第10話 辛うじて間に合った
=北海道・函館=
北海道の函館は豊かな都市だった。
「ふぅ辛うじて間に合ってくれた。よくやってくれたが次なる艦艇が待っている」
「今度は何です?」
「空母だ。それも1年から2年で作れとな…」
「えぇ…無茶を言う」
「まぁ、ノウハウはある。言われると思っていたよ」
函館造船所は民間向けの大型船舶を建造している。世界恐慌に瀕すると公共事業の一環で造船業を増強した。小樽と室蘭に支部を構えて小型船舶はそちらに任せると大型船舶に集中する。しかし、戦争の波が着々と寄ってくることを感知した海軍から洋上造船所を稼働するように命ぜられた。最初は何を言っているのか理解できなかったがじきにわかる。
「扶桑と山城を大改修したんだ。できるさ」
「お国のためにやりましょうか。故郷まで鉄道を敷いてくれました。恩を返さねば」
「だなぁ」
日本海軍の依頼は扶桑型姉妹の大改修だった。まさかの話である。いかに大型の乾ドッグを有していると雖も超弩級戦艦を収めることは困難だ。増強したのは支部の新設であって本部はさほど変わらない。軍艦をいじるノウハウは持ち合わせておらず、無茶だと言い張ったが、受け入れられなかった。もう滅茶苦茶だとため息をつく間もなく現場が用意される。
彼らの職場は浮き船渠だった。すでに新型巡洋艦の建造で用いられて利便性の高さを認識している。日本海軍は条約逃れの一環に浮き船渠を多数揃えた。陸地では監視を被るが洋上であれば届かない。離島や内海であれば周囲を遮断して秘匿を確保することができた。さらに、浮き船渠は分解して南方諸島など遠隔地に展開して応急修理するなど使い勝手に優れる。
今回は超大型の分離型が派遣された。4個のブロックから構成されて一つに合体すると最大9万トンまで対応できる。扶桑型が丸ごとすっぽりと収まってしまった。これで土台は確保されたがノウハウに欠ける。同社は熟練工を抽出したが初めての経験で不安を拭えなかった。海軍は織り込み済みと工作艦の『豊橋』『青森』を派遣している。必要な物も一緒に運んでくれる上に工作艦から浮き船渠に受け渡しを行い作業効率も高められた。
「あれから随分と見間違えたな。スッキリしている」
「副砲を全廃して高角砲に変えています。高射機銃をたっぷりと載せましたのでスッキリとは…」
「そうかな。私にはそう見える。まぁ、いい。これで戦える」
「艦隊防空型戦艦に生まれ変わりました。山城も同様に伊勢型は一層も」
「老齢艦の生き方である。皮肉だが、もっと老齢な金剛型は巡洋戦艦だったから、快速を活かして空母護衛に対応し切った。長門型は主砲火力で戦えるが扶桑型と伊勢型は戦えない。こうして思い切った改革でなければ…」
「よくイギリスが認めましたね。自分たちは戦艦を捨てたのに」
「練習艦で残っている。そこは折り合いがついているんだ」
大改修の開始から約3年を要したことはノウハウの蓄積を兼ねている。熟練工だけでなく新人にも経験を積ませた。いざ戦争が始まれば洋上での応急修理だけでなく本格的な修理も考えられる。1日の遅れが敗北を招くの若干の精神論から人材の育成を急いだ。どれだけ物資と金銭があっても人材がなければ何もできない。徴兵からも除外されている程に重視していた。
肝心の改修内容は多岐にわたる。昨今の海軍情勢の変化に合わせて広範なテコ入れだ。主要な部分をかいつまんでいく。火力面では主砲は変わらず、副砲を全廃する代わりに12.7cm連装砲を増設し、高角機銃も40mmと20mmを200門以上も追加した。これにより対空火力を大幅に強化して対空戦艦と言うべき。防御面では主要区画の装甲を厚くして急降下爆撃や砲撃の耐性を強めた。バルジは新しい物に変えて水雷防御も向上させる。さらに、扶桑型に限らないが応急修理要員を設けて被弾時のダメージコントロールを意識した。最後に速力であるが大改修に要した年数からもわかる通りで抜本的に変えている。新型戦艦のテストと言わんばかりに大出力に換装されて最大30ノットまで引き上げた。これにはイギリスのパーソンズ社の助力を得ている。
「一番はデカい艦橋に大きな電探と小さな電探だ。イギリスに言われなければ無視していた電子兵装を積んでいる。理論値だが100キロ先の目標を認識できた。精度は今一つだが上手く動けば」
「先手必勝のために先に見つけなければなりません。攻撃でも防御でも共通しています。まさか自国の技術に隠れているとは…」
「伝統ばかり重んじることも考え物だ」
一気に近代戦艦まで戦闘力は引き上げられたが対空に重点を置いた。16インチこと41cm砲に変える計画もあったが相応の効果を見込めずに流れている。その代替が対空火器の充実化だ。イギリス海軍よりも早く航空機主力に切り替えた以上は対策を講じなければアンバランス。イギリスに言われて気づいたが世界最先端の電探ことレーダーを装備した。
レーダー自体は八木博士と宇田博士の特許を保護している。帝立東北大学工学部を抱き込んだ。彼らは日夜新型の開発と従来型の改良に努める。恥ずかしい話であるが同盟国のイギリスから指摘された。ようやくレーダーの重要性に気づく。艦載型は限られたスペースに設けた上に限られた電力で稼働した。どうも不安定で信頼に欠けて補助が精一杯らしい。しかし、先に見つけることができればだ。少なくとも、無駄な被害を抑えられる。
これら電子兵装から得られた情報は防空指揮所で一元的に管理した。そこで各々の火器が担当する空域を設定する。最初から担当空域を設定しておくことで無駄に考えることをなくした。最初から最大の防空火力を発揮して艦隊の傘を務めることに期待する。このような艦隊防空の要となる大改修は山城はもちろん、後継である伊勢と日向でも実施された。伊勢型は改良型として扶桑型と比べ高角砲と高角機銃を多く構える。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。電探が潰れても高角砲が24門と高角機銃が200門以上もあれば多大な抑止力を発揮した。まず雷撃機は通さない。急降下爆撃機は難しいが狙いを狂わせるぐらいは…」
「はいはい~失礼しますよ~」
「なんだ、どうした。誰も頼んだ覚えはないぞ」
「えぇ、頼まれず、勝手にやってますから。なに、今日ぐらいはです。いか飯をご用意させていただきました」
「おぉ! よきかな、よきかな」
艦長たちが語り合っているところへ炊事班が乱入した。普通は叱責するところだが美味い飯を前にして怒りはフッと消える。扶桑の大改修を無事に終えたことの祝いだ。ご当地の飯である『いか飯』が拵えられる。スルメイカが大漁で兵隊向けのご飯と提供された。スルメイカの内部に甘辛く煮られたご飯がぎっしりと詰まる。美味いことは当然として腹持ちも良好だった。大改修を完了して終わりではなく改めて習熟の訓練が待っていよう。日本海軍の伝統である月月火水木金金の休みなしだ。
「美味いな。全員分あるか」
「当たり前です。そんな馬鹿じゃありゃしません」
「よろしい。これから地獄の訓練が待っている。私も参加するが心身ともに美味い飯で揃えなければならん」
「任せてください。食材さえあればですが…」
「む、そこは私にはどうにもできん。しかし、給糧艦は多く構えたから安心しろ」
「それなら安心できます。いざと言うときは小銃を持ちますが、普段は料理道具を担いでますので、碌な戦力になりゃしません。兵士の腹を満たし続ける。それが詩賦事です」
「わかった、わかった」
扶桑型と伊勢型の大改修は辛うじて間に合う。もしかしたら、実戦が習熟を兼ねるかもしれないが、刻一刻と世界が爆発する時は迫っていた。その時まで研鑽に励み新たなる牙をむく。
続く




