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九話・風鈴天

 コウジンが休暇の日、遠出をしようと誘われ、遠乗りすることになった。怪我して以来、コウジンの家から出るのは始めてなので少し緊張するが、心は逸り年甲斐もなくわくわくしてしまう。

 姿見の前に立ち、おかしいところはないか調べる。白虎族の領地にいるので、緑を基調とした衣。動きやすさを重視したので男物だが、違和感なく馴染んでいる。似合っていることは良いのだが、どこからどう見ても少年にしか見えない。

 いつまでも成人できない子どもだと笑われている気がして気分が滅入る。

 鏡を前にすると意識してしまうので、なるべく見ないようにしてきた。幼い顔や小さな背、レイシンの中で劣等感が募っていく。

「レイシン様」

 名前を呼ばれたことで、我に返る。振り向くと、ユミンが怪訝そうな顔で見ている。

「どうした?」

 勤めて冷静に尋ねる。

「そろそろ、時間ですよ」

 思ったよりも時間が経っていたようだ。レイシンは慌てて、待ち合わせの場所へと行こうとする。

「あら、もう少し着飾ったらいかがですか?」

 レイシンの格好を見てユミンは眉を寄せる。常日頃、ユミンからもう少し着飾った方が良いやら、お洒落に気を使ってくださいと進言されている。

 レイシンとしては建前上武人だからと動きやすい衣を選んでいるが、少年のような自分の容姿を自覚していて着飾るのを避けているのだ。どうせ、どんなに高価なものを身に着けても、悔しいがリンケイには及ばない。ならば、比べられないように着飾らないことを選んだ。

「私にはこれで十分だ。では、行って来る」

「あ、レイシン様」

 リンケイの不満声を後ろに聞き流し、足早に部屋を出て行く。




 待ち合わせのうまやには、既にコウジンがいて鬼虎遊のヨンハクと戯れている。レイシンに気づくと軽やかな足取りで寄ってくる。嬉しくて手を伸ばすと、ざらざらした舌で舐められた。

 頬が緩み笑顔になり、最大限の表現として抱きつく。ふわふわとした毛並みはいつもよりも魅力的で、このまま抱え込んで寝てしまい衝動に駆られる。

「ハハッ、俺よりもヨンハクか。ちょっと妬けるな」

 苦笑を洩らすコウジンの言葉に、レイシンは欲求を抑えて本来の目的を思い出した。

「わ、悪い。待たせたみたいだ」

「いやいや、少し早めに着いただけだ。さ、行こうぜ」

 促されてヨンハクに跨ろうとすると止められる。

「待った! 今日はこいつらで行く」

 コウジンが指したのは二頭の飛馬ひば。天上界で移動手段として最も重宝されているが、移動速度はあまり出ないので軍事用には適していない魔獣。馬に似ていて、空を飛ぶことができて性質は大人しくて人懐っこい。持ち主に従順で一家に一頭はいる。さすがにパイ家の飛馬なだけあり、毛並みが美しくしっかりとした足つきをしている。

 だが、レイシンの見間違えでなければ、飛馬の片方には荷物が乗せられている。とても一人一頭乗れるようではない。

「二頭なのか?」

「お前を一人で乗せられる訳がないだろ?」

首を傾げるレイシンに、コウジンは呆れたように頭を抑える。あからさまな態度にレイシン子どものようには唇を尖がらせる。

「相変わらず平熱に戻らない上、どこでも寝こける。そんな奴を一人で乗らせられるか」

 正論過ぎる言葉に渋々納得した。

 コウジンの手を借り、飛馬に跨る。ヨンハクに乗りなれているレイシンには少し違和感があり、跨る胴が厚さに頼りなさがある。体の釣り合いが取れず、左右に揺れる体をコウジンが抱き込むように寄り添う。

 幼子を共乗せしているようで、顔から火が出るほど恥ずかしい。

「よし、行くぞ」

 コウジンの掛け声と共に飛馬が助走をつけて大地を蹴り上げ、ゆっくりと上昇していく。




 パイ一族の所有地、風鈴天ふうりんてん。風に揺れる草と虫の音が美しい地。近づくにつれて、涼やかな美しい音色が届く。

 緑豊かで自然が溢れている。落ち着くし、安心できる。そう思ったのはレイシンだけではなく、降り立った飛馬達も同じなようだ。手綱を放し、自由にさせてやると嬉しそうに草原を駆けていく。

「綺麗なところだな」

「ああ、そうだろ。俺の自慢の風鈴天だからな」

 満面の笑みを浮かべるコウジンは、レイシンに風鈴天を説明してくれる。澄んだ小川には食卓にも出た美味しい魚が釣れて、暑い日にはよく水浴びをして遊んだ。幼い頃は虫取りをして兄弟と競い合い、中には珍しい虫がいて母の誕生日に贈ったこと。

 草が揺れた。緑の間から顔を覗かせたのは、飛馬によく似ている魔獣。頭部に白い輪の模様があり、飛馬よりも軍馬として役に立つ。

「お? 天馬だ!」

 コウジンは興奮したように天馬を見入る。希少とまではいかないが、数が少ない魔獣なので珍しい。

 間近で見ていないから詳しくは分からないが、なかなか良い天馬のようだ。コウジンが子どものようにはしゃぐのも無理はない。

「私はいいから、行ってきたらどうだ?」

「いや、だが……」

 レイシンを見て言葉を濁す。目は捕まえに行きたいと雄弁に語っているのに、どうして素直にならないのだろう。軍人として良い足はあった方がいい。レイシンもヨンハクがいなければ、すぐにでもあの天馬を捕まえに行く。自分に気を使ってくれるのは良いが、自分のせいで得物を逃がすのは歯がゆい。

 苦笑しながらコウジンを促してやる。

「あれほどの天馬はそういないぞ」

 囁けば顔を顰め、考え込んでから拳を挙げた。

「捕まえてくる! すぐだから、待ってろよ」

「ああ、小川で待っているぞ。捕まえたら触らせてくれ」

「おう」

 言うや否やあっと言う間にレイシンの視界から消えていった。分かりやすいコウジンに、レイシンは思わず笑ってしまう。

 

 


 小川に手を入れると、冷たくて気持ち良い。コウジンの言う通り、水は澄んでいて川底まで見える。見た事のある魚も知らない魚も気持ち良さそうに泳いでるのを見て、レイシンもうずうずしてきてしまう。

 ユミンがいたのなら「はしたないですよ」と嘆くかもしれないが、靴を脱いで下服を捲り上げる。爪先からゆっくりと入れると、ひんやりしていて火照っている体には丁度良い。

 足で水を撥ねさせて遊んでいると、ふいに水面みなもに人影が写る。振り返ろうとして、背後から口を塞がれた。

 ゾッとした。

 勘が鈍っているどころの騒ぎではない。こんなにも敵の接近を許すなんて、武人として失格だ。

 小柄なレイシンは、単純な力では大人には勝てない。得物も持ってないし、切り札である朱雀王家の力は笑える程使えない。他にも気術があるが、朱雀王家の力を持つレイシンとは相性が悪くて苦手としている。

 襲撃者の手には布があり、薬の臭いが鼻につく。拒否しようにも抑えられているので振りほどくことができない。頭がぼうっとしてきた。

 拳を握り締め、爪を立てる。痛みで浮上していく。

 相手の顔を見ようとするが、視界は霞み判別できない。自分を抱き込む感触や節くれだった手、男だと推測する。

 何のために自分を連れ去ろうとするのだろうか?

 他人ごとのように思ってしまう。

 腹が圧迫される。レイシンは男の肩に担がれていた。

 足音を消しながら歩いている男の足が止まる。前方から強い視線を感じた。

 直視しなくても分かる殺気。

「お前、どこの者だ?」

 怒りを押し殺した低い声。空気は張り詰めていき、息苦しくなる。

「ここが白虎族の領土と知っての所業か?」

 レイシンを担いでいる男が迫力に押されて後退あとずさる。コウジンの方から甲高い金属音が聞こえる。背中しか見えないが、短剣を投げつけられて剣で弾いた音だろう。

「生きて帰れると思うな」

 低い怒気に背筋が泡立った。自分でもおかしいと思うが、レイシンは興奮していた。戦場とまでいかないが心地良い空気に眩暈がする。

 朦朧としてきた意識は痛みと高揚により緩和されてきた。逃げるなら今しかない。レイシンは自分を担ぐ者に思い切り爪を立てる。

「がっ!」

 反撃されるとは思っていなかったのか、呻く男はレイシンから手を放した。ままならない体を叱咤し、右に体重をかけて宙へと逃げ出すことに成功した。受身が上手く取れずに地面に投げ出され、一瞬息が詰まって苦しいが何とか男から逃れることができたので、好機とばかりに距離を取る。

「無事か?」

 コウジンが素早くレイシンの元に来て、自身の後ろへと庇ってくれる。今の状態は足手まといでしかないので、大人しく下がって少しでも迷惑のかからないように行動しよう。

 男が短剣を構え、突っ込んでくる。気術で身体能力を上げているのか動きが素早い。抜き身の剣を構えるコウジンの懐に、容易く飛び込んできた。

 雨のように降り注ぐような突きが繰り出されるも、コウジンは全てを避けていく。一撃も与えることに焦れているのか、攻撃が荒くなってくる。読みやすい突きに、コウジンも反撃へと移る。

 レイシンの見る限り、男は弱くはないだろう。部類としては強い方に入るが、何せ相手が悪かった。レイシンと互角に打ち合える白虎軍大将のコウジン。結果は見えている。

「ん?」

 徐々に押されてくる男を見て、何かが引っかかる。鋭い突きにコウジンの剣を防ぐ流し方、足の捌き、どこかで見た覚えがある気がする。

 もっとよく見ようと無意識に一歩を踏み出した時、視界の中に光るものが見えた。

「コウジン!」

 瞬時に理解し、注意を促そうと声を上げるも空しく矢が降ってくる。敵は目の前の男だけではなかったのだ。男を囮として使い、コウジンを殺す。

 頭が真っ白になった。

 伸ばした手は空を切り、足は縺れながら転んだ。コウジンとの距離は近くなったが、矢の射程距離に入ってしまう。自分でも何故こんな行動を取ったのか分からないが、とにかくコウジンの傍に行きたかった。

 矢がレイシンを捉える。

「っ!」

 愚かにも目を瞑り、死を覚悟する。

 万全の状態ならこんな愚考を行わないが、体の制御が利かない状態で矢を防ぐ自信がなかった。体を小さくし、痛みに備える。

 矢はいつまで経っても貫かず、代わりに抱きしめられた。体が宙に浮いているらしく、足は不安定に揺れる。

 恐る恐る目を開くとコウジンがいて、痛々しいほど矢が刺さり、血を流している。

「はっ、怪我は、ない、か?」

 呼吸を乱しながら、レイシンを気遣う。優しすぎるコウジンに、沸々と怒りが湧いてくる。

「どうして庇った? 私なんか、見捨てれば良かったんだ。そうしたら、コウジンがこんな怪我」

「うるせぇっ!!」

 空気がビリビリと震える。レイシンも驚き、恐怖に身が竦む。

「自分の命を粗末にするな。お願いだから、軽くみるな!」

「でも、コウジン。私には何の価値も」

「レイシン。解れよ、俺がこんなにもお前を想ってるのを!」

 レイシンの言葉を遮り吼えた。今までになく感情的なまでに声を張り上げる。

「大切なんだ。失いたくないんだ。傷ついて欲しくないんだ!」

 怒鳴りながら、コウジンは泣いていた。表情には怒り、悲しみ、苦しみ、苛立ち、心配、様々な感情が覗かせている。

「お前が好きなんだ」


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