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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 再びテルマが塔へ登るまでの間、ジークはいつもの自分の階層で探索を続ける。

 本当ならば五日くらいは潜っているところを、三日で切り上げてギルドへ向かい、いつもの頑固爺さんのところで換金。

 一応鑑定する場所は仕切りがついているので、他の探索者や鑑定者が覗き込むことは難しい。昔口うるさい連中が、情報を勝手にとられていると騒いだお陰でできた間仕切りだったが、ジークにとってはどうでもいい処置でもあった。

 そもそもジークが鑑定を依頼している爺さんは人気がないし、ジークがいる場所にわざわざ近づいてくる探索者も稀なので、仕切りなんてなくても覗き込まれやしないのだ。

 鑑定の腕は信頼しているので、ジークは少しだけ体を引いてギルド内の噂話に耳を傾ける。昔々のジークがまだ駆け出しだったころ、おせっかい焼きの先輩探索者が、情報収集は大切だと教えてくれた。

 おせっかい焼きすぎて、結局一緒のパーティを組むことになった結果、肝心の情報の活かし方とか、普通の人間関係の作り方を学ばずに大きくなってしまったのだけれど。

 あの二年間はジークにとってキラキラした宝物のような時間だった。

 だからこそ、ジークは未だにたった一人で探索者を続けている。

 おせっかい焼きの探索者も、口うるさい斥候も、うんちくを垂れる魔法使いももうこの世にはいない。

 生き残ったのはジークと、その時塔に登っていなかった女性の二人だけ。

 そしてその女性には『顔も見たくない』と言われている。

 以来ジークはその女性を訪ねたことは一度もなく、当然顔を見せたこともなかった。たった一人で塔にこもったまま二年間の時を過ごし、目的を達した後は、偶然でも二度と顔を見せないため、逃げるようにして活動の拠点もこの街へ移したのだ。


 さて、今日の噂話の主役はどうやらまたもテルマらしい。

 先日ジークがテルマと別れた後、どうやら彼女はあの素行の悪い男を医務室まで運んでやったらしい。放っておけばいいものを、良心がとがめたのだろう。

 ジークはあの正義感の強さを多少煩わしいと思っていたけれど、それほど嫌いじゃなかった。

 世の中そんなものだけでまわっているわけじゃないのは知っているけれど、それで救われるものがいることも身をもって知っている。ジークが人が死なぬように余計なお世話をしているのも、いつか自分を助けてくれたおせっかい焼きの探索者の真似事でしかない。


 まぁ、その探索者は愛想がよく、誰からも好かれるような陽気な男だったから、今のジークとは似ても似つかないのだけれど。


 そんな昔話はともかく、ジークは噂話にそのまま耳を澄ませ、馬鹿らしい話にふっと左の口角を上げた。

 噂によればあの素行の悪い男をテルマが伸して、ジークのことも手ひどい目に合わせて追い返したということになっているらしい。テルマは何の用があるのか、今日もギルドに通い詰めているようだけれど、たまに人に話しかけられては首を振ってそれを否定している。

 うわさ話について尋ねられて、いちいち律義に、私がやったのではないと説明をしているのだ。数日空いてもこれなのだから、ジークがいない間はきっともっと煩わしい状況だったに違いない。

 面倒ならばギルドに近寄らなければいいのに、テルマはなぜかギルドの端に陣取り、何かを探るようにあちこちに目を走らせているのであった。


 換金が終わったところで袋を受け取り、ジークはそのまま受付へ向かう。

 もちろん、今日は新人ではなく馴染みの受付がいることを確認してからだ。

 この間は並んでいる間にいつの間にか交代してしまっていたので、今日は目を離すつもりはない。

 順番が回ってくるやいなや、ジークは今換金してきた袋を丸ごとどさりとカウンターに乗せる。


「いつも通りに」


 受付の女性は手を伸ばして、カウンターに乗せてあった札をひっくり返し『休憩中』に切り替える。どうせジークの後ろには誰も並んでいないので、急に変更をしたところで誰の迷惑にもならない。


「……なんだ」

「なんだ、じゃないわよ。便宜を図ってあげてるんだから、たまには雑談に付き合ってくれてもいいんじゃない?」

「……なんだ」


 わざと同じことを繰り返したわけではない。

 『何をしている』の意味での『なんだ』の後に、『どんな話があるんだ』の『なんだ』が続いただけである。


「はぁ、なんか最近やってきた美人な女の子と仲良くしてるって聞いたんだけど……?」

「……は?」


 嫌われている女の子なら心当たりがあるジークは、盛大に顔をしかめる。

 しかしこの受付嬢はすっかり慣れきっていて、ジークの困った顔を見てもいちいち怯んだりしない。


「ほら、あの子」


 そういって指差した先には受付をじっと見つめているテルマの姿があった。

 ジークが誰のことだと振り返ると目が合い、テルマがふいっと目を逸らす。


「あれと俺の仲がいいなんて、どこの誰が言ってたんだ?」

「誰も言ってないわよ? でもあなたが何度も同じ女の子と接触するなんて珍しいじゃない」

「ウームに頼まれた」

「ふーん、そうなの。それにしたっていつもとは少し違う感じがしたけど」

「どこがだ」


 面倒ごとを頼まれて、仕方なくそれをこなしているだけ。

 ジーク本人としては特別視しているつもりはない。


「なんていうかー……、懐かしいものを見るような目つき?」


 この受付嬢も受付嬢で、よくジークのことを観察している。

 三白眼で眉間にしわを寄せてばかりいる男の表情なんて、普通では中々察することはできないだろう。

 しかし、ジークはそういわれれば心当たりがあった。

 

「……昔、世話になった人に似てる。性格は似てないが……、いや、似てるか」


 珍しく歯切れ悪く長い言葉をしゃべるジークを見て、受付嬢はにっこりと花が咲くような笑顔を見せた。


「あら、なんかいいもの見ちゃった」

「何がだ」

「あなた、昔のことなんて何も教えてくれないじゃない。結構長い付き合いなのに」


 こんなことを言うと、まるで受付嬢とジークがプライベートでも親密な付き合いがあるように聞こえるが、実際はほとんど何もない。

 その昔、まだこの受付嬢が受付嬢ではなかった頃に、ジークがちょっと世話を焼いてやっただけだ。それ以来他の人間よりは多くしゃべるが、だからと言って食事のテーブルは囲んだことがない程度の関係である。


「……話す必要がない」

「私は聞きたいのだけれど」

「嫌だ」


 ほとんど言葉にかぶせるようにして強く拒絶したジークに、受付嬢は目を丸くした。それから少しだけ俯いて「ごめんなさい、調子に乗ったわ」と謝罪する。

 目が伏せられて長いまつげは僅かに揺れているようだ。


「……悪い、強く言い過ぎた」


 思わず悪いことをしてしまったと、ジークは反射的に謝罪する。

 すると受付嬢は、少しだけ体振るわせてから、にんまりと笑って顔を上げた。


「ふっ、くっ、…………そうよね? 私みたいな美女に過去を聞かれてそんなに強く拒絶するの、本当に良くないわよ?」

「…………いつも通りに」


 からかわれたと気づいたジークは、わざとカウンターの上に置いた袋をもう一度奥へ押しやって、最初と同じセリフを吐いた。


「はいはい、いつも通りしとくわ」


 ようやく受け取った受付嬢は、いつも通りにそれを片付けながら、ジークに流し目を送る。


「でも、本当にたまには食事くらい一緒にしてくれてもいいのよ?」

「やめとけ、評判が下がる」


 自分と関わってもろくなことがないと自覚しているジークは、それだけ言ってさっさとその場を後にした。いなくなった後、受付嬢は頬を膨らませて誰にも聞こえないように呟く。


「ホント、不器用で抜けた人。そこがかわいいんだけど」


 ジークが何年も彼女のところにしか並ばないのは、ギルドでは周知の事実である。

 それでも、明るく話し上手な彼女のところへ並ぶ探索者は尽きない。

 今更食事に行ったところで、その評価が覆ることもないだろう。

 あれで気を遣ってるつもりなのだから、一般的には甲斐性のない男だが、どうも彼女にとってはそんなところも好ましく映るらしい。

 こういうのをあばたもえくぼというのであろう。

 受付嬢はジークがギルドから出ていくのを見送ってから、ため息をついて手を伸ばすと、休憩中に変えて置いた札をまた裏返す。

 するとそれに気づいた探索者の数人が、いそいそと彼女の下へやってきて列を作るのであった。

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