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     その4

 さて、どうしたものか。

 あるはずのない忘れ物を取るために鑑賞室を出た煉は、意味もなく渡り廊下をうろついた。

 ヴァイオリンもなければ手持ち無沙汰だ。通常の音楽科生ならば校内演奏会で弾く予定の曲の譜読みをするところだが――浅野煉はポケットから取り出したイヤホンを耳に着けた。

 すぐさま再生される『パガニーニによる超絶技巧練習曲第三番ラ・カンパネラ』。

 演奏する際に先入観を与えてしまうため他人の演奏は極力聴かない方がいいことは煉とて知っていた。が、表現を気にする余裕は、今はない。解釈だの気にする前に、楽譜通りに演奏できなければ全く意味がないのだ。そして煉は、未だに譜読みが出来ていなかった。

 手取り早く曲を覚えるには演奏を聴くのが一番だ。楽器がないのでイメージトレーニング。演奏に合わせて左手の運指を確認し、覚える。

「ずいぶんと熱心なことだな」

 揶揄を多分に含んだ言葉を投げつけられたのは、ちょうど再現部に入った時だった。

 楽譜整理をサボっていることがバレたか。思考を演奏から引き剥がして顔を上げた。そこにいたのは、生活指導の教師ではなかった。しかし生活指導よりも厄介な相手だった。

「浅野……だったか、今は」

「教師を名乗るんだったら生徒の名前くらい覚えておくことだな」

「悪魔が被った皮の名前なんぞいちいち覚えていられるか」

 教師と生徒が出会い頭に嫌味の応酬。事情を知らない学校関係者が見たら目を疑うであろう光景だ。

「それにしても貧相な身体だな。地獄の主の名が泣くぞ」

 表向きは社会科担当の松山先生。その実態は教会が派遣した悪魔祓い。三百年前ならば問答無用で切り掛かってきたであろう悪魔の天敵だ。

 しかし相互不干渉の協定が結ばれてからは、監視のみに留まっている。人に害をなさない限り、悪魔払いといえども悪魔に手出しはできないのだ。

「浅野煉だ」サマエルは胸を張った「この身体への侮辱は許さないぜ」

「奪った『盗品』を誇るな。人の肉体を着た悪魔め」

 侮蔑を込めて吐き捨てられる。好きで他人の肉体を着ているわけではない。肉体がなければこの世界に存在できないのだから仕方ない。しかし、悪魔払いの松山からすれば悪魔の事情など知ったことではないのだろう。

 悪魔に相応しく、煉は不敵に微笑んでやった。

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