五話・義兄の答え
ぶらりと歩く。目的地は特に決めていない。朱雀城は好きじゃないから、外に出よう。レイシンは人気のない道を選んで歩いていく。
しばらくすると、シャランシャランとした音が耳に届いた。嫌な予感がする。
案の定、前からリンケイが来た。
「あーら、レイシンじゃなくって。相変わらずのお子さま具合ね」
くすくす笑いながら、リンケイが近づいてくる。どこまでも優雅な身のこなしが癇に障る。
「何でここにお前がいるんだ!」
青龍族なら青龍城にでもいればいい。赤を基調とした朱雀城は、青を象徴としたリンケイには似合わない。
「仮にもあなたの義姉になる者に向かって、その態度は何? やはり、父親が野蛮人だからかしら」
リンケイの言葉にレイシンの動きが止まった。
第一に義姉という言葉。第二に父親が野蛮人だということ。いつもなら前者に怒り狂うが、後者はレイシンの地雷だ。
承知しているくせに、リンケイの口は止まらない。
「知ってるかしら? あなたの父親は、地人だともっぱらの噂だわ。おお、恐い。だから、あなたはいつまでも子どものまま、成人だってしないのよ」
リンケイの言葉はレイシンの心を深く抉る。
天上界に住む者を天人と呼ぶのに対し、地上界に住んでいる者を地人と呼ぶ。天人が長寿で戦闘能力も高いのだが、地人は短命で弱い生き物だ。同じような容姿をしていても能力が違い、天人は地人を支配する側にある。
故に天人の中に選民意識があり、地人を見下している。天上界でも能力の劣る者を「地人の子じゃないのか?」などとからかい、侮辱された者が襲い掛かり殺された事件がある。それほど、天人は地人を毛嫌いしている。
幼い頃、レイシンもそう言った陰口を叩かれた。
「あれが地人との子だから、朱雀王家の力が安定しないのだ」
「成人できないのも、地人との子だからだ」
嘲り笑う姿は、今でも覚えている。仲間外れもされたし、無視もされた。何度もいない者として扱われたが、救ってくれたのはメイスイだ。慰めてくれ、彼らの言葉を否定してくれた。聞こえるように言う者には、注意をして罰を与えることもあった。
特にレイシンが暴走してしまった時、メイスイが止めてくれた。レイシンから火の制御権を奪い、落ち着くまで抱きしめてくれた。言わばストッパーの役割を果たしていたのだ。
血が沸騰するような感覚と共に、理性と呼ばれるものが消えていく。一つの感情、怒りだけが支配してを押さえることができない。
鮮やかな紅がレイシンの体にまとわりつく。紅い瞳はさらに深い色になり、紅連の髪が逆立つ。
炎に強い朱雀城ですら耐えられなくなり、ちりちりと悲鳴を上げる。
いくら火に勝つ水の属性、青龍王家のリンケイとはいえ、先程レイシンを貶して笑っていたときの余裕などなかった。まだ攻撃されたわけでもないのに、喉が焼けたように熱く、体がすくんで動かない。自業自得だが、前回のように止める者がいない。
レイシンが近づくにつれて、リンケイの肌が熱くなる。服の端が黒く焦げ、青龍王家の水を操って何とか死ぬのを免れている。だが、気休めにしかならない。
綺麗な顔が強張り、恐怖に顔が歪む。悲鳴すら上げることができない。
おもむろにレイシンはリンケイに右手を向けた。
こんな女など、消えてしまえばいい。
「レイシン! 一体何をしているんだ」
遠くからメイスイの声が聞こえてくる。もはや、レイシンの耳には入っていなかった。
「メイスイ様!」
安堵の声を上げるリンケイ。足音は真っすぐレイシンのもとにやってくる。
レイシンは気にしなかった。メイスイなら自分を害さないと確信しているからだ。
構わず炎をリンケイ目掛けて投げようとした時、頬に痛みが走る。我に返ると、目の前にメイスイが手を上げて立っていた。
「レイシン、自分が何をしようとしていたのか分かっているのか? 青龍王の妹君を手に掛けようとしていたんだぞ」
ぼんやりとメイスイを見る。打たれた頬が痛いが、全て他人事のように感じられる。
「リンケイ様、大丈夫ですか?」
リンケイの手を取り、顔を覗き込む。服が少々焦げただけで、大した怪我はないようだ。
安堵の息をもらしたメイスイは頭を下げる。地につくぐらい深く、許しを請う姿は必死でいっそ哀れだ。
「申し訳ございません。私の義妹がこのようなことを……」
「まあ、メイスイ様、お顔を上げて下さい。嫌だわ、わたくしとメイスイ様の仲ではございませんか」
先ほど前とは違い、可憐とも呼べるような美しい笑みを浮かべる。先程死にかけたことなど忘れてしまったかのよう。
まるで恋人のようだった。
二人の世界を作り出し、レイシンには居心地が悪い。この中には入っていけない。
居場所がない。自分なんていなくてもいいんじゃないかと思えてくる。むしろ、いる方が邪魔。
幼き日に交わした約束など、メイスイにとっては重荷。いや、覚えていないほどどうでもいいことだったのだろう。
(これが兄様の答え? 私よりも、リンケイを選んだんだ)
義妹で従兄妹であるレイシンよりも、青龍王の妹で婚約者になったリンケイを。
もはや、怒りなど消え失せた。ぐらぐら煮えたぎった熱いものは引っ繰り返り、冷たい水を浴びたように悲しみが降ってくる。
ゆっくりと踵を返し、徐々に加速していく。駆け出すレイシンが目に入り、メイスイが声を上げる。
「レイシン!!」
咎めるような哀願するような呼び掛け。今は大好きな兄の声にも振り返らなかった。大好きだった従兄にも。
前へ前へと、此処じゃないどこかを目指し、逃げていく。
(助けて……コウジン!!)
日が落ちた空を天馬に身を任せて翔んだ。涙は出なかった。
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