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日英同盟不滅なり  作者: 竹本田重郎


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第6話 ミュンヘン協定

ミュンヘン協定が締結された。




「終わった。見捨てられ打ちのめされたチェコは沈黙と悲しみに包まれて闇の中に退場する。われらの護りは恥ずべき無関心と無能にあったこと、われらは戦わずして敗北したこと、その敗北が後にまで尾をひくことを知れ。これは終わりではない。やがてわれらに回ってくる大きなつけのはじまりにすぎぬ」




 チャーチルはミュンヘン会談の一報を聞いて大いなる失望を示す。宥和外交もここまできたのかだ。イギリスやフランスはナチス・ドイツに譲歩するが遂にチェコ・スロヴァキアを見捨てたのである。ズデーテン地方の割譲を認めたことでドイツは一層も拡大した。確かにソビエト連邦に牙を向けさせようと誘導工作は一定程度だけ理解できる。とはいえ、チェコ・スロヴァキアを犠牲にすることはいただけなかった。




 イギリスとフランスの国内での反応は意外と良好であることが全てを表している。前大戦の記憶から中小国を犠牲にしても戦争を回避したことは功績に足りた。チャーチルの苦渋と反対に国民は楽観的である。チェンバレン首相に対する称賛の声が相次いだ。




「日英同盟こそ世界を動かすべき。今こそ行動を開始する時だ」




 ミュンヘン協定締結を受けて大日本帝国は非難声明を発する。チェコ・スロヴァキアの意思に反する大国による一方的な変更は認められなかった。日英同盟があれど間違っているところを間違っていると正しく指摘する。水面下で首脳陣を入れ替える動きが始まった。次期首相はチャーチル卿で確実視を得るために連携を強める。海軍や空軍に精通する立場から合同演習の実施を手繰り寄せた。




 日本が敵対するソビエト連邦の海軍力はたかが知れている。それ以前に主戦場は大陸と見積もられた。海軍の出番は少ないと予想される。対ソと対独を兼ねて大西洋から北欧諸国が浮上した。日英同盟に基づく演習と称して合法的に艦隊を派遣しよう。前大戦時にドイツ海軍はUボートだけでなく海上艦が猛威を振るった。ソ連は海軍でないがフィンランドを窺っている。したがって、日本の長期的な防衛戦略からしても大西洋に覇を唱えることは間違っていないのだ。イギリス海軍としては日本海軍と連携することで隙を無くす。シンガポールやインドなど植民地は日本に守ってもらい本国の防衛に集中した。




「よって、私はアジアの領土に関しては日本に委託すべきと進言する」




 さすがチャーチル卿で爆弾を投下することを欠かさない。それはさておき、イギリス海軍はナチス・ドイツやファシスト・イタリアを牽制すべく日本海軍と合同演習の延長と拡大を発表した。ミュンヘン会談の結果次第では終了もありえる。このような結果となった以上は圧力を強化した。大西洋から地中海などヨーロッパの海は日英同盟の所有権である旨を主張する。特に地中海に関してはイタリア海軍のお庭だ。燃料節約を看板にスエズ運河を通過して威光を振り撒くような航路を採る。




「なんならエジプトも委託していいぐらいだ」




 どこまで爆弾を投下すれば気が済むんだ。




=イギリス海軍・アレクサンドリア海軍基地=




「赤城と加賀。第一世代の大型空母だ」




 スエズ運河の価値は正しく知れなかった。喜望峰回りに比べて約20%も燃料を節約できる。地中海にダイレクトにアクセスできる点は魅力的に尽きた。現在はイギリスが掌握して管理を担う。国際的な要衝であるが故に陸軍基地と空軍基地、海軍基地の全てが揃った。




「なんとか拡張工事が間に合っている。救民の公共事業にして海運を効率化する。表向きだけは立派だった」




「紅茶でも」




「お、これはありがたい」




「いいえ、長旅ご苦労様でございます」




 日英海軍合同演習に向けて先行組が到着する。今回は初めて空母部隊の連携を確認するため、第一世代型と呼ばれる赤城と加賀が派遣された。イギリス海軍はアークロイヤルを預けている。現時点での空母戦力は日本海軍が圧倒的だった。条約を実質的に無視した建造で批判を集める。しかし、作ってしまったものはどうしようもなかった。イギリス海軍はアークロイヤルを基本にイラストリアス級空母を建造中だが、あと1年はかかると見込まれており、日本海軍の空母部隊と連携して抑え込みを図る。




 日本とヨーロッパの連絡を強化すべくスエズ運河は救民事業と称して拡張工事を実施した。世界恐慌により失業者があふれると公共事業で救済を図る。日本企業もノウハウを蓄積するために参加した。しかし、実際は軍拡の一環に過ぎない。海軍で計画された大型艦が円滑に通過できる余裕を設けると同時に管理施設と称して要塞化も進めた。




「元が戦艦なだけはあって大きいですな。アークロイヤルが子供に見える」




「恐れ入ります。ただ搭載機数は60機と少なかった。これは量産型の中型空母と変わらない。甲板など装甲化されていると雖も物足りなかった」




「まだ基地航空隊と合算できることが幸いですかな」




「はい。太平洋のど真ん中では厳しいが、地中海ならば戦いようはある。20cm砲を無くして高角砲を増やしたが、イタリアの戦艦と巡洋艦はアウトレンジで叩き、地中海に出られないよう封鎖せねばなるまい」




「スコーンもどうぞ」




「あ、これは失礼」




「物事は紅茶とスコーンを嗜んでいる間に解決するものです。どっしりと構えましょう」




 今回の演習では日本海軍の赤城と加賀、イギリス海軍のアークロイヤルの空母3隻を中心とする。巡洋艦と駆逐艦も含めて実戦を想定した。細部まで動きを確認する。海軍の演習と言い張る割に空軍の基地航空隊も参加予定だ。一連の流れからして地中海を封鎖する大作戦を思わせる。ヨーロッパからアジア方面を短絡する海を封鎖した。友達だけで仲良く使用する。軍事的にも経済的にも世界を出し抜くことができた。しかし、周辺諸国から反発は必至である。現にイタリアとドイツはカウンターの用意があると警告してきた。




「いざ戦争となれば…」




「ここが激戦地となります。間違いありません」




「航空機運搬艦が有効になりそうだ。地上基地と海上空母を中継することで効率的な運用を手繰り寄せる。空と海は任されたが陸はお願いしたい」




「私は海軍の者ですが、よく存じております。しかし、満州は大丈夫なのですか?」




「私も海軍の者だが、そこは大丈夫だ。確かに地上部隊は心許ないが大規模な航空隊が展開している。中華内戦の反省から空から徹底的に叩く。我らの海軍航空隊もな」




「頼もしい。ぜひ、こちらに来ていただきたいぐらいだ」




 将校たちは束の間の休息に交流を楽しんでいる。歓待として紅茶とスコーンが提供された。お互いの文化を知り合うためにも艦隊随伴の給糧艦が人員を派遣して質を高める。国際的な繋がりの中でも日英同盟は仲の良さで随一を誇った。政治家の上層部はともかく現場単位ではまったりとゆったりと過ごす。




 彼らの前で赤城と加賀、アークロイヤルが並んだ。アークロイヤルは英国仕込みの木製甲板の仕上げを主張する。赤城と加賀は装甲甲板をピカピカに太陽の光を反射させた。軍艦とは平和なときであれば優雅で優美である。なんと美しい芸術品であるか紅茶とスコーンが止まらなかった。




「潜水艦が怖い」




「なんと?」




「いや、独り言だから気にしないでくだ」




「あなたもそう思いますか。私も同感でして、今はまだしも、いざ衝突すれば」




「敵地と近いですからな。潜水艦でなくとも奇襲攻撃を受けやすい。これだけの大艦隊がいるからと油断しがち、むしろ、大艦隊であるが故に足元が見えなくなった」




 まもなく、アレクサンドリアは夕暮れを迎えようとしている。




続く

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