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ヴァンツァーはまっすぐに受付に向かったが、少しばかり列ができていることを確認し行く先を変える。
今この瞬間に何かが起こっているわけではないが、一応頼まれてやってきている立場だ。いちいち列に並んで待つ理由はない。
ヴァンツァーはギルドの奥へつながる道を塞いでいる警備員らしき男に声をかける。
「すみません、シーダイの街から来た冒険者のヴァンツァー=フロウです。副ギルド長と話をする約束をしているのですが案内していただけますか?」
「ヴァンツァー? ああ、何か聞いたような……。あー、ちょっと待っててくださいね」
警備員にしてはやけにおっとりとした男だった。
よく見てみれば制服は真新しくぴちぴちで、あまり仕事に慣れていないような印象を受ける。
受付の方へ入っていった警備員は「あのぉ、すみません」と対応中の受付嬢に後ろから声をかけて無視されている。
男は次々と声をかけていくが、無視され続け、挙句の果てにすれ違ったベテラン受付嬢に捕まってしかられ始めてしまった。
「何度言えば分かるんですか! 勝手にこっちに入ってこないでください!」
「あ、いや、今回はちょっと」
「言い訳しない!」
「はい、でもですね、今回は」
「冒険者は皆通さないって言われてるでしょ! ただでさえ忙しいんだから……!」
「あの、すみません、ちょっとよろしいですか?」
手が空いている受付嬢がいるのならば、どんくさそうな警備員を通すよりも、直接頼む方が手っ取り早い。ヴァンツァーは、受付の隙間から身を乗り出して手を軽く振りながら声をかけた。
「なんですか、用なら並んで……!」
「すみません、シーダイの街から来たヴァンツァーです。副ギルド長に約束があってきたのですが」
「あら、あらあらあら、申し訳ありません。今ご案内いたします。ちょっと! ヴァンツァー様がいらしてたのならさっさとご案内しないと駄目でしょ!」
「だから俺は今それを」
「言い訳しない!」
「はい」
「あ、ヴァンツァー様、こちらへ」
ヴァンツァーの方を向く時だけにっこり笑うベテラン受付嬢に案内されて、ヴァンツァーは元いた通路に戻る。後ろには警備員の男が肩を落としながらついていっている。
「嫌な役割させて悪かったね、助かったよ」
哀れに思ったヴァンツァーは、通り際に男の肩をポンと叩いて労いの言葉をかける。
「いや、あんたのせいじゃないですよ。仕事に慣れてない俺が悪いんだ」
「そんなことないさ、よく怒りもせず丁寧に仕事してるよ」
「そう言ってもらえると救われますけどね」
ヴァンツァーは少しこの男に興味を引かれていたが、あまり長話をしていると、後でまた叱られてしまいそうだ。
適当に話を切り上げて、受付嬢の背中を追いかける。
「こちらでお待ちください」
「ありがとうございます、ヘラさん」
「あら、なぜ私の名前を……」
「以前この街に来た時お世話になったことがあったんですよね。仕事の早い方だったので覚えていました」
「あら、嬉しい……」
この女性は実際、周りと比べて比較的てきぱきと仕事をしていた記憶がある。
名前を思い出せたのは、彼女が持っていた書類の一部を盗み見たおかげだが。
「私もヴァンツァー様のことは覚えていますわ。今回も遠征のために?」
「ええ、そんな感じです」
「そうですか。それにしても、ヴァンツァー様を呼び出すなんて、副ギルド長は何のつもりなのかしら。……気を付けてくださいね。今の副ギルド長は、王城から派遣されてきた人なんです。変な警備員まで引き連れてやってきて……。前の人も手癖が悪かったけど、急に解任されて新しい人が送られてくるなんて、何かあると思うんです」
聞き出す間もなく、ペラペラと色々語ってくれた。
受付付近がバタバタとしていてストレスが溜まっていそうだとは思っていたが、ここまでスムーズに情報を聞き出せると思っていなかったヴァンツァーは、ご機嫌ににっこりと笑う。
「心配ありがとうございます。でもそう思うのなら余計に、滅多なことは言わないほうがいいですよ。ヘラさんに何かあっては心配ですから」
「まぁ……、その、気をつけますね。私は副ギルド長にヴァンツァー様がいらしたことを伝えてきます。中で寛いでお待ちください」
「ヘラさんもお気をつけて」
リップサービスの一つもしてやれば、ヘラは頬を赤らめて廊下を早足で歩いていった。ヴァンツァーはその背中を見送ってから、小さくため息をついてから扉を開けて部屋へ入る。
どうやらベッケルのギルド組織はぐちゃぐちゃになってしまっているようだ。
前副ギルド長はおおらかなセクハラ親父だったが、実力はそれなりで探索者達からは一目置かれていた。
そんな副ギルド長が急に解任になって、後任が王城から突然送られてきたのだ。
急ぎである上、事情を語ることもできず、探索者の中から新しい副ギルド長を選別することができなかったのだろう。
そりゃあ疑いも出るというものだ。
人の口に戸は立てられないから、じわじわと魔物が塔からあふれ出したという噂だって広がっているはずだ。
ギルド全体に漂うそこはかとない不穏な空気は、そこに由来するものであるのかもしれない。
まぁ、半分はジークのような恐ろしい形相の男が、突然姿を現したからかもしれないけれど。
ヴァンツァーはそわそわしながら、副ギルド長がやってくるのを待つ。
いない間にジークが何か面白いことをしでかしているのではないかと思うと、どうにも自分が貧乏くじを引いたような気分になるのだった。




