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二話・出会い

 次の日、レイシンは森の泉に来ていた。身の丈ほどある大剣を軽々と振るい、子どもとは思えないほどの覇気が伝わってくる。

 朱雀流の型、飛翔から流雲、飛空へいって赤陽から下光で終わり。爪先まで神経を集中して、技を繰り出す。舞い踊っているような姿は美しい。

 刀身が白く輝きだす。

 レイシンは技の難度をあげていた。気を練り、剣に炎を纏わせることによって通常の何倍もの精神と体力を使う。

 額にはビッシリと汗が滲み、大地は濡れている。もう何時間も鍛錬をしている。

 心を無にして、昨日のことを忘れようと大剣を振るい続ける。だが、レイシンの性格からしてそんなことはできなかった。

(リンケイの奴、よくも私の兄様と婚約なんて……許さないんだから!)

 リンケイは青龍王の妹だ。ここ天上界では四つの一族が東西南北を守っている。東を守護する青龍一族の王は、四つの一族の王の中でリーダーを務めている。そんな青龍王の妹からの縁談だったら断れるわけがない。

(いくら兄様のことを好きだからといって力でゴリ押しするなんて最低だ)

 どういった経緯で婚約したのか知らないが、レイシンはそう決め付ける。

 リンケイとは昔から仲が悪い。会えば口喧嘩するのは当たり前で、取っ組み合いの喧嘩なんて小さい頃はよくしていた。

 リンケイはプライドが高い典型的な貴族のお姫様で、レイシンはそういうタイプが大嫌いだ。リンケイもリンケイで、レイシンのようにガサツな少年のような女が嫌い。口を開けば喧嘩なので二人の仲は時を経るごとに悪くなっていくが、劇的に悪化したのはリンケイがメイスイを好きになってしまってからだ。

  恋のライバル。

お互い認めたくないが、今のレイシンとリンケイの関係はそれだ。思い出すだけで張り倒したくなる。

 怒りが炎のコントロールを狂わせ、剣が悲鳴を上げる。レイシンが気づいて、炎を鎮めたときには遅かった。

 派手な音をたてて見事に大剣は吹っ飛んだ。柄と刃らしい欠片が大地に散らばり、原型を留めていない。

 レイシンは瞬間的に体内で気を練り、体を覆っていたので怪我はしていない。

「新しいの買いに行かなきゃダメだな」

 渋い顔をして唸った。剣を駄目にしたのは今年に入って九本目だ。もうすぐで二桁になる。

 メイスイにこれ以上剣を壊さないでくれと言われたのはつい最近のことだ。それでまた壊したら次は何と言われるだろうか。

 叱ることはあっても、メイスイはけっして怒ったりはしない。だから、想像ができなくて怖い。嫌われたらどうしよう。

(こっそり、自分のお金で買っちゃえば怒られないかな?)

 名案のように思えた。

 思い立ったらすぐに行動する。ヨンハクを呼び、泉を飛び立つと王都へ向かう。




 レイシンがやって来たのは、崩れかけの鍛冶屋だ。今にもつぶれそうだが、知る人ぞ知る名匠がいる。

 一度、彼の武器を使ってからやみつきになった。いくら斬っても刃こぼれがしないし、強度もあり、レイシンの気にも耐えられる程でめったに壊れない。

 軍の武器として使ったらどうかと提案したら却下された。昔からの鍛冶屋がいるのでできないそうだ。

 馬鹿な奴らだとレイシンは毒吐く。よりいい武器を使った方がいいに決まっている。戦場は生きるか死ぬかの二択しかないのだから、粗悪な物を使っていたら命がない。

「親父、私の新しい剣を……」

 作ってくれと言おうとしたら、大きな何かに阻まれた。

「親父なら今いねぇぞ」

 巨大な男だ。熊のような大柄で、真っ黒な髭は顔を隠すように延び放題。そのため、人相がよく分からない。

 警戒してなかったとはいえ全く気配が感じられなかった。レイシンは眉を寄せ、いつでも戦えるように構えた。相手に悟られない程度の自然さをもって。

「貴様、何者だ?」

「名を尋ねるなら、まず自分からだろ? まあいい。俺は白虎軍将軍の白虎・パイ=コウジンだ」

 熊男の答えに驚愕の表情を浮かべる。知っている名前だ。

 警戒心が一気に飛んだ。

(白虎のパイ将軍だと?! 強さは元帥以上で無敗と名高い)

 注意深く見れば、白虎一族特有の緑系の目の色をしている。濃い深緑は力強く、鋭い。体もただ大きいだけではなく、引き締まっていて武人としては羨ましい体付きだ。

 レイシンはピンと背筋を伸ばし、一礼した。朱雀軍の元帥として、無礼な態度をとってはならない。

「私は朱雀軍元帥の朱雀=レイシンだ」

「朱雀の姫様か。これは失礼した。よく見りゃ髪と目の色が赤で一緒だわな」

 ガッハッハと大口を開けて笑いながら、悪怯れた様子もなく礼をする。

 レイシンは困惑した。目の前の男は嘲りも媚びることもしない。今まで会ったことのない種類の天人だ。

 興味がわいた。一族は違うが同じ軍人として、自分を普通の一天人として見るコウジンに。

「親父はいつ頃帰るか分かるか?」

「あー、多分夕刻ぐらいだろう。きらした材料があるとか言ってたからな」

 会話終了。

 レイシンは話したいことがいっぱいあるのだが聞けずにいた。他人に慣れていないため、どのように接して良いか分からなかったのだ。部下の時のように話せば無礼だし、兄の時のように話すにはさらに無礼に感じる。

 口を開いたり閉じたり、何か言いたそうなレイシンに気づいて、コウジンから話し掛けてきてくれた。

「それにしても、姫様いい目持ってるな」

「いい目?」

「そうだ。親父の武器を使おうなんて連中は少ないだろ」

「そうだけど、軍の武器として使いたいって言ったら却下された」

 口を尖らせて言うと、コウジンは目を白黒させる。

「マジでか?!」

 吹き出し、腹を抱える。馬鹿にした笑いではなく、心底面白いといった様子にレイシンは首を傾げる。

「そりゃあ、いくら姫様でも無理だろ? 軍にはお抱えの鍛冶屋がいるからなぁ」

「だけど、武器は生死を分ける大事なものだ」

 たくさんの仲間が死んだのを見てきた。もし、この武器で戦っていたなら死ななかったかもしれない。

「そりゃそうだ。だがな、いくら武器がよくても使い手次第だ」

 痛いところをつく。

 コウジンの言い分はもっともだ。今の朱雀軍の何人が使いこなせるだろうか。

「そうだな。パイ将軍の言う通りだ……悔しいけど」

 唇を噛み、下を向く。

 しょんぼりと元気を無くしたレイシンにコウジンは提案した。

「親父が来るまで手合わせしないか?」

「素手で?」

 今、手元には剣がない。コウジンも丸腰のようだ。どんな得物を使うか知らないが、二人が武器を持っていない以上体術の勝負だろう。

 体格的にレイシンは不利である。訝しむように自分よりも遥かに背の高いコウジンを見上げる。

「不満か? 体術も得意だって聞いてるぞ。朱雀軍最強の武人の力がどれほどのもんかって興味あるし、ちょっとやってみないか?」

 確かにレイシンも白虎軍の将軍、元帥と大差ない力の持ち主には興味がある。心動かされる申し出だが、心配事があった。

 問題はレイシンがキレたとき、力を暴走させないかどうかである。成人していないため、力が他の者に比べて不安定で感情に左右されやすい。

 しばらく葛藤して、やはり好奇心が勝った。

 店の外には何もないので、派手に暴れても大丈夫だし、コウジンはやる気のようで、腕をグルグル回している。レイシンの武人としての血が騒ぐ。

(早く対決してみたい!)

「いざ勝負」

 二人は同時に動いた。




 日が沈み、ヨンハクが迎えに来た。どうやら、タイムリミットらしい。結局、親父は帰って来なかった。

「さすが、パイ将軍」

「いやいや、姫様も……強いな」

 レイシンもコウジンもすっかり息があがっている。二人の実力は拮抗していたので、勝負がつかなかった。

 いつもだったら白黒つかなかったら、苛々するのに胸が弾んでいて心地良い。頬が緩み、口元が上がり、大声で笑い出したい程だ。

 軍の中には自分と張り合えるほど強い者はいない。勝敗がつかないなんて、コウジンが初めてだ。

「ねえ」

 兄以外で初めて他人に興味を覚えた。気紛れかもしれないが、好意的なものである。レイシンにとっては珍しく、他人との間に何かを築こうとした。

「私のこと、名前で呼びなよ。いつまでも“姫様”なんて、気持ち悪い」

「あーりゃ、不快にさせちまったか。こりゃ失礼、姫さ……レイシン」

「また、パイ将軍と」

 言い掛けたのをコウジンが止める。

「コウジン、だ」

 片目を瞑り、悪戯っぽく笑う。

「コウジンと手合せしたいな。次は決着をつけてやるから、覚悟してなよ」

「おう。また、この続きをしような」

 ヨンハクにまたがると、朱雀城へ向けて駆け出した。冷たい空気が頬を撫で、振り落とされないようにしっかりと掴まる。

 暗闇が広がっている。真っ暗で月や星が照らしているだけだ。

 軽くヨンハクの腹を蹴り、急がせる。あまり帰りが遅いとメイスイが心配する。

 城に着くと、ヨンハクを帰して部屋に戻る。

(今日は楽しかったなぁ)

 昨夜からもやもやしていた気持ちが吹っ飛んだ。メイスイの婚約のことを許したわけではないが、コウジンと手合せした喜びのほうが勝り、気分は悪くない。

 婚約のことは思い返すだけで、ムカムカするが暴れだすほどの強烈な感情はもうない。しばらく、メイスイを避けて過ごせば落ち着くだろう。

 兄のこととなると、見境がつかなくなるほど取り乱すから、時間を置いた方が

いい。もちろん、リンケイにも会わないようにしなければならない。

 ゆっくりと湯の中に体を沈めながら、面倒臭そうに頭を掻いた。



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