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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ジークは塔の入り口付近で座り込んで、武器の手入れをしていた。

 遠巻きにされるのはいつものことで、もはや気になんてならない。

 そしてテルマが通り過ぎて行ってしばらく。

 手を止め、ぬっと立ち上がってそのあとを追いかけた。

 別に何か特別な感情があるわけでもない。それが自分の役割だと考えながら、ジークは転移の宝玉に手を伸ばす――。



 何も塔の中で待っている必要がないと気づいたのは、テルマが二十一から三十の階層を踏破した後のことだった。

 初めての邂逅から実にひと月近くたってからのことである。

 流石に毎回ジークがいることを不審に思ったのか、テルマは何かを言いたげに無言でジークをじっと見つめてから探索へと出かけて行った。

 これは警戒されているなと察したジークも、いつもより少し距離を取って後に続きながら今後どうするか頭をひねったわけである。


 テルマは塔に挑んでいる時以外の殆んどの時間をギルドで過ごしている。

 前日には準備のためにギルドにいる時間が短くなるし、当日は決まって朝の早い時間にやってくるから、そのくらいに塔の外で待ち構えておけばそれでいい。

 ジークだって好き好んで塔の中に住む魔物を食べているわけではない。

 どうせならば他人が料理してくれたものを金を払って食べたほうがおいしいし楽なのだ。鍛える、であったり、稼ぐ、という目的を無視するのであれば、塔に長く滞在する理由なんてない。


 無駄なことをしていたなと気づいたジークは、いつも通り自分がいつもいる階層での探索を済ませると塔から出ることにした。いいタイミングで金目のものを手に入れることが出来たので外へ出ても日はまだ高い。

 ギルドへ到着し、いつも通りに換金をしていると内部が少しざわつく。

 何があったのかと振り返ってみれば、副ギルド長のウームがのっしのっしとジークに向かって歩いてきていた。


「ちょっと面を貸せ」

「今換金してる」

「仕事中だ、勝手に連れていくな」


 ジークが当たり前のような顔で反論すると、続けて頑固な鑑定士の老人が、こちらも上司に対する言葉とは思えないような言葉で命令する。


「……早く終わらせろ」


 現役の探索者であった時から頑固なおっさんであった鑑定士には、ウームも文句を言いづらい。ジークと同じく、強面で避けられがちだったウームは、この鑑定士には世話になってきたのだ。

 偏屈な老人と、強面が二人。

 その誰もが顔をしかめて機嫌が悪そうにしているおかげで近くには誰も近寄らない。その実、待たされているウームをのぞいた二人は特に機嫌が悪いわけではないのだが、そんなことは聴衆にはわからないことだ。


「おい」

「なんだ」

「次は妖精王の涙を探してくれたら高く買いとる。よそで世界樹の葉がみつかったそうだ。これで最高級ポーションが一つできる」

「探して見つかるようなもんでもないだろ」


 最高級ポーションというのは、塔の研究者たちの技術の粋だ。

 四つの塔それぞれの高層階で見つかるアイテムを組み合わせて作られるもので、原液ならばぶっかけるだけでちぎれた手足は生えてくるし、死人が息を吹き返すような代物だ。ただし、ちぎれたて、死にたてに限られるので使いどころは限られるが。

 ちなみに寿命で死んだ者は、息を吹き返したところですぐにまた死ぬので使ってもあまり意味がない。

 薄めたものですらある程度の効果をもたらすのだから、本当に大したものである。

 ただし高層階でもそれらのアイテムの発見は珍しく、いつでも手に入るものでもない。完成した時はオークションにかけられて目が飛び出るほどの値段が付けられることになるのは言うまでもない。


 ジークはこれまで最高級ポーションの材料を七つ納品した実績があるが、それは一般には知られていない。知られてしまうとあちこちから直接アプローチが来て大変なことになってしまうからだ。


「こんなとこで話すんじゃねぇよ」

「お前らの顔が怖いせいで誰も近くにいないんだからいいだろうが」


 ウームが副ギルド長らしく注意すると、老人は鼻で笑いながら言い返した。


「爺さんあんた、いまだに俺のこと探索者の一人かなんかだと思ってないか?」

「口先だけで敬って欲しいのか?」

「……いらん。ジークを連れてくぞ。ついてこい」

「ああ」


 老人をやりこめることをすぐに諦めたウームは、ジークを連れていつもの部屋へ向かう。入った部屋には今日もテルマが待ち構えていた、なんてことはない。

 ジークはギルド内のいつもの位置にテルマの姿を確認してからついてきているのだから当然だ。

 ウームがソファに座ったので、ジークも仕方なく対面のソファに向かう。

 そうして腰を下ろそうとした時に、ウームはすでに話し始めていた。

 馴染みの相手だからから、着席すら待つつもりがないらしい。


「お前、低階層の塔の入り口に居座るのやめろ。苦情があほほどきてる」

「何も悪さはしてないけどな」

「お前がいるだけで悪いんだよ。塔に入るのが怖いって言ってる新人の気持ちも考えてやれ。顔が怖い自覚を持て」


 お前に言われたくない、と思ったジークはじっとウームの顔を見返す。


「なんか文句あんのか」

「あんたに言われたくない」

「そういうのは心の中だけにとどめて置け、ぶっ殺すぞ」

「あんたが聞いたんだろ」

「お前を育てたやつ連れてこい、説教してやる」

「もう死んだ。あいつらのこと悪く言うとぶっ殺すぞ」

「悪く言われたくないなら素行を改めろ、馬鹿が」


 気軽に殺すというワードが飛び交うが、二人の仲は決して悪くない。

 ちょっとした軽口でしかないが、このやり取りを他人が聞いたら悲鳴を上げて逃げ出すことは間違いなかった。

 互いにぶっ殺す宣言をしたところで、ジークはテーブルに置いてあったナッツに勝手に手を伸ばしながら言う。


「大丈夫だ。次からは外で待機する。行動パターンも分かってきたからな」

「それなんだが、お前もうちょっとテルマにばれないように動けないのか? この間テルマに、塔に入るたびにいるんですがあなたの指示ですかって疑われたぞ」

「事実だろ。あまり離れてるといざってとき助けられないぞ」

「……流石に他で七十階層に到達してるやつなんだから、低階層まで見守る必要ないだろ。五十階くらいからでいいんだよ」

「なら最初からそう言えよ」


 堂々と言い放ったジークに、ウームは額を抑えてため息をついた。


「お前、普段はもっと冷静だろ。本能的になのか知らねぇが、相手の実力見極めてやばそうな奴にしか注意しないじゃねぇか。お前から見てどうなんだ? テルマは二十階層なんかで死にそうなたまか? えぇ?」


 考えてみれば最初に出会ったときから、ジークはテルマの実力をなんとなく察していた。

 自分ほどではないがかなりの実力者。

 少なくとも、五十階層に挑戦すると息巻いていたあの若者たちよりは、よっぽど上だと認識していたはずだ。

 その割にぴったりとくっついてその身の心配をしていたことが、ジーク自身よくわからず首をひねる。


「ほらな、違うだろ。お前テルマに関する時だけなんか行動が変だぞ。まさか自分の半分くらいしか生きてねぇような嬢ちゃんに恋してんじゃねぇだろうな。だとしたら俺はお前をストーカーと認定しなきゃいけなくなるぜ」

「いや、それはない」

「じゃあなんなんだよ」


 ジーク少しだけ自分の気持ちを整理してから、ぽつりとつぶやく。


「……昔の仲間に似てるからかもな」

「仲間? お前、仲間なんていたのか? 俺はてっきり昔っからずっとソロで活動してると思ってたぞ」


 ウームが話に食いついてきてしまったことで、ジークは自分の口から言葉がこぼれていたことに気が付いた。そして盛大なしかめっ面をして立ち上がる。


「話すことはない」


 あからさまな拒否に、ウームもそれ以上突っ込んで話を聞こうとはしなかった。

 ただ副ギルド長として、最後にもう一度注意を促す。


「話さなくてもいいから、落ち着いて、うまいことやれよな」

「わかった」


 ジークは勝手に部屋から出ていってギルドへ戻る。

 当初から予定していた通り、テルマを塔の中で待つのはやめるつもりだった。

 ギルドへ戻ると、テルマが変な表情をして自分の方を見ていたが、ジークは知らないふりをした。

 気分転換に風呂にでも浸かりに行こうと考えながら、一度も目を合わせることなくギルドの外へ出ていく。

 その行為自体がいつものジークらしくないことを、まだ誰も気づいていないようであった。


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