四話・約束の行方
泣くのは体力がいるものだとレイシンは知った。長く泣いてなかったので忘れていたのだ。昔は、泣いているか寝ているのかのどちらかだったのに、少しおかしくて笑えてくる。
体を起こすとあちこちが痛い。ずっと同じ姿勢でいたせいかもしれない。
引きつるように痛む頬を冷たい布で包む。ひんやりと冷えた布はレイシンの気持ちをも静める。
「兄様、怒ってるかな……」
冷静になった今、自分がしてしまった態度を思い出すのが怖い。体を縮こませて自らの体を抱き締める。
メイスイに逆らったことのないレイシンは、これからどうやって大好きな義兄に接すればいいのか分からなくなっていた。一人で考えれば考えるほど答えは出ない。相談できる相手など本人であるメイスイぐらいしかいない。
と、黒い大きなシルエットが浮かんだ。
たくましい巨体に自分と渡り合える武。歯を見せて笑い、自分が兄以外で初めて興味を持った頼れる相手が。
「……コウジン、コウジンなら助けてくれる!」
根拠のない自信が湧いて出てくる。もともと、ジッとしているのが苦手なレイシンは大急ぎで身仕度をした。思い立ったら即行動だ。相手に連絡をすることを忘れ、身一つヨンハクに預け大空に駆け出した。
「申し訳ありません。コウジン様は外出しておりますので、少々お待ちください」
黒髪に黄緑色の目をした女がペコリと頭を下げた。
レイシンが通された部屋は飾りけのなく簡素なところだ。しかし、冷たさなどなく、コウジンらしい温かさがある。
無駄なものが何一つなく、自分の部屋に似ている。共通点を見つけて、レイシンの顔は綻ぶ。
出されたお茶を飲むと、今更ながら連絡せずに来たことを後悔する。
コウジンが来たところで、何と切り出そうか。素直に全て話すか? いやいや、そんなのダメだ。他人にあの約束のことを話すなんて死んでも嫌だ。
結局コウジンが来るまで何も浮かばなかった。
「レイシン、よく来たな」
「連絡せずに来てすまない。その、あの……えっと……」
言葉が出てこない。こういう場合、何と聞けばいいのかレイシンには分からない。
「何か悩みでもあるのか?」
ビクリとレイシンの肩が揺れる。あからさますぎる態度なのだが、コウジンは笑わず、茶化しもしなかった。
「なーに、悩みを持つのは悪いことじゃねえ。誰だって悩みを抱えてるもんだ」
レイシンは弾かれたようにコウジンを見上げた。
「もちろん、この俺もだ」
親指で自身を差し、大きく頷く。
レイシンよりも大きく、成人しているコウジンの言葉に驚いた。悩んで泣くのは、成人していない子どもだけだと思っていたからだ。
見上げるほど大きく、明るく逞しいコウジンでも泣くことがあるのだろうか。
「悩み続けるのはよくないな。案外話してみるとスッキリするもんだ」
コウジンはレイシンの状態を見抜いていた。目元が赤くなっていたことはもちろん、誰にも相談せずに一人でため込んでいる性格のことも。
レイシンは言葉を濁しながらも、素直に話し始めた。
「詳しいことは言えないが、大切な約束をした相手がその約束を忘れてしまったらどうする?」
大切な約束をした相手はメイスイだ。真剣な眼差しに、コウジンはしばらく黙り込んだ。
「本当に相手は忘れてんのか? ちゃんと聞いたか? 言葉で伝えないと分かんないぞ」
首を振る。メイスイに尋ねずに、一人で悩んで勝手に想像して結論づけていた。
「コウジン、礼を言う。今から聞いてくるよ」
コウジンの言葉に勇気づけられ、来たときと同じように走っていく。コウジンは苦笑し、小さくなっていくレイシンを優しい目で見つめた。
レイシンが帰ると、メイスイが部屋で待ち構えていた。謹慎中でずっと部屋で引き籠もっていたのを心配して尋ねてきてくれたようだ。
「レイシン、どこに行っていたんだい?」
「ちょっとコウジン……パイ将軍のところに」
親しげに名前を呼び、慌てて言い直したレイシンにメイスイの眉が上がるが、レイシンは気付かない。
「パイ将軍? 白虎軍の大将と知り合いなのかい?」
若干メイスイの声が大きくなる。冷静な兄が声を荒げるのは珍しい。
引っ掛かりを覚えるが、一つのことしか頭にないので、見過ごしてしまっていた。
「それより、兄様は昔のことを覚えてる?」
ちらりと上目遣いで見る。さっきから、胸がバクバクいってうるさい。強い敵と戦うときよりも怖い。
(もしも、兄様が否定の言葉を口にしたらどうしよう?)
期待と不安を入り交じった目を向けるが、いつもと同じようににこやかに答える。レイシンの悩みなど知るはずもなく、実にあっさりと。
「もちろん。レイシンと始めて会ったときのことも覚えているよ」
くしゃりとレイシンの頭を撫でてくれる。優しいはずの手なのに、どこかしっくりこない。何だか誤魔化されているような気がしてならない。
「レイシンは泣き虫だったよね。何かあると泉で泣いていて、よく私が慰めた」
パッとレイシンの頬が赤くなる。懐かしげにメイスイは語るが、レイシンにとってそれは汚点だ。武将である自分が泣くのは、弱いようで恥ずかしい。
「じゃあ、約束って覚えてる?」
何の、とは言わない。
「私はレイシンとの約束を一度も破ったことはないよ」
そう言われ、押し黙る。確かに、メイスイが約束を破ったことはない。それ以上は聞けなかった。
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