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奇跡的にジークが暴れていなかったことに、ヴァンツァーはほっと胸をなでおろした。そしてそれが妹のお陰であると知って、どうして自分がそのポジションではなかったのかと残念がった。
それはまぁともかくとして、一行はあてがわれた宿へと向かう。馬車はギルドの方で管理してくれるそうなので、そのままおいていく形だ。
改めて街を自分の足で歩いてみると、やはり外から来たであろう装いの人々が多い。異国情緒あふれる街並み、というのは大抵首都ではなく、国境に近い街にあるものであるから、どうにも違和感はぬぐえなかった。
もちろん、ジークはそんなこと気にしておらず、人を見て考えることは、戦える人物かそうでないかと、もし戦えるのならばどれくらい強いのか、くらいであったけれど。
「随分と多国籍ですね」
柔らかく疑問を呈したのはテルマだ。
ジークとは違ってちゃんと情緒がしっかりしているものだから、疑問は解消したいのである。
「うん。今の陛下に代替わりしてから十年くらいらしいけど、それからかなり流入が増えたようだね。実は陛下はメリッサ様の甥にあたるのだけれど、年齢は同じくらいなんだ」
ヴァンツァーはさりげなくテルマの隣へ移動して声を潜める。
「ここだけの話、メリッサ様に対する対抗心のようなものもあったみたいだね。国を発展させることよりも、ベッケルの街をシーダイよりも発展させることに注力しているという話だ」
「それって……どうなんですか?」
「さぁ? 今のところは問題は起こっていないようだけどね。対抗心はあれど、無能な方ではないようだし、積極的に人物の採用もしているらしいよ」
少なくとも先ほど話したマクマンのような商人を傍に置いているのだ。
見る目がまるでない、訳ではないと思いたいヴァンツァーである。
最も、王がマクマンを上手く使っているのか、マクマンが王を上手く使っているのかは微妙なラインだが。
「今回の件は問題だと思いますが」
「……確かに、言われてみればそうかもね」
前の副ギルド長は優秀な人物であったがだらしない部分もあった。
もしギルド長を務めているのがメリッサであれば、誤魔化しなんて利くとは思わないだろうから、深刻な事態に陥ることはなかっただろう。
この一件を見ても、良く言えば王は、メリッサよりも親しみやすい性質をしていると考えることができる。
最近では割と身分の高い人物と接する機会の多いヴァンツァーは、自然とそちらに気を遣ってしまうのだが、テルマにはまだそんな気持ちはない。
テルマの才能と性格を考えればいずれはヴァンツァーと似たような立場になるのだろうけれど、現時点ではテルマの方が一般探索者に近い感覚を持っているようだった。
ちなみにどんなに強くてもジークがヴァンツァーのような立場になることは未来永劫ないだろう。なぜなら貴族と喧嘩になった上に勝ってしまうだろうから。
ヴァンツァーの目が黒いうちは、ジークをできるだけ貴族と接触させるつもりはない。
あからさまな探索者の集団と言うのは、いくら女性が多い一団とはいえ気軽に声をかけられるものではない。妙な輩に絡まれることもなく宿にたどり着き、無事にそれぞれの部屋を与えられることになった。
ジークとニコラの部屋を同室にするかどうかで、兄妹間のひと悶着があったのだが、結局隣の部屋に泊るということで話は落ち着いた。
それぞれがひと息ついている間、ジークは片手でもてる程度の荷物をポイっと部屋に投げ入れると、内装もろくに確認せず回れ右をした。
そのまま塔へ向かおうとして、入り口付近までたどり着いてから、またも回れ右して戻ってきた。
そうして自室の隣の扉をノックする。
「……どうしたの?」
中からパタパタと音がしてニコラが顔を出す。
まだまだ整理の途中だったのだろうけれど、目の前にジークがいることが分かるとにっこりと笑う。
ジークの方から訪ねてくるなんて大変珍しいことだ。そりゃあにっこりもする。
「塔へ行ってくる」
「……んー、テルマさんだけ連れてってあげて?」
ヴァンツァーはまぁ、後で伝えればいいけれど、テルマは連れて行ってあげないと後でへこむだろう。というか、ジーク一人で向かったらトラブルを起こしそうな気配がするので、テルマにその辺の制御を任せたい気持ちもあった。
「そうか、わかった」
ずんずんとテルマの部屋へ歩いていくので、ニコラもついでにその後についていく。
部屋をノックすると、中からバタバタと音がしてテルマが顔を出す。
ニコラほどおしとやかな動きはしていないようだが、テルマもまた女の子なので、色々と荷物はあるのだ。
「あ、もしかしてもう塔へ行くんですか? ちょっと待ってください、一緒に行きます」
ジークの格好を見てすぐさま察したテルマは、扉を開けたまま慌てて必要な物を身に着けて戻ってくる。
「はい、行けますよ」
「よし」
のしのしと先を歩きだしたジークの後を追いかけながら、ニコラはテルマに耳打ちをする。
「騒ぎにならないように見ていてあげてね」
「あ、気をつけます。止められたら止めますけど……」
「テルマさんのことは身内だと思ってるから、ちゃんと話せば聞いてくれると思うの」
「そうですかね……?」
好き勝手やっているジークばかり見ているので、テルマはちょっとだけ疑わし気だ。
「とにかく、私は一緒に戦えないから、テルマさんが頼りなの。よろしくね」
「……多分助けられるのは私の方なんですけど」
実力的には申し分がないのだけれど、とにかく人間関係は壊滅的だ。
普段はニコラが補うにしても、戦いの場では確かにテルマが相棒である。
「でも、はい、頑張ります」
満足のゆく返事を貰えたニコラは宿の玄関口で二人に手を振る。
「怪我しないように、今日は早めに帰ってきてね」
ジークは一応振り返って軽く手をあげる。
普段から反応が薄いジークであるから、それだけでニコラは十分にご機嫌であった。




