序章12話 『王冠』動乱
――少女は己の運命を呪っていた。
なぜ自分は価値なき子になってしまったんだろうと、なぜ殺されなければいけないんだろうと――枯れ果てたと思っていた涙がまた溢れ、振り上げられる剣を見つめていた。
――少年は王に激怒していた。
そもそもなぜ人生を支配されなければいけない。支配されなかったからといって、殺されていい理由にはならないだろうと――唇を噛み血を滴らせて、王都がある空の向こうを睨みつける。
――少年は周りの人々を憎悪していた。
なぜ父と母は自分を見捨てたのか。自分のように支配されない人間がいるのなら、支配に打ち勝って、助けようとしてくれてもいいじゃないか。観客はなんだ、子供が処刑されるのがそんなに面白いのかと――観客を攻撃しようと魔法を放ち、しかし騎士に取り押さえられる。
――少女は――少年は。
『王冠』の各都市で、今まさに処刑されようとしている価値なき子。
抵抗などできるはずもない、したところで何かが変わるわけでもない。相手は騎士、敵は国なのだ。
だけど、無意味だと知ってはいても、殺されます「はい分かりました」とはならない。
抗いたかった、せめて……そうして少年らは、死の刹那思い出した。
つい一昨日『王冠』の理想に反旗を翻した者の存在を。価値なき子を助けてくれた人物のことを。
「助けて」の声に駆けつけ助けるという、彼の理想を。
本当は分かっている。そんな都合のいい世界なんてないことくらい……でも! 藁にも縋る思いで、少年らは叫んでいた。
【お願いします! 神の子ノア様!】
都市は違えど、時を、気持ちを同じくして、
【ぼく「わたし」を、助けてください!!】
その処刑は同時刻に行われる。だからこそ、彼女達が駆けつけたのも同じタイミングだった。
或いは王都で、或いはノーベン・ヴェルジュで、或いは最南・最西・最東の都市で、『王冠』の全ての都市で!
「来たか……」
騎士は剣の向ける先を変える。
突如として現れた、漆黒のマントを羽織る者へ。
【我々は、ノアの箱舟。神の子ノア様に付き従い、救済を理想と掲げる者】
エレノアは一冊の本を手に、スピカは炎を、アッシュは雷を……全ての都市に駆けつけた英雄は騎士と戦うため、各々魔法を展開させていった。
そして、処刑寸前だった価値なき子へ告げる。
あの時ノアがかけてくれた言葉を、今度は自分が。
【聞こえていたよ、君の、助けを求める声が!!】
――王城、玉座の間にて。
シャンデリアから放たれる白色の光が大理石の床を乱反射し、全体を淡く照らしていた。
ここは王が命令を下す場、『王冠』で最も権威のある空間だ。
王以外を見下ろせるよう階段の上には玉座があり、椅子はこの一つだけ。王以外は立つか、跪くかの二択を強制される。玉座から入口までは、王の通り道として最高級のシルクの絨毯が敷かれている。
両脇には十メートルを越える、各時代の王の像が建てられていた。素材は銅だったり、銀や金だったりと異なり、その王が得られた支持率によってよりよい物となる。
歴代の王の中で最も質の高い素材はダイヤモンドだが、今代の王は歴史上で唯一九十パーセントを越えている。退位後は最上の、白銀の像が玉座の裏に建てられることだろう。
最高の王であり、最強の王でもある十代目国王ヨハネ・ケトラルヒは、玉座に腰かけ高らかに笑っていた。
「なるほどなるほど! ああなるほど、そう来たか神の子ノアよ!」
この王城で、ここ『王冠』で、今愉悦を感じているのはヨハネのみ。処刑場にいる伝者からの報告をそのまま伝えた公爵は、ただそうしろと支配されているだけ。この国の誰にも「笑え」と支配していないからだ。
「価値なき子を英雄に仕立て上げた、か。ああ面白い。奴が何をするか予想せず正解だった、純粋にそうきたかと楽しめる」
予想などしようものなら、最も優れたる自分のことだ、こうしてくるかもしれないと案の中に入っていたはず。
「しかし、なるほど。創りかえる、それが奴の魔法か」
ただの子供が、二晩で騎士と戦えるようになるはずがない。
戦えるように変えたのはノアの魔法。そしてノーベン・ヴェルジュの一件から、ノアが自分を殺した次の瞬間生き返り、別人のように強くなったと報告は受けている。
「まさか自分だけでなく、他者も創りかえられるとは恐れ入った。脱帽、とはまさにこのことか……帽子ではなく、この王冠を取った方がよいかな?」
即位した日からヨハネの頭上に常に浮かんでいる、白色と輝く王冠。
指をさし公爵へ冗談めかして言うが、彼はクスリともピクリともしない。
「…………」
まるで自分が滑ってしまったかのように、微妙な沈黙が流れていた。
「……ふっ、私も独り言が多くなったものだな」
はぐらかすように言い、自虐的に笑む。
支配する側とされる側。ヨハネにとって他人とは『王冠』を管理するための駒でしかなく、同じ人間ではない。
理解者はおろか話し相手すらおらず、独りで国を管理し続けて二十年。
ここで公爵に「愛想笑いでもしろ」と支配すればそれで済む話ではあるが、ヨハネはこの力を、国の管理に必要なこと以外では使わない。
「神の子ノアの姿が見えぬのは気にかかるが、頃合いだな」
反応はないと分かっていても、いつしか考えや行動を口にするのが癖になってしまった。
「最も優れたる、この私自らが出陣する」
なんせヨハネは、自分は、この世で最も優れているのだ。
自分が動いて解決できない問題などない。
「私が留守にしている間に、もし異変でも起きようものなら――」
魔力ではなく、国民から得た信仰心を頭上の王冠に捧げる。
次の瞬間王冠は一層強く輝き始め、白色の粒子を放出させた。
《異変の原因を取り除き、即座に私に報告せよ》
この白い粒子こそが、ヨハネの理想である支配の源。公爵の体に溶け込めば、彼はヨハネの支配通りに動く。
そして『王冠』の国民の体には、この支配の粒子が一人一人に植え付けられているのだ。
価値なき子の処刑を楽しんで目撃しろと支配すれば、国民全員が処刑場に足を運ぶ。
『王冠』が繁栄するよう国民一人一人の人生を設定しろと、その地の領主である貴族を支配すれば、一千万人の人生計画書ができあがる。
白色の粒子があるからこそ、それを生み出す頭上の王冠があるからこそ、ヨハネの掲げる理想の世界は実現している。
「さて、価値なき子全員を人質に取れば、奴はどんな行動を起こすのか……実に愉しみだよ、神の子ノア」
心が躍る。
足取りは軽く、ステップでも踏んでしまいそうなほどだ。
「……さすがに、最も優れたるこの私ですら、これは予想できなかったぞ」
扉の開く音がした。
誰が入ってきたかなど、その者の発する神性の気配によって一目せずとも瞭然だった。
どうやって、かは考えるまでもない。自分と同じく神の力を宿しているのだから、王城に侵入することくらい容易いだろう。
考えるべきはなぜ、だが、まずは歓迎すべきだ。
奴はたった一人で、敵の本拠地である王城へと乗り込んできたのだから。
「――ようこそ、神の子ノアよ」
漆黒のコートを纏い、仮面を付け現れた。
神の子ノアは、絶対に勝てるはずがないほど、圧倒的な実力差があるにもかかわらず、堂々と胸を張り言った。
「お初にお目にかかる、支配を理想と掲げる最悪の王よ……我に敗れる王がどれほどのものか、確かめるために参りました」
ヨハネの眉がピクリと動く。
自分は最高であり最強の王だと自負しているし、結果もそれを証明している。
最悪などと言われたのは、人生で初めてだ。
「……なるほど、早速愉しませてくれる。ならばこちらも、相応の礼をせねばならんなぁ」




