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六話・二尾犬

 我武者羅にヨンハクを走らせていたら、いつの間にか空には月が浮かんでいた。

 昼は聖なる者の時間、夜は邪なる者の時間。即ち、昼は魔物達の力が減り、夜には増す。

 元帥であるレイシンはそんな初歩的なことを失念していた。

「ルゥウウウ」

 低い声でヨンハクが唸ると空気が振動する。独特の唸り声は、鬼虎遊が敵に威嚇する時に発する警戒音だ。

「ヨンハク?」

 名を呼べば首を一度振り、前を見ろと促してくる。従い眼前を凝らすと、黒い塊が目に入ってきた。

 犬に似た尻尾が二つある魔獣、二尾犬にびけん。群れで行動して狩りをする獰猛な種族だ。ざっと見たところ十匹以上はいて、真ん中に悠然と座っているのがリーダーだろう。他の二尾犬よりも一回りほど大きいが、ヨンハクほどではない。

 例え数で劣っていても、問題はなく倒せる数だ。朱雀軍元帥たるレイシンと鬼虎遊であるヨンハクをもってすれば敵にもならない。

「よし、行くぞ」

 ヨンハクに声をかけ、己を奮え立たせる。背中に手が伸ばし剣を掴もうとするが、掴めるものはなかった。慌てて首を捻り背中を見るがある筈の剣がない。

「あ?」

 余裕だった顔は次第に色を無くしていく。

 兄とリンケイのことで元帥の地位を一時返却した時に剣を没収されたのをすっかり忘れていた。いつもなら短剣の一つでも持っているのだが、泉に行くだけだからと置いてきていた。つまり、レイシンは丸腰で武器の類は一切ない。

 無様すぎる失態だ。

 頼れるのは鬼虎遊のヨンハクと朱雀王家の象徴の炎だけだ。せめて、ここが空中でなかったのなら、体術も使えるのにと悔しげに舌打ちする。

「ヨンハク!」

 レイシンの声に応え、ヨンハクが右に飛ぶ。馬鹿みたいに一直線に飛び、喰らいつこうとしてきた一匹を炎で燃やす。

「ギャイン」

「まずは、一匹」

 目の前の一匹から注意を逸らして、他の二尾犬に向けるがヨンハクが動かない。

「ヨンハク? 次のを」

「ルーアァアア!」

 レイシンが言い終わる前に、ヨンハクが吼えた。不可視の刃が燃えている一匹と傍に居た二匹を切り刻む。

 レイシンは愕然として敵を見た。

 確かに燃やしたはずなのに、ヨンハクが動いたということは生きていたということだ。

「え? まさか、火の力が弱くなってる?」

 朱雀王家特有の火の力をレイシンは完全な意味で使いこなせてはいない。メイスイなどと比べると、圧倒的に火力が足りないのだ。そればかりではなく、感情に左右されやすい。怒り狂っている時やメイスイのために頑張らなければという時は、調子が良く何でも燃やせるような錯覚を覚える。逆に気分が落ち込んでいる時などは、火力が下がって使い物にならない。

「ヨンハク、どこか足場のあるところへ」

 逃げるのは矜持が許さない。武人にとって、敵前逃亡は屈辱。戦略としての撤退は部下がいるならするが、自分一人なら死んでも嫌だ。

 もう、自分を待ってくれる人はいない。命を惜しむ理由がないのだからこそ、火の力が弱まっているのかもしれない。

 頭の中で槍をイメージする。いつも好んで使う剣ではない。剣より槍の方がリーチが長いので、騎乗している時は使い勝手が良い。

 徐々に炎で形どられた槍が手に握られる。薄ぼんやりした輪郭はどこか頼りない。

 そのことを感じとっているのか、二尾犬が距離を詰めてくる。

「ねえ、ヨンハク。私と一緒に死んでくれないか」

「ルーウ」

 甘えるように頭をこすり付けてくる。恭順な態度にレイシンの心は満たされていく。

(ヨンハクは私を裏切らない)

「行くぞ、ヨンハク!」

 近づいてきた一匹を凪ぐ。入りが浅く、目の下を切っただけに留まる。怯んだのか後退したところ追いかけるが、絶妙なタイミングで斜め後ろの二尾犬が飛び込んでくる。刃を模したのとは反対の方で突く。

 当たったものの致命傷には程遠い。

 息をつく暇もなく、真後ろから爪を向ける二尾犬を体を捻ることで避けるが、かわしきれなくて左肩に血が滲む。

 痛さと無理な体勢で、重心がずれてヨンハクから落ちそうになる。

好機を逃さぬよう、二尾犬のリーダーが吠える。いっせいにレイシンへと飛びかかってくる。

「んのっ!」




 何匹斬って燃やしただろうか? 

 気を抜いた瞬間、鋭い爪がレイシンの腹をえぐる。肉の塊と共に血が飛び、意識も持っていかれそうになる。

(死ぬのか)

 呼吸が乱れる。

(死ぬのかもしれない)

 体に力が入らず、目が霞んでいく。

(もう、いい)

 手から槍を模した炎が消える。

「兄様、さよな」

 死を覚悟した。こんな時まで、兄のことしか考えられない。

視界が真っ赤に染まる。襲いかかって来た二尾犬が真っ二つに切り裂かれている。

「おい、しっかりしろ!」

 聞いた事のある声。誰だっただろう?

 レイシンの意識は急速に落ちていった。


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