扉を背中に具現化した。


(玉座の間の外、いやこれは!!)


 単なる直感だった。

 玉座の間の外では足りない。悟ったノアは王城の外、念には念を重ねて百メートル上空へと扉を繋げた。


 落下し風を切り、漆黒のコートがはためいている。メシアと出会う前に見ていたあの光景のように、遥か上空から王城を見下ろしている。


 そして視線の先に映る光景は、突如として玉座の間が爆発し王城が跡形もなく消えるという、ノアの想像を絶するものだった。


「そんな……!」


 百メートル上空にいるノアでさえ、熱風を感じるほどの威力。

 王城の中には貴族も、警備する騎士も、使用人だっていたはずだ。あそこは『王冠』で最も権威ある場所だったはずだ。


 それをヨハネ・ケトラルヒは、無造作に破壊し尽くしていた。

 いくらノアを殺すためとはいえ、ありえない。ノアは翼を具現化すると風を叩き、落下の速度を速める。着地の瞬間翼をはためかせ、ゆっくりと着地した。


「ふっ。なんだ、死んではおらんのか」


 王城を吞み込んだ爆発の中心部にて、ヨハネは佇んでいる。


「だがこれで全力を出せる。貴様の死も秒読みだな」


「……なぜ」


「ん?」


「なぜ王城を! 中にいた人たちを殺した!! この国を支える国民ではないのか!?」


 どれほど理想が歪んでいたとしても、ヨハネ・ケトラルヒは『王冠』の王だ。

 仮にも一国の王が、考えなしに国民を殺す。王城を破壊するのもありえないが、何よりも信じられなかった。


「なぜ貴様が怒っている。王城などまた創りかえればよかろう。一国を背負う私の心から、ストレスを排除するが優先される。それに――」


 ヨハネは本当に分かっていないのだろう、溜息を吐いて肩を竦め、


「――国民など、他にいくらでもいるであろう?」

「――――」


 その言葉にノアは目を見張り、ただただ絶句する。


(そう……か)


 たった今数人の国民を殺したこともしかり、価値なき子を生み出しているのもしかり、つまりヨハネは、国民一人一人のことなど考えていない。


 奴の頭の中にあるのは、国を管理することだけ。

 国を管理するために国民を、国民という記号でしか見ていないのだ。


「ヨハネ・ケトラルヒ……やはり貴様は、王足りえる存在ではない! 何が理想の国だ、何が"王界王冠"だ! 国民を蔑ろにする王など、それは理想の王ではない!」


 エレノアの過去を知り、一人一人を見ることの大切さを学んだ。全体しか見ないというのがこれほど劣悪で許しがたいのかと、ノアはもう耐え切れなかった。


 対峙したときからずっと抑え込んでいた怒りを、猛りのままぶつける。


「さて――神の子ノアよ」


 ヨハネはそんなノアの怒りを、まともに取り合わない。


 玉座の間という枷を壊したことで、先ほどとは比べ物にならないほど大量の支配の粒子が、〝神界王冠〟から解き放たれていた。


「最後は興が冷めてしまったが、それなりに楽しめたぞ」


 ヨハネの背後に控える四本の〝手〟が十倍以上も膨れ上がり、掌にはそれぞれの属性が集まっていった。


(これは……いくら扉で空間を繋げたとしても……)


 炎を司る〝手〟には太陽を陰らせるほどの炎球が。

 風を司る〝手〟には空を突き抜けるほどの竜巻が。

 水を司る〝手〟には天を溺れさせるほどの水量が。

 土を司る〝手〟には地を貫けるほどの巨大な柱が。


 玉座の間で振るっていたものとは、比較にもならないほど圧倒的な力の規模。

 逃げ場などどこにもない。これがヨハネの本気の、その一端なのかと、ノアの背筋は凍り付き戦慄が心を支配していた。


「私の前に現れてしまったこと。それが貴様の敗因だ」


 ヨハネは勝利を確信しているのか、温度のない声音で淡々と告げている。

 さらばだ、とつまらなさそうに吐き捨てた、その時だった。


「――来た!!」


 エレノアが救済を終えたことを知らせる、最後の震号機が鳴る。

 もう後がない、ギリギリのタイミングだった。ノアは待ってましたと言わんばかりに「掲げるは」口上を唱えかける。

 自分の役目は終わったと、早急にこの場を離れるためあるものを具現化しようとしたのだが、

 

「その必要はないわ、ノア」


「――メシア?」


 まるで時間でも止めたかのように、突如ノアの隣に現れたメシア。

 彼女は告げる。ノアよりも、ヨハネよりも、純粋たる神の力を解き放って。


「貴方をここから逃がすために……ここから先は、私の出番よ!」

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