十二話・覚醒
急激に意識が浮上していき、視界が明るくなってきた。まず目に入ったのは、慣れ親しんだ天井。体を起こすと視界には紅い糸が見えた。掴んで引っ張ってみると、頭部に痛みが走り、どうやら自分の髪のようである。いやいや、自分の髪はもっと短くて、こんなに長さはないとレイシンは首を振る。
悩んでいても答えは出てこず、部屋を見渡すと鏡が目に入った。自分の姿を見ようと床に足を下ろすと、どこか違和感を覚えるが気のせいだと靴に足を通す。だが、おかしいことに入らない。自分の愛用していた靴の筈なのにと口をへの字に曲げ、靴と足を比べてみるとなぜだか靴が小さく見える。
仕方ないので素足で立ち上がってみるといつもよりも視界が高い気がした。気のせいかとそのまま足を踏み出すと、上手くバランスが取れずに足が縺れ派手に転んでしまう。予期せぬ転倒をして羞恥に唇を噛み締めながら立ち上がり、今度は気をつけながらゆっくりと亀のようにのっそり化粧台へと向かう。
一呼吸置き、息を整えてから嫌いな鏡を覗き込む。髪、顔、体といった姿が映ると驚きのあまり目を見開いた。
「あ、母様? どうして、そこに」
目の前に死んだ筈の母がいた。まさか幽霊かと首を傾げると、鏡の中の母も同じように首を傾げる。不可思議な現象に触れようと手を伸ばすと、冷たい感触にようやく鏡であったことを思い出した。よく見れば母には似ているが釣り目をしていて、髪と目の色も同じ系統の赤だが微妙に違うことが分かる。
鮮やかな紅は朱雀王家のものに似ているが、レイシンから見れば全く別物だと断言できる色。父親から受け継いだ彼が嫌っていた一族のもの。
「まさか、これが私?」
床に着くほど長い髪はさらさらと揺れ、零れそうなほど大きな釣り上がった目に縁取る長い睫毛。身長は伸びたものの成人した女性の平均よりも低めだが、胸は大きく寝巻きから零れ落ちている。身長が伸びたせいか踝まであったのに膝が剥き出しになるほどつんつるてんで、腰で結んでいた帯は解けてしまったらしく無くなって前が肌蹴ている。窮屈で苦しいし見苦しいので、寝巻きを脱いで寝具の布を体に巻きつけた。
これで少しはマシになったが少年みたいな貧相な体ではなくなったせいか、居た堪れないような恥ずかしさが湧き上がってくる。早くユミンに言って新しい衣を用意してもらわなければと思うが、はたして自分だと分かってもらえるだろうか。
そもそも、なぜこんな急に成長してしまったのかを考えると、何か引っかかるものの思い出すことはかなわない。唸りながら記憶を探っていると、扉を叩く音が聞こえ思考は中断された。
「レイシン様、失礼致します」
返答を待たずに開けられてレイシンは焦る。今の自分の姿を見てレイシンだと分からずに追い出されたらどうしようと、慌てながら床の中へ潜り込んだ。
「お早うございます、今日は……レイシン様! まさか、目覚められたのですか?」
床の乱れ具合で判別したらしいユミンが興奮気味に走り寄ってくる。今にも布を捲られそうなので、慌てて包まったまま顔を出さずに叫ぶ。
「だ、駄目だ、止まれ!」
「え? レイシン様、どうなさったのですか」
困惑した声を出すユミンに、レイシンはどうしようと頭を抱える。状況を打開する方法を考える時間がなく、咄嗟に停止を促す言葉を発してしまい、焦れば焦るほど混乱していき解決案が浮かばない。
元々考えるのは苦手なので不審者覚悟に姿を晒してはどうかとも思うが、自分だと気づいてもらえなかったら殺される可能性もある。いや、赤い髪に目が朱雀王家の者だと誤認してくれれば、理由を問わずに刃を向けられることはない、おそらく。
どうせ隠そうにも隠せないのだからいつかは見つかってしまう。遅いか早いかの違いだけだと自分に言い聞かせ、生唾を飲み込み己を奮い立たせ意を決する。
「ユミン、その、驚かないで欲しいんだ」
「? はい、分かりました」
戸惑った様子が窺えるが、了承してくれたので布をゆっくりと取る。緊張のためか手が震えるので布を強く握り締めることで誤魔化し、窺うようにユミンの目を見つめる。
「一体どなたで……いえ、その髪に目の色は、もしや、レイシン様?」
最初に眉を寄せて怪訝な表情をしたが、髪と目の色で気づいたらしく語尾がだんだんと大きくなる。一安心したレイシンはホッと胸を撫で下ろし、衣の催促をしようとするがユミンがレイシンよりも早く口を開き出鼻をくじかれた。
「まあ、成人なされたのですね!」
手を叩き満面の笑顔でおめでとうございますと言い頭を下げる。
「成人?」
鸚鵡返しに尋ねると頷いて説明してくれる。
「そうですよ。成人は一晩で成長するので体に負担がかかりますし、急な変化に精神的にくるので、今からお医者様を呼びますので診てもらって下さいね」
成人、か。原因が分かって安心したが同時に呆れもした。ずっと憧れ望んでいた成人なのに、どうしてすぐに気づかなかったのか。間抜け、馬鹿、と自分を罵るが体は正直なのか、口元が嬉しさに緩む。
「いや、大丈夫だ。それよりも、何か着るものを用意してくれないか?」
「ま、まあ! 私ったら、気づかず申し訳ございません。すぐにご用意いたしますので、暫くお待ち下さいませ」
レイシンのあられもない格好に気づき、真っ赤になりながら頭を下げて部屋から出て行く。
自分の体に炎を纏わせておかしいところはないか調べる。特に異常は見つからなかったのだが、今まで寝込んでいて調子が悪かったので数日は安静にしておいたほうがよいかもしれない。急に成長したので体の使い勝手も違うし、無理をしない程度に慣らすとしよう。