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八話・アリンの木の下で

 時が経つのは早く、レイシンの体は大分癒えてきた。さすがに戦闘は無理だが、日常生活は何とか過ごすことができる。大体の治療が終わったので、本当はすぐにでも朱雀城に帰還しなければならないのだが、居心地が良くてつい長居してしまう。

 しかし、元々レイシンはジッとしているのが得意ではなく、与えられた部屋から抜け出し、庭などを探索している。一人が寂しいというわけではなかったが、元々自分の部屋でないところで寝るのは苦手なのだ。つい、外へ逃げて木の下や上、草むらなどを求めてしまう。

 今日も探検していると甘い匂いがレイシンを惹きつける。足を運ぶとアリンの木を見つけた。

 木の下に腰を下ろし、空を眺める。白い雲が漂い、鳥がアリンの実をつつき歌う。

 平和だ。剣を振り回すのも体を動かすこともできないので退屈と感じるが、それよりも何もする気が起きない。あの時からレイシンの心は空っぽになってしまった。

 無気力で動くのも億劫で、まるで世界から色が抜け落ちたように何も感じない。思考することすら面倒で目を閉じ、意識を放り投げようとする。

「お前、見ない顔だな」

 腰に手を当て、レイシンを見下ろしている少年がいた。身なりは良く、いかにも良いところのお坊ちゃんだ。それもそのはず、緑の目と髪を持つのは白虎族の王族だ。

 普段のレイシンだったら形だけでも、礼をするが一瞥しただけでまた目を閉じてしまう。

「おい、人が声をかけたのに無視か? 俺が次期白虎王と知っての所存か!」

 レイシンの態度に少年が声を荒げると、ゆるやかな風が肌を撫でる。少年の仕業だと分かったが、人を痛めつける威力のものではないので過剰に反応はしない。ただ、威嚇するような子どもらしい可愛い悪戯は微笑ましいが、今のレイシンにはうっとうしく映る。

 仕方なく目を開けるが、目蓋は意思とは反対に下がっていく。虚脱状態のレイシンは一日のほとんどの時間を睡眠に費やしている。

「こらっ! 寝ようとするな」

 少年が近づいてきてレイシンを起こそうと手を伸ばしてきた。他人に触れられるのは嫌だが振り払う気力さえない。思ったよりも冷たい手は気持ちが良く、目を細めてしまう。

 反対に少年はしかめっ面をした。

「熱があるじゃないか。お前、しっかりしろ!」

 そんなことを言われても困る。とろとろと睡魔が襲ってきて、すぐにでも目を閉じてしまいたい。

「誰か! おい、誰かこい!! ここに病人がいる。聞こえたなら直ちに来い!」

 少年が必死に声を張り上げる頃、レイシンは耐えきれられずに夢の中へと旅立った。




 額に冷たい布が当てられ、レイシンは覚醒した。体を包む暖かいものは先ほどまでなかった。辺りを見回すと、部屋に戻されたようだ。

「起きたか」

 明らかに機嫌が悪い少年がこちらを覗き込んでくる。誰だったかと記憶を辿り、寝る前に会った白虎王の息子だと思い至る。

「貴方が運んでくれたのか? それとも、呼びに行ってくれたのか? 感謝する」

 運ぶにしては少年の体は小さい。レイシンよりも少し高いが、少年の足運びなどからは武術を習っている気配を感じられない。良くて、習い始めくらいの未熟なものだ。

「心の篭ってない謝辞などいらん」

 吐き捨てるように呟く。子どものとる態度に見えないが、王族らしい特有の傲慢さは嫌味にならない。レイシンは取り繕うのを止め、本音を語る。

「そうだな、取り消す。あのまま捨て置いてくれて良かったのに」

「何だと?! わざわざ、この俺が、直々に運んでやったのに」

「別に頼んでない」

 もう話すことはないと、レイシンは目を閉じる。

 少年が文句を言おうと口を大きく開いた時、部屋の外から誰かが走る音が聞こえてタイミングを逃してしまったようだ。レイシンには相手が誰だか分かっていたのだが、少年の方は分かっていないらしく口を尖らせ、扉を恨めしげに睨みつける。

「レイシン、大丈夫か!」

 勢いよく扉を開け、コウジンが駆けつけた。少年は目を見開き、唖然と見ている。

「ん、別に問題ない」

「問題なくはないだろ。熱が出てるんだ。無理すんな。怪我が悪化したら、どうすんだ?」

「大丈夫だ。怪我はほとんど治っている」

「大丈夫じゃないだろ? 怪我の治りは遅いし、常時体温は高い。もっと、自分を大事にしろよ」

 いつものレイシンなら、このぐらいの怪我はもう治っている。日常生活など当たり前で、戦闘にも出て敵を屠ることは朝飯前。なのに、現状は完治していなくて、毎日のように熱を出している。

 コウジンが心配するのもおかしくないが、今のレイシンには他人事のように感じられて実感が湧かない。だから、大人しくせずに外へと出てしまう。

「コウジン、この少年はお前の知り合いか?」

 話しを逸らそうと、少年へ視線を向ける。漸く、コウジンも気づき、目を向けて慌てて膝をつく。

「ヒョウキ様! これは、気づかず、申し訳ありません」

「別にいい。コウジンはこの子どもと知り合いなのか?」

 どこか責めるような口調には嫉妬の色が見える。

「はい。こちらの方は朱雀軍元帥のレイシン姫でございます」

 僅かながら、少年、ヒョウキの口があんぐりと開く。レイシンのことを男と勘違いしていたらしい。尚且つ、「この子ども」発言からして、朱雀族の王族だと気づいていなかったようだ。

 コウジンの視線を受け、仕方なく挨拶をする。

「朱雀・レイシンだ。魔物に襲われたところをパイ将軍に救っていただいた。今は、怪我の治療をさせてもらっている」

 言葉を切り、ヒョウキを見る。未だ口を開いたまま固まっている。

 あまりの間抜け面に噴出し、指して笑いたくなるが他族の王族に対して失礼なので止める。このことが切っ掛けで、白虎族との仲が悪くなっても困る。

「ヒョウキ様」

 コウジンに促され、ヒョウキも我に返った。顔を引き締め、礼をする。

「私は白虎・ヒョウキでしゅ」

 思いっきり噛んだ。涙目になり、顔は真っ赤になる。相当恥ずかしいらしい。言い直そうとするが、一度噛んでしまった為か余計に上手くいかない。

先ほどまでの緊張した空気は失せ、生温かい空気に変わっていく。

「コウジン。公的な場ではないから、砕けた物言いで良いだろう」

「まあ、そうだな。ところで、ヒョウキ様は何故ここに?」

「私が木の下でまどろんでいたところ、気を利かせて部屋まで運んでくれたんだ」

「感謝致します。レイシンは無茶ばかりするので、目を離すと怖いんですよ」

「い、いや別に俺、私は」

「慣れてないんだろ。いつもの話し方をすればいい」

 じゃないと、さっきみたいに噛むだろと暗に示す。ヒョウキは頬を赤く染め、悔しげに眉を寄せる。

「コウジンに感謝される覚えはない。俺が勝手にしたことだ」

「私はレイシンの友人です。友人が助けてもらったなら、御礼を言うものですよ」

 コウジンから漏れた一言、友人。じわじわと心に染み渡り、嬉しいような寂しいような曖昧な気持ちに揺れ動く。熱を持つ体温が、さらに上がったような錯覚に陥る。

「この子ど……レイシン様と友人だと? 始めて聞いたぞ」

「知り合ったのはごく最近なんですよ。噂通り強くて、また手合わせしたいですよ。な?」

「ん、ああ、そうだな。あの時は久しぶりに、まともに打ち合える者に会えて楽しかった」

 どこか遠いことのように思える。

 視線が揺れ、下がりかけた目蓋にコウジンが気づく。

「眠いのか? なら、そろそろ俺達は退室するから、大人しく寝ろよ」

「分かってる」

「お休み、レイシン」

 頭を撫でられると、誘われるように眠りへと落ちていく。コウジンの手は何故か安心する。

「ん、お休み、コウジ……」

 何とか返そうと試みるも今回も失敗だ。夢とのはざまでレイシンは次こそは返そうと、何度も成し遂げられない決意をする。


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