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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「力の制御、ね……」


 塔を進んでいくうちに、いつの間にか強くなったというのはよく聞く話だ。

 ただテルマの持っているギアをあげるような力については、ニコラは聞いたことがなかった。

 随分前に塔を引退した身だから何とも言えないので、それこそ各地を回っているヴァンツァー辺りに、前例がないか聞いてみたほうがいいような気もする。


「それは急いでやらなければいけないことなの?」

「強くなるのは早ければ早い方がいい」

「なぜ?」

「塔に登っている以上、いつ喋る魔物に出くわすかわからないからだ」

「力を制御できれば対抗できるの?」

「いや足りない」


 ジークが首を横に振る。

 あらかじめテルマには力を制御できてなお、九十階層ほどの実力と宣言している。

 力をつけてから、更に訓練を積んで初めて対抗し得るようになるほどに、喋る魔物は強いのだ。

 九十階層ほどの実力者であれば、全力で逃げをうてば高確率で逃げられる、くらいだと考えるとわかりやすい。


「力を制御できるのがスタートラインってことかしら?」

「そうだ。俺一人なら何とかなるが、敵が多い場合守り切れないこともある。逃げに徹するより戦えるようになる方が生存できる可能性は高い」

「つまり、塔に登らなければ制御できなくても問題ないってことになるわね。でもそういうわけにはいかないのよね……?」


 ニコラはジークと出会った結果、塔に入ることをやめてしまった身である。

 他にも生き方があることを知っているから、テルマの気持ち次第ではそれを示すこともできるかと思っての提案だった。

 しかし、つい先ほどまでひどく精神的に追い詰められたはずのテルマは、いつのまにかすっきりとした表情をしており、返事を聞くまでもなく、探索者という道から逃げる気はなさそうである。


「はい」

「なんでかしら?」

「……わかりません。色々と理由はあるんですけど」

「一つずつ聞かせて。理由は一つじゃなくてもいいと思うの」


 テルマは少し俯き、唇に指の背をあてて考える。


「元々私は周りにいる皆が探索者をしていて……一人だけ仲間外れみたいなのが嫌だったんです。でもママに探索者は危ない仕事だって言われて……」


 テルマが語るハンナの言葉はかなりマイルドになっていた。

 ハンナは当時幼いテルマに対して『探索者になると死んで二度と会えなくなるかも』とかなり衝撃的な脅しをしていたはずだ。つくづく良い子である。


「でもだったら……、皆が死なないように私が強くなればいいんだって。パパが塔で死んだって知ってからは余計にそう思ったかもしれないです。ママを怪我させちゃって、一度は諦めたんだけど……。ママも背中を押してくれたし」


 はにかむように笑うテルマに、ハンナはいい話だなーと鼻を擦る。

 ハンナは自分をよい母親だと思っていないし、テルマを自分にはもったいないほどよくできた子だと思っている。最近では被っていた猫の皮がはがれはじめ、テルマからの尊敬はやや揺らいでいるけれど、それでも娘想いの母親であることには違いない。


「今は……、ジークさんに追いつきたいって気持ちもある。ずっと世話になりっぱなしなのは悔しいし……」


 ぎゅっと唇を結ぶテルマには、負けず嫌いな強い意志もある。

 それは探索者としては必ず持っていなければならない闘志ともいえるだろう。


「あと……、私、ずっと一人で探索者をしてきたんです。皆の話を聞くと、探索者は辛いこともあるけど楽しいこともたくさんあったって。ジークさんももともとママやパパとパーティを組んでたんです。パパやママとのことを引きずって、ずっと一人で頑張ってきたんです。ずっと一人にさせとくのも……、なんか違うじゃないですか。寂しいじゃないですか」


 少し俯いていたテルマは、困ったように笑って首を傾げた。


「ママによれば、ジークさんは私の家族みたいなものらしいので」


 その昔、ノックスがハンナに対して語った言葉があった。


『ジークが俺たちなんかよりずっと才能があるのは知ってる。でもな、強いからってたった一人で探索者してますじゃあ寂しいだろ。俺たちも頑張って足並み揃えてやらないとな、家族みたいなもんなんだから』


 あの時は何と答えただろうかとハンナは考える。

 テルマが腹に宿ったとわかった頃のことだったと思う。

 浮かれていて『そうね』みたいな肯定的な返事をした記憶があった。

 ノックスもハンナのお腹を撫でて『新しい家族もできるしなー』とデレデレしていたので、すぐにその雰囲気に流されてしまったのだったと思う。

 テルマの笑った横顔には、当時のノックスの面影があって、ハンナは思わず肩を抱いて頭を預け「ホントにいい子に育ったわねぇ」と呟いた。

 ニコラもすっかり感じ入って口元に手を当てて目を潤ませている。


 それぞれが感情を揺らしている中、ジークはいつでも動きだせるようなゆるりとした姿勢のまま、表情は一つも変えずに大きく頷き「そうか」と呟いただけだった。

 何も感じていないわけではない。

 ジークもまた、テルマにノックスの面影を見て何か心の奥に温かいものが生まれたのを感じていたのだが、それがどんな感情なのかがよくわからなかったのだ。

 ただ、そう。

 テルマのことはしっかり強くして、守ってやらなければならないなと決意を新たにしたくらいである。


 初めからジークに対して感動の反応を求めていない女性陣三人は、そんなジークをスルーして話を続ける。


「それに、聞くところによると喋る魔物だけではなく、普通の魔物も上層階から下層階へ降りることが増えていると聞きます。時には塔から漏れ出してくることもあると」


 これは全部ジークからの情報であるが、だからこそ噓がないと信じることができる。


「私は探索者をして長いわけではありませんが、色々な人から塔について学んできました。それと比べると……、塔に何か異変が起こっているとしか思えません。心配のしすぎかもしれませんが、何かがある前に、私は強くなっておきたいと思うんです」


 ニコラから見ても、塔は以前と様子が変わっている。

 原因がはっきりしないところが不気味であるが、そもそも百数十年前には塔自体が存在しなかったのだ。

 調べようにも意外と歴史が浅く、未知の部分が多すぎる。

 これまで恩恵ばかりを受けてきた塔が、ついに牙をむいたと考えると非常に不気味であった。


「……確かに、最近の塔は変だものね。もうすっかり元気になってるみたいだし、私のできることは応援だけみたい。なんだか力の話を聞いただけみたいになっちゃって悪いわ」

「いえ。聞いてもらったおかげで、私がなんで頑張りたいかはっきりしました。ありがとうございます」


 頭を下げてからテルマはハッとした顔をして慌てて付け足す。


「で、でも、結婚の準備とか色々あると思うので! 私の訓練は程々で大丈夫ですから、必要な時はちゃんとジークさんを連れまわしてください」


 すでにジークが自主的に何かをするだろうとは思っていないテルマである。

 正しい認識だ。


「大丈夫、ゆっくりやるわ。もう約束もしてもらったし、私もちょっと気持ちが浮ついちゃってて、急ぐと変なことしちゃいそうだから……」

「そ、そうですか?」


 恋愛関係のことに疎いテルマでは、うっとりとしているニコラの相手は難しい。


 一方でジークはよくわからないけれどうまく話がまとまりそうで良かったと、後方腕組みおじさん化している。普通なら朴念仁だなんだと罵られそうなものだが、彼女たちにとってジークというのは元来そういう存在であるので、特に問題はないようであった。

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