序章14話 ノアvsヨハネ 其の二
ノアが生まれながらにして神の性質を持つ神の子なら、
ヨハネは人の身でありながら神の性質を持つ現人神と言ったところか。
どちらも神の性質を持つのであれば、勝敗を分けるのは信仰心の差だ。
「掲げるは剣! 万物を切り裂き、使い手に勝利をもたらす聖剣なり!」
水も音も光さえも、文字通り万物を切り裂くはずの聖剣。例えどれほど力の差があろうとも、人の体である以上当たりさえすればノアの勝ちだ。
「否定する支配者」
地面を駆け、重心を移動させて剣を振るうのと同時、ヨハネは術式名を唱えた。
自身の魔法をどのように使うか、それは想像の世界だ。ノアが口上を唱えるように、複雑な術式を魔法に組み込む場合、想像しやすいよう魔法名ではなく術式名を口にする者は多い。
ヨハネの描いた想像通りに支配の粒子は球体を描き、ヨハネの体を覆う。
《万物を切り裂く》ように具現化した聖剣と、《全てを否定する》支配の球体。ノアは渾身の力を込めたが、結果は火を見るよりも明らかだった。
(支配は人間以外にも有効か……!)
聖剣そのものを支配し《万物を切り裂く》という効果を失くす。分子レベルで支配を行い、分子間の結合を解除することで剣を破壊する。
(二つの効果の支配を一瞬で……)
バックステップで距離を取り、柄だけになってしまった聖剣に視線を落とす。
ヨハネは都度支配の設定をしている素振りはなく、暇もなかったはず。つまりあの「否定する支配者」とやらは自動で、ヨハネに攻撃が通らないよう支配を実行しているのだ。
(物理攻撃は意味がない、なら!)
攻撃する手は止めない。次は音の波、更に距離を開け無数の斬撃を飛ばしてみるが……無意味という結果は同じだった。
音の波は霧散し、斬撃は音もなく消えた。
(奴を倒すには、つまり!)
「否定する支配者」を突破するという、攻略方法を見出さなければならない。
(信仰心に差がありすぎる、今の我では正攻法では不可! ならば!)
「掲げるは扉! 空間を繋ぐ一対の扉なり! 掲げるは光! 敵を滅する破邪の光なり!」
ノアの眼前とヨハネの背後を繋ぐ扉を具現化し、眼前の扉の中に破邪の光を注ぐ。
ヨハネの背後、つまりは球体の中で破邪の光が満たされるが――奴の身に届く前に、〝神界王冠〟から新たに支配の粒子が生み出され、光は瞬く間に吞み込まれていった。
「温すぎる、これが神の子の本領か……?」
今度は自分の番とでも言うように、
「四元素の支配者」
支配の粒子は今度は五メートル級の〝手〟を四本描くと、ヨハネの背後に控えていた。
魔法の基本属性である、火・水・風・土の四元素。四本の内二本の掌に竜巻と炎の柱が発生し、ノア目掛けて放たれる。
「掲げるは顎! 魔を喰らう竜の顎なり!」
ノアの力が及ばないのはあくまでも、奴が直接生み出す支配の粒子のみ。ただの強力な属性程度であれば、対処は容易い。
右手の先に竜の顎を具現化するとそのまま殴りつけ、竜巻と炎の柱を喰らい尽くした。
「ふっ、よもや、最も愚かな迎撃をするとはな」
「―――ッ!」
喰らい尽くし、奴の攻撃を防いだはずの竜の顎が弾ける。
竜巻と炎の中には支配の粒子が紛れ込んでいたと、気付いたのはその直後。支配の粒子はノアを支配しようと、右手から呑み込もうとし――
「――掲げるは扉! 空間を繋ぐ一対の扉なり!」
間一髪といったタイミングで、ノアの背後に扉を具現化する。
急いで扉の中に飛び込むと、繋いだ先の玉座の間の外に出る。
「……ッ、ハァ、ハァ」
気付くのが少しでも遅れていたら、ノアは奴に支配されていた。
理解した途端に汗が滝のように流れ、動機が一気に荒くなる。
(一瞬も気の抜けない、闘いが、これほどとは……)
騎士と闘った時には感じなかった、死の予感。
ヨハネとの闘いでは感じる――どころか、死の予感しか感じない。
ノアの攻撃はまるで通じず、支配の粒子が一粒でもノアに触れたら終わりという精神的負担は尋常ではなかった。
国民を支配し、意図的に価値なき子を生み出しているヨハネを許せないという怒りを、死にたくないという本能が支配しようとしてくる。
「――いいや、これこそが、本当の闘いか」
ノアを奮い立たせるのは、ヨハネを倒し、人類を救う英雄になりたいという理想だった。
それに今、こうして闘っているのはノアだけではない。エレノア達も価値なき子を助けるため、各都市で騎士と死闘を繰り広げているはずだ。
よもや自分が弱音を吐いていいわけがない。
ノアは仮面の下で不敵に笑うと纏わりつく死の予感を振り払い、扉をくぐって死地へと戻る。
「ふっ、そのまま逃げていればよかったものを」
待っていたのは、再び竜巻と炎の連撃。
(白々しい……逃がすつもりなんてないくせに)
舌打ちの一つでもしたい気持ちに駆られるが、ノアは呼吸を正して冷静に対処を開始する。
真っ向から受けて立つ真似はもうしない。ノアは次から次へと扉を具現化し、空間の隙間を縫うように避け続けていった。
「ふっ、まるで的当てゲームだな」
言葉通りゲームでも楽しんでいるかのように、ヨハネは愉悦交じりに告げる。
前後左右息つく間もなく襲ってくる竜巻と炎、時には支配の粒子を、常に扉をくぐることで、逃げに徹することで対応する。
めまぐるしく変わる視界だが、ヨハネの位置と安全地帯は常に収めていた。
(ここが玉座の間で助かった)
実力差は歴然としているにも関わらず、ノアがここまで対応できている理由は二つある。
一つ目が、ここが『王冠』で最も権威ある玉座の間だということ。建物を壊さないよう、ヨハネは力を加減せざるを得ない。特に両脇にある歴代の王像付近においては、余裕をもって回避できるほど奴の攻撃は慎重になっていた。
二つ目が……これは、ノアにとっては嬉しい誤算だった。
――ヨハネ・ケトラルヒの力は、想像していたよりもずっと弱い――
もちろん全力を出せずにはいるだろうが、一千万人の国民からの信仰心を二十年も得続けていたとは到底思えない。
支配という理想の世界を実現するために、その力の大半を使っているためだろうか。
これならば、『王冠』の国民全員から信仰心を得さえすれば、十分勝てるレベルだとノアは踏んでいた。
(とはいえ、この場においてはジリ貧か……!)
ノアの形態は、信仰心を消費し力を行使する。
エレノア達からの信仰心が徐々に消費していくのを如実に感じ取っており――あと五分。それが形態王国の制限時間だった。
そして悲しいかな、計画を立てた時の予想通り今のノアではヨハネを倒せそうもない。奴の攻撃を避けることはできているが、ノアが攻撃に転じる隙はなく、仮にあったとしても「否定する支配者」を破れないからだ。
怒りは抑え、冷静になることで事態の把握を正確とする。そうしてノアは自分の役目を思い出していた。
(合図は、まだゼロか)
ノアの体には、信号を受信すると振動する小型の機械が十一個も貼り付けられている。
この十一個の機械全てが震えた時こそが、子供達全員の救済が終えた合図。時間稼ぎは終わり、ノアの撤退する頃合いだ。
形態を維持できなくなりノアが破れるが早いか、子供達の救済が早いか。
これは、そういう闘いになってしまった。
ノアは自分の力不足を嘆きつつも、子供達に託す。
(頼んだよ、皆――!)




