十一話・血筋
痛みが治まると、レイシンはリンシュの花が舞う世界にいた。前回と同じように魅入ってしまうが、顔の見えない男と出会ったことを思い出して辺りを見渡す。
リンシュの発生源を辿っていくと捜していた男がいた。懐かしさを感じる男に再会できて胸は高まっていき、知らず内に笑顔が浮かんでいく。
――ああ、また、来てしまったんだな。
相変わらず声は届いてこないが、残念そうだがどこか嬉しそうな雰囲気は伝わってくる。気がつけばレイシンは男に駆け寄っていた。
あの時は掴めなかったため、今度は思い切り手を伸ばす。前の時みたいに邪魔な風は吹かなかったせいで、勢い余って男に突撃してしまう。
怒らないか不安になりながら顔を覗くと、眉を寄せて困った表情をしていただけだ。近づいたからなのか、前回は少ししか垣間見えなかった容姿が露わになる。
髪も目の色も釣り上がっている目も同じだが、目つきはレイシンよりも鋭い。服装は着崩していて軍人のレイシンからするとだらしなく見えるが、容姿は端麗で周囲の目を惹いてやまない。体つきは細く義兄よりも頼りなさそうで、確実に自分よりも年上で男なのに守ってやらなければならないような庇護欲を沸かせる。
どのくらい見つめ合っていただろうか、先に男が眼を逸らした。
――やはり、血には抗えないか。
苦虫を潰したような表情でやり切れなさが伝わってくる。どうしてそんな顔をするのか分からなかったが、それよりもレイシンは聞きたいことがあった。
(貴方は)
――俺がしたことは、先延ばし程度しかならなかったようだ。
(貴方は私の)
――レイシン。
(私のと)
レイシンの言葉を遮り、男が名を呼び微笑んだ。嬉しいはずなのに、胸がモヤモヤして嫌な予感がする。
――確かに、俺はお前を愛している。
リンシュの花びらが突如燃え出した。男を巻き込み、灰へと返そうとする。
(駄目だ! その人を燃やしては)
強く念じるも炎は引かない。焦るレイシンに男は首を振る。
――お前の炎の特性は、攻撃ではない。覚えておけ。お前の炎は……。
男の声が小さくなっていくにつれて火に包まれ、灼熱の炎に焼かれて灰になっていく。呆然と見ているだけしかできないレイシンにも、赤い紅蓮の炎は牙を向き飲み込んだ。ただ、朱雀王族として火の耐性を持っているか、火自体は熱くなかったがいつもの火とは明らかに違った。
前までの火は破壊や力押しの暴力だったが、今の火は正反対の性質を持つもの。癒しや治癒といった優しい力で、朱雀王家の力とは異なる。ずっと、火が上手く使えなかった理由は自身の力を攻撃だと勘違いして使っていたからのようだ。
全てレイシンを包み込んでいる炎が教えてくれる。
男の名前や経歴、知識、力の扱い方、母リンシュとの思い出。たくさんの記憶がレイシンに受け継がれていく。喜びや怒り哀しみ楽しさ、様々な感情が流れる。一番多いのは苦しみで、彼は血の宿命を呪い解放されたがっていた。生きる希望さえなく世界を呪い、死んだように生きていてレイシンの母であるリンシュに出会ってしまった。
白黒だった世界に色が加わり彼は人生で始めて幸せを感じるのだがより深い憎悪を抱いていく。リンシュを愛してしまったことで、自分の力を継ぐ子どもが生まれてしまうことに気づいたからだ。苦悩の中、離れることを選んだのが、時遅くリンシュは子どもを身ごもってしまった。元々虚弱体質だったリンシュでは子を産めば耐えられないと言われていたので、堕ろすように説得したのだがどうしても首を縦に振らない。予想通りリンシュは耐えられずに命を落とし、生まれた子どものレイシンも生死を彷徨ったのだが、彼が自分の命を犠牲にして救った。リンシュを生き返らせ、レイシンを健やかな状態にした。又、男は親子の血を利用してレイシンの能力を封印しようと試みたが失敗に終わってしまう。封印は中途半端なものになり、火の力は表面上朱雀王家リンシュの血を継いだものとして見えた。
だが、真実は違う。レイシンは父である男の力を継いでいた。彼自身が憎む癒しの力を。
(父様)
未婚の母にさせた父を恨んだ時期もあったが、全てを知ってしまい苦い気持ちになる。今まで自分が感じていた悲しみや苦しみなどちっぽけに思える。
沈んでいく思考の中、ふとコウジンのことが浮かんだ。自分のことを好きだと告白した強くて優しい武人。早く会いたい。会って好きだと返したら、どんな反応をするだろうか。待たせて避けてた分、嫌われないといいのだが。
(帰りたい)
強く願う。
荒れ狂う炎の中、世界が壊れる音が聴こえた。いや、或いは世界が始まる音なのかもしれない。