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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 力を解放した時の全能感は、思いだすだけでぞくぞくする程のものだった。

 だからこそ力を使うのが恐ろしくて、そして、きっと誰にだって勝てるほどのものだと、テルマは勝手に思い込んでいた。


「ジークさんは、本当に力を使った私より強い……?」

「そう言った」


 最後にもう一度確認したテルマは、ドクンドクンと脈打つ心臓の音を意識する。

 意識を失ったとき、頭に血が上った時、力を使う前にテルマの頭に響いたのは、強く鼓動する心臓の音だった。

 血が全身に巡る。

 全身に力が巡る。


「行きますよ」

「いつでも来い」


 距離は近い。

 頬を狙って繰り出された右の拳は先ほどの比にならないほど速かった。

 ジークはまだ動き出していない。

 無防備なまま攻撃が通るのではないかと思った直後、ジークが少しだけ体を傾けて、左肩をぐっと持ち上げる。

 人体がぶつかり合う鈍い音がして、ジークは衝撃を緩和するために数歩その場から下がったところに、テルマがすぐ追いすがってくる。

 拳を受けた肩には多少の痛みがあったが、動きには支障がない程度だ。


 あの大きく力強いジークが、自分の拳一つでよろめいた。


 力に酔っぱらっているようなテルマは、今の状況をそう判断していた。

 そして追撃をするために、再び拳を振り上げて繰り出す。

 ジークは狙いすました一撃を、足を動かし、時に体や首を傾けて躱していく。


 それを見てテルマはさらに思う。

 あのジークが防戦一方になっている。

 やっぱりこの力はとてつもないものなのだ。

 これならば、と高揚感のままに拳を繰り出し続ける。


「おい」


 ジークが声をかけてくるが、テルマは止まれない。

 一撃。一撃でいいからジークに攻撃を当てるつもりだった。

 本来のテルマであれば、ジークより強い力を手に入れていたと判断したなら、すぐに足を止めて、力に怯えの一つくらいは見せるはずだ。

 それがどうにも止まれない。

 

「おい」


 さらにジークが声をかけても、焦っていると判断するくらいで、まるで攻撃をやめるつもりはなかった。


 ジークはあまりにわかりやすい初動と、力に酔った大ぶりの動作に呆れながら、僅かな仕草で攻撃を躱していく。声をかけて止めようとしたのだけれど、テルマは随分とハイになっているようで、耳に届いているんだかどうかもわからない。

 ジークは深いため息を吐くと、伸び切った腕をとって、ひょいと力づくで投げ飛ばした。

 しかしテルマは、投げ飛ばした先で両足をダンとついて、すぐに反撃に移るために振り返る。


 そんなテルマの眼前には、すでにジークの巨大な手のひらが迫っていた。

 勢いのまま額を掴まれ、テルマの体が僅かに浮き上がる。

 蹴りで反撃をしようと体をひねることを試みるが、それよりも早くテルマの上体が地面に向かって落とされる。

 後頭部から地面にたたきつけられたテルマの意識は、それ以上考える暇もなくあっさりと暗転した。


 妙な音が聞こえてきてテルマは目を覚ます。

 それから頬に衝撃があったことに気づき目を開ける。

 妙な臭いがする。それは自分の後頭部から漂ってくるポーションの臭いだった。

 

 ジークがいつものように眉間にしわを寄せたまま、振り上げた手をおろす。

 すぐに目を開けなければ、もう一発頬に張り手を食らっていたところだ。


「力を出せるようになったな」


 なった。

 そしてあっさり負けた。

 悔しさも何もなく、呆然としてしまっていた。

 それから右手の拳がひどく痛むことに気が付く。


「次は加減ができるようにしろ。楽しくなりすぎだ」

「楽しく……」


 今度は冷静になって気付く、先ほどまでの自分の異常さに言葉を失う。

 勝てると確信してるくせに、ジークを屈服させんがために追撃を繰り返していた。 

 落ち着いて考えてみれば、ぞっとする嗜虐性だ。


「笑っていたぞ」

「わ、私が、笑ってたんですか?」

「そうだ」


 気味が悪かった。

 やはり異常な力だ。

 こんな気色の悪いものには頼らないほうがいいんじゃないかと、テルマは腕を交差して自分の身を抱く。

 目に入った右手はどうやら酷く腫れているようだった。

 力に酔っている時は何ら痛みも感じなかったのに、今になってどうやら拳を作っていた指が骨折していたらしいことにようやく気が付いた。


「骨が折れるほどの力で殴るな」

「す、すみません! ジークさんは大丈夫ですか!?」

「何ともないが?」

「な、なんとも?」

「何ともない。お前の攻撃は丸見えだからな。きちんと丈夫な部位で受け止めて力を逃がしてやれば怪我もしない」


 ジークの左肩は湿っていないし、ポーションの臭いもしてこない。

 ぐるりと動かした仕草を見るに、本当に何の支障もないようである。


「というかお前、力を使っていない時の方がまだましだぞ。単調すぎて話にならん。さっさと力を自由に使えるようになれ」


 ジークがテルマの拳を直さないでいたのは、テルマに失敗を教え込むためだ。

 余っていたポーションを差し出すと、テルマはおずおずとそれを受け取り、自らの右手にかけて骨折を直した。


「かかってこい」


 怪我が治ればジークはすぐさまテルマにまた力を使えと促す。

 半ばやけくそになったテルマは、今度はできる限り冷静にと思いながら、再び時間をかけて力を呼び出し、またジークに襲い掛かった。



 一日中訓練は続いた。

 負ける度に「弱い」とか、「話にならん」とか言うジークは、おそらく師匠には向いていない。よっぽど根性が入った弟子が来ない限り、一日目で心が折れてしまうこと請け合いだ。

 怪我はポーションで治るけれど、傷ついた心と擦り切れてぼろぼろになった装備とかは直らない。

 一階層の最奥から、威圧感たっぷりで普段通りのジークと、どんよりと下を向きとぼとぼと歩くテルマが戻ってくる。

 すれ違ってしまった新米探索者たちは、いったいどんなひどいことをしたのだとひそひそと噂をしたが、ジークは特に気にしていなかった。


 今日は力をわりと自由に発動できるようになったし、最後には、多少は冷静に戦いに臨むこともできるようになった。なぜか途中涙目になったり、随分と腹を立てたりしていたが、ジークはそんなことについては特に問題視していない。


 塔の外に出る時、ジークは言う。


「明日は休みだ。明後日もやるぞ」

「え」

「慣れるまでやる。発動時間を短くして、力加減を覚えて、もう少し落ち着いて戦えるようになったら、そこから武器を持っての訓練に移る」

「発動時間……?」

「使うまでにいちいち目を閉じていたらいざという時死ぬ。いや、常に使ってる状態になるまでなった方がいいな」


 力を発動した状態での単純な力比べでも敗れたテルマは、ジークの好き勝手な発言に反論する気も起きない。

 謎の力を使った状態に、普通に力比べで勝利するのはもはや意味が分からない。

 じゃあ謎の力って、別に普通に鍛えればたどり着くってことなの?って話になってしまう。

 しかしそれは否だ。

 当然、力を使った状態のテルマは、この街にいるどんな力自慢の探索者と比べても異様な怪力を誇るのであるが、ただここに一人だけ例外がいたというだけの話である。

 ジークもそのことを理解した上で、剣術の技能などを加味して、力を使いこなしたテルマが九十階層前半程度の実力であると評価している。


 だが、一日かけてけちょんけちょんにされたテルマは、すっかり自信を無くしてしまった。いつも背筋をピンと伸ばして前を向いて歩いていたというのに、すっかりしおしおになって俯いてしまっている。

 ジークはそんなテルマの精神状態など気にもせず、明日はあのうるさい研究者にポーションをたくさん作らせないとなと考えていた。

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― 新着の感想 ―
もしやジークはテルマの力と同類の力を既に持っていて使いこなしてたりして 超野菜人みたいにw
人の心とかないんか?w っていうのは、ジークの生い立ちを考えると冗談にならないかもしれませんね…
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