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ノアの掲げる理想の世界  作者: 可借夜
序章 理想の国『王冠』編
13/18

序章13話 ノアvsヨハネ 其の一

「この戦い、ヨハネが参戦してきた時点で僕達は負ける」


 エレノア達と作戦会議を立てていた夜、ノアはまずこの結論を持ち出した。


「支配されている国民を通じて垣間見ただけだけど、奴の力は僕より遥かに上……奴が参戦してくることこそが、考えつく最悪のシナリオだ」


 自分こそが一番優れていると自負している人物(ヨハネ)なら「自分が動いた方が確実」と考え、そうしてくる可能性は十分あった。なんとしてでも、これだけは止めなければならない。


 それに何よりも、今は無理だとしても、いつかは倒さなければならない相手。


 垣間見るだけでなく、奴の力を正確に把握しておきたい。

 故にこそノアはこうまとめる。エレノア達は各都市の「助けて」の声に駆けつけてもらい――


「――王冠の王ヨハネは、僕が食い止めるよ」



 一千万の国民を支配せし王、ヨハネ・ケトラルヒ。

 十五の歳に即位し、二十年ものあいだ『王冠』を管理し続けてきた。


 白い前髪は後ろに流れ顔立ちがよく見える。眉間には皺が刻まれており、眼光は飢えた野生生物のように鋭い。


 装いは騎士軍と同じく軍服だが、屋内にも関わらず上から純白のコートを羽織っていた。胸元には『王冠』の王を象徴するシンボル、天を貫く剣の勲章が針で止められている。


 体の線は細いがノアより頭一つ分は大きい。百九十前後はあるだろう。

 体格という面でも目を引くが、やはり最も注目せざるをえない箇所は頭上に浮いている王冠だ。


(あれが、この国の始まりか……)


 神々の授けし理想の世界。この国においては〝神界王冠(しんかいケテル)“。

 国民からの信仰心を束ね、戴冠者へと力に変え還元し、王の掲げる理想の世界を実現させている神性道具だ。


 古の時代、まだアルカディア大陸に国が存在していなかったころ。十柱の神々が降臨し、十人の王を選定した。王達はそれぞれの神から授かった神性道具を使い、各々が掲げる理想の世界を実現。そうして『王冠』から『王国』へ至るまでの十か国が建国されたというのが、アルカディ大陸建国史だ。


(壊せるか……? いや、無理、か)


 人のただの筋力で、鋼鉄を砕けるイメージが湧かないように、神々の授けた道具故か、あれは絶対に壊せない。即座に悟り、壊してしまうのも手という考えを放棄した。


(既に我は形態王国になっている。さあ、どうくる、王冠の王よ)


 ノアの役目はあくまでも、エレノア達の救済が完了するまでの時間稼ぎに過ぎない。

 積極的にノアから仕掛けるつもりはなく、むしろ、反撃にあいノアが破れてしまえばそこで終わりだ。本末転倒この上ない。


 奴の一挙手一投足に意識を張り巡らせる。これから何があっても必ず対応できるように、ノアは重心を落とし攻撃に備えていた。


「ふっ。貴様の目的は時間稼ぎか」


(……当たり前のように見透かされる、か)


「意気揚々と飛び込んだにも関わらず、攻撃の意思がまるでないのだ。当然であろう」


(我の心を読み会話をしてくる……洞察力も傑物の類か)


 いつか来る決戦の日のため、ヨハネの情報は一つも逃さない。

 ひとまずこのやり取りだけで、強大な力をもつただの王という線は完全に消え去った。


「ふむ……」


 ヨハネはニヤリと笑うと顎に手を添え、何かを考える素振りをする。


(時間稼ぎをしたいこちらとしては、ありがたいけど……)


 奴の頭の中では、一体どんな考えが展開されているのか。

 なぜ侵入者であり、ヨハネの理想に牙を向いている自分を即座に排除しようとしない。すぐ戦闘に入ると予想していただけに、この静寂が気持ち悪かった。


「いいだろう、貴様には少しばかり感謝している。お望み通り、時間稼ぎに付き合ってやろう」


「……感謝?」


 心当たりも、感謝される謂れもない。

 怪訝を隠しもせず言うと、何が面白かったのか、ヨハネは一層笑みを深めていた。


「二十年。私はこの国を管理し続けてきた。私の支配という理想のおかげで、この国からは殺人という凄惨な事件も、貧困に苦しむ者も、一生を独りで過ごす孤独者も、虐めという仲間外れもなくなった。まさしく理想の国に他ならない。私は十分満足しているのだよ」


 ……ただ、と奴は声のトーンを落とす。


「面白くはないのだよ、国を管理するなど」


「――。は?」


 今こいつは、何と言った?

 面白くないと言ったのか? 仮にも王が? 一千万の国民を導くべき統治者が? 国を管理することを面白くないと言ったのか?


 もはや怒りを通り越し、絶句して言葉を失うノア。

 奴は構うことなく、嬉々として一人語りを始めていった。


「最初の数年は満足感で心が満たされていた。なにせ、私の掲げる理想の世界が実現していたのだからな」


 しかし、とわざとらしく溜息を吐く。


「私も所詮は人の子だ。毎日毎日同じことの繰り返し、二十年も経てばさすがに摩耗はする。私の理想は特に、予想外のことなど起きんからな」


「…………」


「ああ、勘違いはしてくれるなよ? つまらんからと言って、王たる責務を放棄はせん。私はこれからも、一千万の我が民を支配し続け、この王冠を理想の国で在り続けさせる」


「…………」


「が、それはそれ、これはこれだ。王としてではなく、一人の人間としてこれまでを振り返り、これからを見上げた時、どうしようもない疲労感が私を襲ってきたのだよ……次第に、心からの笑い方を忘れていった。そんな時だ、貴様が現れたのは」


 疲れを演出していた口調から一変し、奴の声色が弾む。


「価値なき子を救う。国民を支配から救う。できるはずもないことを平気でのたまう貴様の姿は……ふっ、実に滑稽で愉快だったぞ! 腹を抱えて笑うなど何年(いつ)ぶりか、今思い返してもよじれそうだ!」


 口を抑えて堪えるが、耐え切れないと噴き出した。


「ふ、は! ふははは! いやぁダメだ、ツボに入ってしようがない。分不相応の夢を見る愚か者を目の当たりにするのは、大言であればあるほどなおのこと面白い! 最高の素材だったぞ貴様は! ふははははは!!」


 ノアをこれでもかと馬鹿にし、心から嘲笑っている。

 しばらくの間そうしたのち、ヨハネは浮かんだ涙を拭い満面の拍手をしていた。


「だから、貴様には感謝しているのだよ神の子ノア。私を心から嗤わせてくれて、本当にありがとう」


「――――」


「さて、私が付き合える時間稼ぎもここまでだが……せっかくだ。貴様には、この私に一つだけ質問をする権利をくれてやろう。これから貴様は死ぬのだからな、遺言だとでも思って、何でも聞いてみてくれたまえ」


 ヨハネは鋭い目つきに殺意を宿すと、頭上の王冠から支配の根源である支配の粒子が溢れ出した。

 粒子は控えていた公爵を、まるで喰らうように飲み込むと――ヨハネが指を鳴らし――玉座の間を出るよう支配されたのだろう、一礼しこの場を後にする。


 ここにはもう、『王冠』の王ヨハネと、神の子ノアしかいない。


「――ではお言葉に甘えて、一つだけ問おう」


 ここまで奴からの嘲笑を浴びて、ノアが思うことは――一旦は、何もなかった。

 ただただ、ヨハネ・ケトラルヒという人間はそういう奴なのだと、理解するだけに収める。

 堪えていた怒りを爆発させるのは、この問答が終わってからでいい。


「――価値なき子という存在は、貴方の意思ではないのか」


「…………」


 否定するか、はぐらかしてくるか……とにかく即答してくると踏んでいたが、ヨハネの口はピクリとも動かなかった。


 ならばとノアは畳みかける。


「貴方は各都市に一人ずつ価値なき子を用意し、私に挑戦状を叩きつけていたが……なぜ、こうも都合よく価値なき子を用意できた?」


「…………」


「価値なき子は支配の力が効かない? いいや違うそもそもが! 支配するつもりのない子達ではなかったのか!」


「……なぜ、わざわざそんなことを」

喪魂病(デリヴランス)による死から、国民を遠ざけるためだ!」


 ――喪魂病(デリヴランス)。それは『王冠』にのみ存在する国病で、支配される人生に魂が悲鳴を訴え始め、やがては死に至る。魂が限界を迎える病のため、治療法はない。


 発症するきっかけは、支配されることに魂が拒絶すること。 


「価値なき子が、支配されなかった人間が処刑される光景を目の当たりにさせて、殺されたくなければ支配されるしかないと、国民の無意識化に刻み付ける! 国民を処刑場に集まるよう支配していたのもこのためだ!」


 一昨日メシアの話を聞いていた時、これこそが、価値なき子と喪魂病を結び付け勘付いた事実。


「極めつけは――価値なき子は、貴方が王になってから生まれたらしいな」


 ヨハネの頭上に浮いている王冠は、国民からの信仰心を力に変える。

 そしてヨハネの支持率は、国民を完全に支配することにより史上最高の九十九パーセント。歴代の王よりも遥かに上なのだから、支配できず価値なき子が生まれた? そもそもが、ありえない話なのだ。


「答えろ……いいや、否定してみせろ王冠の王よ! 貴方が本当に、価値なき子を意図して生み出していないのならな!!」


 自分が全くの、見当はずれの言いがかりを述べているだけならまだいい。


 しかし、これが事実なら――

 奴の意思で、思惑で、エレノア達のような悲劇を生み出しているのなら――


 ノアは拳を硬く握りしめる。

 ただの時間稼ぎ。そんな予定など、もう頭の中になかった。


「…………」 


 ヨハネはなおも口を閉ざしている。

 ただ明らかにその表情からは笑みが消え、頭上の王冠からは支配の粒子が絶えず溢れていた。


「知っているか、神の子ノアよ」


 恐らくはそれが、奴の戦闘形態に入るルーティーン。白色の手袋を装着すると、口で引っ張り皺をなくす。


 途端に威圧感が生じ、その絶対的な死の予感から、怒りしかなかったノアが気圧されていた。最も権威のある場所であるこの玉座の間が、逃れられぬ檻の中に変貌したかのようだ。


「古来より、禁忌に触れた愚か者は例外なく処分されるのだよ」


 一歩、また一歩とゆっくり、ノアとの距離を詰めていく。


「貴様がただの、夢を見るだけの愚か者であったのなら一笑に付し、苦痛なく処分するに止めるつもりだったが――」


 五メートル。そこで奴は足を止めた。


 ノアにとっては、仮に弓矢が飛んできても咄嗟に不不可視の障壁を具現化できる距離。

 ヨハネにとってどのような距離かは、間もなく思い知ることになるだろう。


「――知るべきでないことを知った。貴様のその愚かしさは、万死に値する」


 次の瞬間、目の前で噴火が起きた。

 見紛うほど勢いよく、大量の支配の粒子が頭上の王冠から沸き上がっていた。


「~~~~!」


 ノアは反射的に、騎士のどんな攻撃をも防いで見せた不可視の障壁を具現化した。

 口上を唱えていたのはあくまでも、想像をより具体化するため。何度も具現化しているこの障壁であれば、省略しても問題なく具現化できる。


 念には念を入れて、障壁を二重の層にしたノアだったが、


(――駄目か!)


 咄嗟にその場を離れる。直後不可視の障壁は一秒とて支配の粒子を止められず、吞み込まれえ消えていった。


「ふっ、何かしていたのかな?」


 圧倒的な力の差を見せつけたヨハネは、白々しく告げる。


(……これが)


 一千万人の国民を支配し、二十年もの間信仰心を得続けている『王冠』の王。ヨハネ・ケトラルヒの力。


 エレノア達十三人の信仰心しか得られていない今のノアでは、絶対に勝てるはずがない。

 理解しつつも、ノアはこう返す。


「いいや、これからだよ。王冠の王、ヨハネ・ケトラルヒ――!」


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