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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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アプロムと喋る魔物

 八十階からじっくりと時間をかけて探索し始めたジークは、その途中で、今この階にいるのが自分だけでないことに気が付いた。

 魔物の死骸と地面に残る踏み荒らした跡を見つけたのだ。

 この街ではもうこの辺りの階の探索をしている者はいないと聞いていたので、驚くと同時に、いつもの余計なお世話がむくりと心のどこかで首をもたげる。

 喋る魔物が頻繁に出現している以上、この辺りの階層の探索に耐えうるのは、ヴァンツァークラスの者でなければならないはずだ。この街の高層階探索者は、前の副ギルド長の作戦で投入されて命を落とした者も多いと聞く。


 先行している者がどれだけの実力なのかは未知数だ。

 だが、足跡を見る限り、人数は相当多い。

 これだけの人数の精鋭をそろえるのはかなり難しいはずだ。

 無理をしてついて来ている者がいる可能性は高いだろう。


 余計なことはしないほうがいいとわかっている。

 ヴァンツァーには関わらないでほしいと言われたけれど、どうしたって気になってしまったジークは、遠くからチラリと実力を確認しに行くことを決め、足跡をたどってその集団の後を追いかけるのであった。



 ゾブリ、とまるで骨が存在しないかのように、重たい斧が探索者の体を斜めに切り裂いた。


 声も上げぬ襲撃者が現れたのは後方から。

 背丈に似合わぬ大戦斧は、それだけで襲撃者の体重を越えているのではないかと思うほどの大きさをしていた。


 気づいて武器を構えた瞬間に足元に転がったのは黒い塊。


「退避!」


 それがさく裂するあれであると気づいたアプロムは即座に声を上げたが、幾人かは間に合わずに巻き込まれて戦闘不能状態に陥る。

 大人数で探索に来たのが裏目に出たような形、に見える。

 全体は混乱し、機能不全に陥っていた。


 しかし、アプロムは冷静であった。

 味方に襲い掛かる小さな影を冷静に視界にとらえ続け、三人目が斬りつけられたところで、アプロムの方から不意を突くように襲い掛かる。

 ありあまる膂力に耐えうるように作られた大ぶりの剣を叩きつけようとすると、仲間を腰のあたりから両断した魔物が戦斧ごとぐるりと回転して迎え撃ってくる。


 力負けは、しなかった。

 刃が火花を散らすような力比べ。

 上背のあるアプロムの方がじりじりと押し込むような形で、やや有利な状況だ。


「ぐぬぅ、小癪」


 魔物がジワリと額に汗をたらしながら呟けば、アプロムは唇の端を持ち上げた。


「つぶれろ、くそ野郎」

「口の悪い。じゃが、未熟」


 力比べでは分が悪いと思ったのか、魔物が刃を滑らせて剣を逸らさせ、戦斧をくるりと縦に一回転させ、柄の部分でアプロムの顎をしたたかに打ち付ける。


「アプロムを守れ!」


 ぐらりとアプロムの体が傾いだところに、別の探索者が斬り込んでいき、三対一で魔物を追い込んでいく。彼らもまた、アプロムが連れてきた集団の中では上位にあたる腕を持つものである。

 アプロムが作った時間で、混乱はある程度収束し、立ち直った探索者がかわるがわるに襲い掛かるようになったのだ。


 脳を揺らされたアプロムはぐらりと体を揺らしたが、持ち前の丈夫さですぐに回復をすると、歯を食いしばりながら再び戦線に参加すべく様子を窺う。

 アプロムのやるべきことは、確実に魔物を仕留めることだ。

 卑怯だろうと関係はない。

 生き残って喋る魔物を殺すことこそが、選ばれし者であるアプロムの目的である。


 連れてきた仲間たちは、死に動揺こそすれども、塔を探索者たちの手に取り戻さんとする同志であり、喋る魔物討伐のために命を惜しまないと誓った者なのだから。

 仲間の一人が鎧ごと両断された瞬間を狙って、アプロムは再び喋る魔物に斬りかかる。


 しかし、通路の奥から放たれた鋭い殺気に、アプロムも、喋る魔物も一瞬動きを止めてしまう。

 その隙にアプロムたちから十分な距離を取った喋る魔物は、じっと通路の先を見つめる。もはやアプロムたちよりも、まだ姿も見えぬそちらを警戒しているようであった。


 アプロムたちとて、背中にそんな気配を感じたまま戦斧を持った魔物の方ばかりを気にしてはいられない。


「退避!」


 アプロムの一言で広場の端に寄った一団は、喋る魔物が退避した側と、背後からやってきた通路のどちらをも警戒する形で武器を構えたまま待機する。命を捨ててでも魔物を殺す覚悟はあったが、挟み撃ちになって何もなせず全滅するつもりはない。


 幸いなのは、どうやら喋る魔物もまた、この恐ろしい気配に心当たりがないようであることか。


 やがてアプロムたちがやってきた通路からぼんやりと姿を現したのは、喋る魔物とは似ても似つかぬ背の高い男であった。

 鍛え抜かれた体に、顔についた大きな傷。

 目つきは見たものを射貫くように鋭く、眉はやや薄い。

 抜身の大剣の先は鉤のような異様な形となっており、これもまた喋る魔物の一人であると言われれば納得してしまいそうな出で立ちであった。



 その大男、ジークは、じろりとアプロムたちを睨み、続けてじろりと喋る魔物を睨む。それから床に転がる探索者たちの亡骸を見て目を細めると、剣を構えてまっすぐに喋る魔物に向けて走り出した。


 喋る魔物は目を見開くと、一瞬戦斧を構えて迎え撃つ姿勢を見せたが、すぐさまジークには理解のできぬ言葉で呪文を唱えながら近くの壁に触れ、どぷり、と水の中へ入り込むかのように、岩壁の中へ沈んでいく。


 ジークが完全に喋る魔物が見えなくなったことをお構いなしに、消えていった壁に思いきり大剣を叩きつけると、岩が弾けその先にぽっかりと小さな通路のようなものが現れた。


 ジークではしゃがまなければくぐることのできない、喋る魔物ならばちょうど頭をこすりながら進むことができる程度の穴である。

 流石にこんな空間を深追いするのは危険だ。

 満足な姿勢をとれず、十分に力を振るえない場所に入っていくのは自殺行為である。


 ジークはしばし忌々し気に穴を睨んだ後、ゆらりと立ち上がると、今度は武器を構えたまま警戒をしている探索者たちのことを、もう一度じろりと睨みつけるのであった。

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― 新着の感想 ―
一気読みしてしまいました。面白いです!!
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