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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ヴァンツァーの来襲からさらに数週間が過ぎたある日、ギルド前倉庫の改修工事が終わった。当然のように「ジークも越してくるでしょ」と誘うハンナに「そうだな」と答えたジークは、普通にギルド前の広い家に暮らすようになった。

 当初の予定通りと言えばそうなのだが、当然、結婚を決めた男性が引っ越す家ではない。

 ただそこでへこたれないのがニコラで、ハンナに交渉を持ち掛けると、当たり前のように今住んでいる場所を引き払い、同じ家に住むようになった。目を丸くして驚いたのはテルマただ一人。

 結婚するなら一緒に住むものだものなと、普通に受け入れたのがジークである。

 並行してニコラは、自分たち二人が住む家をどうにかこの付近で手に入れようと、ジークがテルマに訓練をつけている間に、伝手を使って物件探しを続けていた。

 ちなみに結婚生活でかかるお金の全てはジークに払わせることが、すでにハンナとの間で勝手に決まっている。ニコラは自分で溜めてきたお金もあったが、それくらいさせたらいいとハンナが譲らなかったのだ。

 事後承諾でジークも「そうだな」と頷いている。

 家族になるのであれば守るのは当然だと考えているし、結婚生活に関してほぼ何も知らないので、ジークの仕事は言われたことに頷くことだけである。


 身の回りで色々と状況が変わりつつあるジークであるが、実は街全体を見ても変化は見えてきている。

 喋る魔物はあれ以降目撃されていないのだが、ギルドから直接のお達しもあって、探索者たちが塔の攻略に慎重になっているのだ。特に猜疑心が強く、街でも有名な探索者であるバデントが、本気で塔籠りを始めたのが一つのきっかけであった。

 探索者が無理のない程度の階層で、塔に泊るようになったのである。

 おかげで数日顔を見ないものが増えた代わりに、塔や魔物に関する知識を増やし、確実に実力をあげる者も増えてきた。

 塔に寝泊まりすることには他の効果もあった。

 これまで万全の状態で塔に挑み、疲労する前に戻ってきた冒険者が、最高のパフォーマンスを実力と思わないようになったのだ。冷静に自分の実力を見つめる機会もできて、こんなことが起こった時はどうしようという具体的な想定ができるようになる。

 そうしてさらに塔や魔物への知識が増え実戦回数も増していくと、自然とジークの言っていることが全て本当だとわかる。


 ギルドにいる探索者たちの、ジークを見る目は変わった。

 ぶっきらぼうで不器用だが、弱い者に無意味に暴力を振るったりしない。

 これまで何度も命を助けられたものが、ここに至って得意げにそのことを吹聴し、良いうわさが広がる。

 ジークは何も変わっていない。

 なのに周囲から向けられる視線に敵意が減ったことを、ジークは一人首を傾げ不思議に思っていた。


 この動きは良いことばかりではなかった。

 探索者が強さを見直すようになり、無茶をしなくなったということは、すなわち拾得物は減るということである。これが通常の状態であるのだが、それらの売り買いを商売にしているものはたまったものではないし、研究者たちも実験材料が値上がりして頭を抱えていた。

 ジークの納品物がいつも非常に希少なものばかりなので、その提供を受けている研究者や、高級なものを扱うでかい商人はジークを責めなかった。ただし、街の商人や日常品の値上がりの原因がジークだと聞いた街の人は、時折ジークを見て後ろ指を指すことがあった。

 もちろん、ジークがはるか遠くへ離れて姿も見えず、絶対に声が届かないような距離まで離れてからのことであるが。でかい怖いその上強いとわかっている探索者に、表立って文句を言えるような一般市民は大馬鹿者か命知らずだけである。


 探索者の人口はそれなりに多いとはいえ、街全体の一割にも満たない。

 命の危険がある探索者になるものは、街でも身分が低い者や、やむに已まれぬ事情のあるものばかりだ。

 どんなにお金を稼ごうと、どんなに強かろうと、どんなに暮らしの下地を支えていようとも、普通の仕事をしている市民たちからすると、探索者の命など安いものなのである。

 明日食べるパンの値段が二割増しになるか、知らぬ探索者が一日一人余分に死ぬか、どちらか選べと言われれば、容赦なく後者を選ぶのが一般的な街の住民である。


 さて、五日ぶりの休日。

 ギルドで魔法使いの少女からジークについての尋問を受けていたテルマの下へ、一人の男がやってきて腰を下ろした。少し唇を曲げた意地悪そうなその男は、なんだかすっきりとした顔をしてテルマに尋ねる。


「ジークの奴はいないのか?」


 しばらく塔の中で籠っていたバデントだ。

 流石にジークのように二年も出てこないというわけにはいかないが、最近では週の半分以上を塔の中で過ごし、残りの数日をギルドで過ごすという、最近のジークと変わらないような生活をしている。


「……塔の中ですが」


 決して良い態度ではなかったけれど、それでもテルマが丁寧に答えると、バデントは舌打ちをした。それからひらひらと手を振って「ああ、すまん」と謝罪する。

 別にテルマたちに文句があるわけではないのだ。

 タイミングが合わなかったことに少々腹を立てただけで、元々こんな男である。


 ジークはテルマの訓練を始めてから、それが休みの日には必ず塔にこもっている。

 何をしているかと言えば、ウームや鑑定士の男から依頼された品を塔の中に取りに行っているのである。

 金稼ぎ目的の探索者が減ってしまったせいで、必要なものが必要量集まらないのだ。

 街としての備蓄はあるが、ジークが安全に動ける日があるのならば、できるだけその間に必要なものを確保してもらいたいというのが、ギルドや商人、それに研究者たちの本音である。

 ジークもずっと訓練に付き合っているだけでは腕がなまるからと、休みの日にはヴァンツァーたちと共にぶっ通しで塔に潜り、山ほどの収穫を持って帰ってくる。


 ちなみにヴァンツァーたちパーティと一緒に行動している理由は、ヴァンツァーに『僕、これからお義兄にいちゃんになるわけだし、一緒に登ってくれるくらい良くない?』と言われ、それもそうかもしれないと納得したからである。

 ついでに荷物持ちにもなるので、実はちょっと助かっているジークだ。

 家族の家族からのお願いなので仕方がない。

 ニコラの家族が、下心以外は一切悪いことは考えていないヴァンツァーで良かった瞬間である。ニコラにとっては全く良くないけれど、欲深な親族でもいた日には又一騒動起こるところだ。


「まぁ、会った時でいいか」

「何かあるなら伝えますが」


 テルマが親切心で申し出ると、バデントはじろじろとその姿を見てから「いや、わりぃけど直接話すわ」と言ってその場を立ち去った。謝罪交じりの断りであったし、探索者には秘密も多いことを知っているので、テルマも怒ったりせずにその背中を見送った。

 探索者のやり取りなんてこんなものである。


 気を取り直して、と座り直したテルマに「あ、あれ……」と魔法使いの少女が、小さな声を震わせる。

 今度は何だと少女の視線の先を見つめると、背筋をピンと伸ばした女性がその水色の瞳にテルマを捉え、早足でまっすぐに近寄ってきていた。

 テルマが慌てて立ち上がると、その女性はぴたりと足を止める。

 ギルド長であり、この街の領主でもあるメリッサであった。


「ジークはどこだ」

「塔の中です」

「いつ帰る」

「明日の夕暮れ以降かと」

「それより前に戻ることは」

「可能性は低いと思います」

「そうか、楽にするが良い」


 問答が済み一言放つと、メリッサはすでにギルドの奥に向けて歩き始めていた。

 荒くれ者ばかりが集まるギルドがサーッと静まり返って、メリッサの歩く道が開く。

 どんな馬鹿でも知っている。

 この街で領主に逆らえば、待っているのは死だけだと。

 あまり気にしていないのはジークくらいなものだろう。あれは馬鹿とかそういう次元に収まるような存在ではないので仕方がない。


「な、な、なんで領主様が、て、テルマのとこに来るのぉ」


 魔法使いの少女が泣きごとを言ったが、理由はテルマにもわからない。

 わかっているのは、用事があるのはテルマにではなく、ジークにだということだけだった。

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― 新着の感想 ―
ヴァンツァー      来      襲 って読めて終う
ジークにまともな夫婦生活がおくれるんだろうか と心配しちゃうw
ジークさんがあまりにもチョロ過ぎる…捕まえたのがニコラさんで良かったね
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