七話・全てを無くして
リンシュの花が舞い、花吹雪のように一面を覆う。幻想的な光景にレイシンは思わず魅入ってしまう。
花吹雪の中心に男の人が見えた。だが、上手いこと顔が隠れ、人物を特定することができない。
顔など見えないのに、何故だが懐かしい。気持ちを制御することができずに、涙が溢れてくる。
(あの人は誰だったっけ?)
分からないのに恋しくて縋りつきたくなる。胸に抱きついて、涙が枯れ果てるまで抱きしめて欲しい。
――もう、時間だ。
音の出ない男の唇が動くと、風が強く吹き付けてレイシンを遠くへ飛ばそうとする。待ってほしい、もう少しこのままでいたい。手を伸ばす。
リンシュの花びらの中、男の容貌が明らかになってくる。紅い髪に目。メイスイとも朱雀王とも違う赤。どことなく、レイシンの色に似ている。
(もしかして、貴方は……)
――起きろ。
レイシンが言い終わる前に男が遮る。
「あら、お気づきになられました?」
目を開けると、知らない部屋にいた。声をかけてきた女性はどこかで見たことがある。
体を起こそうとすると女性が止める。
「まだ、起き上がってはいけません。お体に障りますよ」
「いつっ」
痛みに記憶が蘇ってくる。二尾犬と戦い、腹を抉られて死を覚悟した時に誰かに助けられた。
「暫くはここでご養生下さい。朱雀城には連絡入れてありますので大丈夫ですよ」
「え?」
連絡を入れたということは、レイシンの素性を知っているということだ。もしや、治療してくれたのは下心で、実際には人質に取られたのだろうかと不安に駆られた。
レイシンの顔が曇ったのに女性が気づいたのか、慌てて頭を下げる。
「あ、申し訳ございません。私、白虎・ハク・ユミンと申します。これから、レイシン様のお世話するように言われています。どうぞ、よろしくお願い致します」
白虎族に知り合いは一人しかいない。自分と互角に戦えるコウジンだ。二尾犬を真っ二つに斬り、助けに入ってきたのもコウジンなのだろう。
彼らしくてありがたいと同時に申し訳なく思う。
(私に価値などないのに)
暗く沈んでいく思考は強制的に打ち切られた。
「おう、気がついたのか」
「コウジン?! あつっ!」
反射的に顔を上げ、それだけの動作で痛みに喘ぐ。
「ハハッ、動くなよ。とりあえずは寝とけ」
言われるまま、体を寝かせる。傷口を下にしないようにコウジンを見えるように体の向きを変える。
コウジンの手には果物を盛った籠があり、ユミンへと渡していた。
桃色の皮を剥いていくと白い実が現れる。齧れば甘く喉も潤い、栄養価も高い。ユミンは一口大に切り、皿に盛り付ける。
「アリンです。どうぞ、お食べになってください。それでは、私はこれで失礼致します。何か御用がございましたら、鈴を鳴らし下さいませ」
一礼すると、ユミンは部屋を退室した。
「ユミンから聞いたかもしんねーが、朱雀城には連絡入れといた。暫くはここで暮らせ」
アリンを一口食べて「美味い」と頷き、レイシンにも勧めてくる。迷わずに手を伸ばし、口に含むと甘い果汁が広がる。
「医者の見立てだと、三ヶ月は安静だってな。傷はもちろん、あちこちでガタがきているみたいだってよ。お前、ちゃんと休みとってないだろ」
怒ったような目でレイシンを見る。
「あ、ああ。取っている」
目線が泳ぐ。言っていることに嘘はないが、自分で取っているわけではなく兄が無理矢理取らせていたのだ。
不審な態度のレイシンを、コウジンは疑いを含んだ目で無言の圧力をかけてくる。
「……兄様が」
耐え切れず、白状してしまう。レイシンらしい回答に、コウジンは額に手を当てため息を吐く。
「レイシン、言っちゃなんだが、メイスイ様に頼りすぎじゃないか?」
反論を述べようと答えを探すが、事実だけに黙り込む。自覚している分性質が悪いが、幼少期の事を考えれば依存してしまうのは仕方がない。
メイスイはレイシンにとって、母であり父であり兄であり自身を救ってくれた英雄であり全てだったのだ。メイスイが喜ぶから嫌な勉強も我慢してやり、メイスイが悲しむから昔自分を苛めた者を殺すのを止め、メイスイを守りたいが故に武力を磨き、何をするにも始めに『メイスイ』がついている。
「もうちっと、自分を大切にしろよ」
コウジンの言葉にレイシンは頷けない。全てだったメイスイを失った今、大切にする必要性を感じないからだ。代わりに、違う言葉を吐く。
「コウジンは何も聞かないんだな」
レイシンだったら、「その怪我はどうした?」と開口一番に言っていただろう。怪我の治療してくれたから気づいていると思うが、レイシンは一切武器を所持していない。尚且つ、レイシンが二尾犬に襲われた場所は朱雀城から遠い。時間は夜であるから、殺してくれと言っているようなものだ。
「聞いて欲しいのか?」
「いや」
首を振る。
「話したくない。今は、まだ、な。いつかは聞いて欲しいと思っている」
「んじゃ、そん時に聞くわ」
「私はずるいな。優しいコウジンに縋りついて、頼ってばかりいる」
こう言えばそう返してくれると、心のどこかで知っていた。コウジンの人の良さにつけこんだ自分の汚さが嫌になる。
「どんどん頼ればいい。その代わり、俺が危ない時は頼るからな」
「ああ、任せろ」
空虚だった胸に少しだけ温かいものが宿ってくる。消え入りそうなほど弱いものだが、確かに何かが自分の中へと入り込んでくるのをレイシンは感じた。
久しぶりの投稿です。これから、もっと更新は遅くなりそうです。