第13話 イスパノと共に
「エスベーが国境線を超えた! 爆撃に向かっている!」
「全機発進! 俺たちのタイフーンで迎え撃つ! イシャクは九七式に任せた!」
前線監視所から緊急通報が届けられた。ソ連機が国境線を超えて来ることは日常的だったが、エスベーことSB爆撃機が編隊を組んでいる。示威行動にしては本格的過ぎた。イシャクことI-16の群れが低空を飛ぶ。一挙に制圧すると叫んでいた。これを受けて航空基地より戦闘機隊が緊急発進である。
I-16の侵入に対しては九七式戦闘機と試製軽戦闘機と試製重戦闘機が立ち向かった。その中には海軍基地航空隊の九六式艦上戦闘機(地上仕様)と試製艦上戦闘機(地上仕様)が混じる。絶好の試験場であると贅沢に飛び立った。なんなら、イギリス空軍も参加しての大騒ぎである。
エスベーの高高度侵入に対しては和製ハリケーン部隊が向かった。対地攻撃用と言うが20mmイスパノ機関砲の火力は爆撃機にこそ威力を発揮する。1100馬力のマーリン液冷エンジンは高高度でも出力を維持した。まだ6000m程度のためスーパーチャージャーで対応できる。
「エスベーの弱点は後部銃座だ。スペインじゃ最速だったかもしれないが今は俺たちの方が速い。最大風速で荒らす!」
「了解!」
「今日は詰まらないでくれよ…」
「60発しかないからな。正確にぶち当てろ」
「一連射でもあたりゃ、すぐにお陀仏だ」
ソ連人民空軍は日ソ国境線の小規模な戦いから戦術を変えて来た。I-16は互角の戦いをできる。一方のエスベーは速度優位を失って被害が続出した。エスベーは思い切って高高度に配置してみる。エスベーの後期型は高高度の飛行性能を向上した。日本軍の軽戦闘機は息切れしてついてこれない。爆撃の精度こそ低下するが安全性を高められた。
これで戦えると思われたところへハリケーンが殺到する。低空のイシャクは軽戦闘機たちに任せて高度6000mを目指した。マーリンの調子は良好である。イギリスから純正品を持参してもらった。部品も純正品で固めていれば一定の稼働率を保つことができ、ライセンス生産も当初の姿勢から一変して承認を得たが、実際に作れるかは別の問題である。ロールスロイス社を招聘して川崎重工業と愛知航空機が複製から国産化を目指した。
「どこかにいるはずだが…」
「いました! あそこ! 下方です!」
「よし! 吉沢! 一番槍で行けぇ!」
「いきます!」
両眼を見開いて索敵していると古めかしい設計の双発爆撃機を見つける。スペイン内戦ではスピードスターを誇ったがハリケーンの前に散るがよかった。一機がバンクを振って先頭に出る。皆の誘導を兼ねて緩やかに降下していった。その先でエスベーが優雅に飛行している。まさかヤポンスキーの戦闘機が自分達よりも上にいるとは冗談でも話さなかった。先のロシア帝国の時代に限りなく敗北に近い引き分けに終わったことを忘れている。
和製ハリケーンは主要に九九式二十粍固定機関砲ことイスパノ・スイザを4門装備した。20mmの大口径機関砲である。7.7mmや7.92mmの小口径が主流の中では異端だった。低空襲撃の際に装甲車や軽戦車を破壊するために用いる。しかし、エスベーに限らない爆撃機を叩き割ることもできた。爆撃機は大柄のため小口径の機銃を撒いても有効打を与え辛い。20mmの炸薬が入った機関砲弾をぶつけて主翼やエンジン、機首を粉砕する方が効率的だった。
「くらえやぁぁぁ!!」
今まで散々悩まされてきた厄介なエスベーを粉砕する。1門あたり60発のドラム式で心許なかった。さらに、給弾不良を起こして弾つまりを頻発する。したがって、連射に次ぐ連射は推奨されずパッパと軽くに止めた。
ドドドドドドドドド!!
7.7mmの軽い連射とは比較にならない。約3倍の口径から重々しい音が鳴り響いた。自機が後退するのではないかと錯覚しかねない。もう大砲のように思われた。炸薬入りの砲弾が右翼部に吸い込まれる。最初の弾はションベンと垂れて外れた。彼我の距離が縮まると自然に収まってくれる。まだ改良の余地は残されていた。
「どうだ!」
「やったぞ! 右翼がもげた!」
「どんなもんだ。エスベーもお終いにしちゃ」
「銃座が狙っているぞ! そのまま切り抜けろ!」
「了解っと!」
敵機は右翼と胴体に別れを告げると錐揉み状態に陥っている。さすがの威力だ。一連射で主翼と胴体を切り離してしまう。敵爆撃隊は明らかに動揺していたが、集団的自衛権の行使と銃座が火を噴き、7.62mm機銃の銃座がわかりやすく狙って来た。こういう時に航空無線機があるとタイムラグを最小限に意思疎通が行える。今も雑音だらけだがノイズを上回る程の叫びで補った。
「良い機体だ。こんなに振り回せる。古いことは弱点じゃない」
「行きます!」
「後ろに控えてるからな! すかしても良いぞ!」
「嫌です! きっちり仕留めます!」
初めての実戦で浮つかないか心配だったが、ハリケーンの強みを活かせており、中隊長は一安心である。12機で10機以上のエスベーを食い散らかした。数的優位はもちろんのこと質的優位を得ている。しかし、ハリケーンは一部に木材や布材を用いて全金属製の近代的とは言えなかった。この設計が幸いして修理は容易くて歓迎される。機体に余裕があり改良も行うことができた。初期型は古い設計だがこの後のモデルは順次近代的に変わっていく。
「あっという間に最後の一機だ。爆弾を捨てたみたいが逃すなよ」
「中隊長が仕留めてくださいよ。お手本をお願いします」
「いいだろう。よく見ておけ」
「はい」
敵爆撃隊の動揺から弾幕が薄まると食い荒らしは加速した。まだ30分も経過していないがエスベーは1機だけ残されている。ソ連兵にしては上手く逃げていたが悪足掻きに過ぎなかった。彼らは面白ぶって中隊長に献上する。中隊長はベテランらしく全体を俯瞰して正確な指示を飛ばしていた。指示を飛ばすだけではつまらない。中隊長らしきお手本を見せてもらおうと素晴らしい舞台を整えた。すでに敵機は爆弾を投棄している。機体を軽くするとフルスロットルで上昇に走った。単発機よりも双発機の方がパワー自体は上である。
中隊長は歴戦らしく危険を承知で銃座のある後部から狙った。7.62mm弾がシャワーと降って来るが意に介していない。エスベーは2つの銃座を一人で操作する配置が存在した。このせいで銃手は混乱に拍車がかかり、碌に照準をつけられず、無駄に弾を吐き出している。多少被弾しても木材又は布材で貫通するのみだ。パイロットは防弾ガラスと防弾板に守られている。
「ここだっ!」
渾身の一撃は左翼のエンジンを穿った。燃料に引火したようで忽ち火に包まれる。左翼は炎に塗れて胴体と分離し墜落を開始した。せめて、搭乗員は脱出してほしい。あいにく、自機が大炎上している中では不可能なことだ。それ以前に搭乗員の全員分でパラシュートが用意されているか。撃墜を確認するために見送りたいが高度が高度のため断念した。この場合は撃墜未確実となるが構わない。
「全員無事だな? 燃料などに異常はないか」
「ありません!」
「ちょっと涼しいぐらいです」
「機体に穴が開いているかもしれない。無理するな。沢田を守るように飛ぶぞ」
「すいません」
歴史的な戦果をあげてみせた。和製ハリケーン中隊はエスベー爆撃隊を相手に敵機の全機撃墜を果たす。被害と言う被害は見られなかった。パイロットに負傷もない。しかし、今日は迎撃戦のため落下式増槽を持たなかった。さらに、被弾した機も確認できて無理せず帰投を選ぶ。
「ハリケーンに敵はなく」
続く




